野口健
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野口健(のぐち けん、1973年8月21日 - )はアメリカ合衆国マサチューセッツ州ボストン市出身で、エジプト、イギリスなどで育った登山家、タレント。亜細亜大学国際関係学部卒業後、青森大学大学院環境科学研究科にて環境教育学を専攻。
現在は了徳寺大学客員教授を務めている。
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[編集] 経歴
外交官の父親と幼少時代を海外で過ごす。実母のモナ(旧姓:タドロス)はエジプトのヘリオポリス出身。彼女は父がエジプトとレバノンのハーフ、母がトルコ出身でギリシアとフランスのハーフであり、4つの血が流れている。両親は野口が小学生のころに離婚している。父の野口雅昭は会津若松出身。エジプト公使、イタリア公使、イエメン大使、シドニー総領事、チュニジア大使などを務めた元外交官であり、現在は京都文教大学現代社会学科教授。外交官時代は、アラビア語の専門教育を受けたアラビストであった。兄の哲也は三菱商事の商社マン。祖父の野口省己は陸軍大学出身で太平洋戦争時、ビルマ作戦等の陸軍参謀だった。
[編集] 登山家として
カイロ日本人学校の小学部から、イギリスの立教英国学院小学部に6年時に転校。同学院の高等学校在学中、本人の言葉によれば「落ちこぼれ」の不良高校生であり、学校の先輩と喧嘩をして一ヶ月の停学処分を受ける。停学中の一人旅で植村直己の著書と出会い登山を始める。亜細亜大学へ一芸入試で合格する。 在学中の南極最高峰ビンソン・マシフ挑戦を前に、かつて植村直己のドキュメンタリーを多数製作していた大阪の毎日放送の取材が始まり、以後、野口のドキュメンタリー番組が立て続けに放送される。野口はそのシリーズの中で、自身の冒険行にとどまらず、危険な仕事を強いられるネパールの山岳民族シェルパ族の命が先進国の登山隊によって軽んじられている実態を告発するなど、登頂のみを目指す従来の登山家の思考パターンを破る行動が徐々に始まる。
卒業前の1999年(大学には8年在籍)25歳の時に、世界最高峰エベレスト(ネパール名サガルマータ)に3度目の挑戦でネパール側から登頂し、七大陸最高峰の世界最年少登頂記録を更新(当時)。その2年前1997年に初めてエベレスト(チベット名チョモランマ)にチベット側から挑戦した際、標高6500m地点で積極的にごみ拾いを行うヨーロッパ登山隊の側で、かつての日本隊が捨てたごみをテレビスタッフと共に見つけ衝撃を受ける。その映像は「汚された最高峰」として、毎日放送の同行記者・榛葉健が「筑紫哲也ニュース23」などJNNの報道番組で問題提起、チョモランマ(エベレスト)に多くの登山家がごみを放置している実態をテレビで告発した世界初のケースとなった。
野口はこの経験を皮切りに環境問題への意識を強く持つようになり、その後もエベレスト、マナスル、富士山などの清掃登山を精力的に続けている。また、シェルパの遺族を救うシェルパ基金を設立し、山を大切にするすべての人の活動に参加を始める。現在は、日本の国立公園や各地の山、講演会、自然教室などで「富士山から日本を変える」をスローガンに、環境問題の普及を提唱している。野口の活動を全面支援するNPO富士山クラブ理事、東京都レンジャー、富士山レンジャーの提案者であり、名誉隊長を務める。
2000年に橋本龍太郎と出会う。山岳清掃をおこなう野口の活動に登山家でもある橋本が興味をもったことが縁となる。同年、チョモランマ清掃登山を終えた野口は、1988年に「日本・中国・ネパール・チョモランマ合同隊」を率いた橋本隊の捨てたごみ(酸素ボンベ)を持ち帰り、橋本へ返還する。山にカラの酸素ボンベを置いて帰った不法投棄に対する深い反省を示した橋本とはそれ以来親交を深める。 2004年自民党から参議院議員選挙(比例区)への出馬を頼まれ、本人も承諾していたが、タレント議員批判に「自分はタレント候補ではない」と反発し不出馬を表明。同様に2007年7月の参議院議員選挙出馬の噂もあったが、本人は自分のブログで「それはありません。私は現場の人間ですから。」と不出馬を表明。自民党からの出馬を目指す理由として「一見環境保護には縁遠そうな自民党から議員になることにこそ意味がある」と雑誌等で語っていた。橋本龍太郎を含め、橋本の元秘書など側近たちの選挙応援もしている。
2005年に都立高校の市民講師を引き受けるが、生徒募集の学校説明会で講演しただけで、実際の授業には一度も来なかった。その他多くの政府関係の役職にも就任している。
2007年、東京ヴェルディの環境アドバイザーに就任。ヴェルディの2007年開幕戦であるザスパ草津戦(国立競技場)では、でキックインセレモニーを行った。試合後は国立競技場周辺を、両チームのサポーターとゴミ拾いをおこない、環境意識への取り組み示す。
大学生のときにシェルパの娘と結婚。その後離婚。しかし、相手に戸籍が無かったため、法的には婚歴は無い。2003年7月に日本人女性と入籍。2004年2月に第1子(長女)誕生。
顔が石原良純に似ており、「行列のできる法律相談所」で共演を果たし、「日立 世界・ふしぎ発見!」のスペシャルでは、石原とペアを組んで解答していたこともある。また、「世界の果てまでイッテQ!」でもオセロの中島知子に「良純さんみたいですね」と言われた。
中華人民共和国によるチベットへの人権侵害、環境対策など、中国に対して批判的な意見を自身の公式ブログに載せている。さらに、漫画家の小林よしのりが編集長を務める「わしズム」にも、環境に関するコラムを掲載するなど保守的な立場の人間との親交もある。フィリピン戦線で戦死した日本兵の遺骨収集にも度々出ており、各地の学校などでの講演の際にその話をすると、必ず「野口は右翼だ」と露骨に嫌な顔をする人間がいると、新聞のインタビューで応えている。野口曰く「命令一つで戦争に行き、祖国を、大切な家族を守るために命をなげうった人たちが尊敬されない。そんな国は世界中どこ探しても日本だけ。」とのこと
2007年、作家坂口安吾の生誕の地、新潟市が主催する「第2回安吾賞」に選ばれた。植村直己冒険賞を受賞した。
2007年4月、都知事選で石原慎太郎のポスターに「石原さんを応援します」として登場するなど積極支援。
2007年11月30日、了徳寺大学客員教授に就任した。
[編集] 主な登山歴
- 1990年夏(16歳) モンブラン(ヨーロッパ大陸)
- 1990年冬(17歳) キリマンジャロ(アフリカ大陸)
- 1992年夏(19歳) コジアスコ(オーストラリア大陸)
- 1992年冬(19歳) アコンカグア(南米大陸)
- 1993年夏(19歳) マッキンリー(北米大陸)
- 1994年冬(21歳) ヴィンソン・マシフ(南極大陸)
- 1996年冬(22歳) エルブルス(ヨーロッパ大陸、ロシア)
- 1999年春(25歳) エベレスト(アジア大陸)ネパール側 - 七大陸最高峰登頂の世界最年少記録樹立(当時)
- 2005年夏(31歳) シシャパンマ
- 2007年春(33歳) エベレスト(アジア大陸)チベット側 - ネパール、チベットの両方からの登頂成功者は日本人8人目。
[編集] 主な出演番組
[編集] 山岳ドキュメンタリー番組
- 特別番組『七大陸最高峰に挑む』(毎日放送・TBS系列)1997年7月19日
- 超極限映像スペシャル『幻想チョモランマ』(毎日放送)1999年4月29日
- 情熱大陸『七大陸の頂へ〜野口健』(毎日放送・TBS系列)1999年6月13日
[編集] ニュース番組
- MBSナウ『20歳の南極(前・後編)』(毎日放送)1995年1月5,6日
- MBSナウ『遥かなりエベレスト(前・後編)』(毎日放送)1995年4月27,28日
- MBSナウ『エルブルースの絆』(毎日放送)1995年10月21日
- MBSナウ『友人ナティーの死(前・後編)』(毎日放送)1995年12月14,15日
- MBSナウ『エルブルースの絆2』(毎日放送)1996年2月10日
- MBSナウ『友人ナティーの魂(前・後編)』(毎日放送)1996年5月3,4日
- 筑紫哲也ニュース23『ヒマラヤ大雪崩から半年、遺品を回収』(TBS系列・毎日放送制作)1996年5月10日
- スペースJ『友人ナティーの死』(TBS系列・毎日放送制作)1996年5月22日
- MBSナウ『チョーユー』(毎日放送)1996年11月30日
- MBSナウ『汚された最高峰〜チョモランマの知られざる現実』(毎日放送)1996年10月10日
- MBSナウ『野口健さん、世界7大陸最高峰制覇!喜びの現地報告』(毎日放送)1999年5月17日
- MBSナウ『野口健の新たな挑戦〜チョモランマ清掃登山』(毎日放送)2000年6月7日
- VOICE『野口健、最後のチョモランマ清掃登山へ』(毎日放送)2003年4月10日
- VOICE『野口健、決死の清掃登山〜チョモランマ』(毎日放送)2003年7月1日
- VOICE『野口健、最後のチョモランマ』(毎日放送)2007年6月29日
[編集] バラエティー番組、その他
- 世界・ふしぎ発見!(TBS)
- 行列のできる法律相談所(日本テレビ)
- ジャンクSPORTS(フジテレビ)
- 田舎に泊まろう!(テレビ東京)
- 日曜喫茶室(NHKFM)
- ニッポン人が好きな100人の偉人(日本テレビ)2007年1月 ベートーベン役
- グレートマザー物語(テレビ朝日)2007年2月25日
- 世界の果てまでイッテQ!(日本テレビ)準レギュラー
- さんまのまんま(フジテレビ系)
- ぶらり途中下車の旅 東横線編(日本テレビ)2007年12月22日
- 視点・論点「先の大戦いまだ終わらず」(NHK) 2008年8月14日
- からだであそぼ (NHK教育テレビ) 2006年11月
[編集] 参考文献
[編集] 自身の著作
- 『落ちこぼれてエベレスト:7大陸最高峰世界最年少登頂』(集英社インターナショナル,1999年)ISBN 978-4797670080
- 野口健,白石康次郎著『大冒険術:ぼくらはなぜ世界に挑むのか』(文藝春秋,2000年)ISBN 978-4163562704
- 『100万回のコンチクショー』(集英社,2002年)ISBN 978-4087812589
- 『あきらめないこと、それが冒険だ:エベレストに登るのも冒険、ゴミ拾いも冒険!』(学研,2006年)ISBN 978-4052025365
- 『確かに生きる:10代へのメッセージ』(クリタ舎,2007年)ISBN 978-4341172268
- 野口健,田中朝子著『100 remains』(ごま書房,2007年)ISBN 978-4-341-13154-8
- 『富士山を汚すのは誰か:清掃登山と環境問題』(角川書店,2008年)ISBN 9784047101425
- 『自然と国家と人間と』(日本経済新聞出版社,2009年)ISBN 9784532260354
[編集] 関連書籍
- 綾野まさる著『野口健:最高峰でつかんだ未来』(旺文社,2000年)ISBN 978-4010724934
- 一志治夫著『僕の名前は。:アルピニスト野口健の青春』(講談社,2001年)ISBN 978-4062105019
- 長尾三郎著『激しすぎる夢:「鉄の男」と呼ばれた登山家・小西政継の生涯』(山と渓谷社,2001年)ISBN 9784635340175
- 長尾三郎著『無酸素登頂8000m 14座への挑戦:スーパークライマー小西浩文の愛と墓標』(講談社,2003年)ISBN 9784062118743
- 『植村直己:夢・冒険・ロマン』(河出書房新社,2004年)ISBN 9784309976877

