重森三玲

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

重森 三玲(しげもり みれい、本名は重森計夫、1896年 - 1975年)は、昭和期の日本の作庭家・日本庭園史の研究家。

目次

[編集] 来歴・人物

岡山県上房郡賀陽町吉川(現・加賀郡吉備中央町吉川)の生まれ。当地には豪渓(ごうけい)と呼ばれる水墨山水画の世界を思わせる渓谷地帯がある。日本美術学校日本画を学び、いけばな茶道を習い稽古に励む。日本美術学校卒業後には東洋大学文学部に学ぶ。

大正6年(1917年)に画家の道を志し上京するが、全国から集まる才能に意気消沈する。昭和4年(1929年)京都へ移り住むと、翌年には勅使河原蒼風らと「新興いけばな宣言」を発表、いけばなの革新を世に提唱した。

その後は日本庭園を独学で学ぶ。昭和11年(1936年)より全国の庭園を実測調査し、全国500箇所にさまざまな時代の名庭実測、古庭園の調査などにより、研究家として日本庭園史のさきがけとなっていく。

昭和14年(1939年)、『日本庭園史図鑑』26巻を上梓して庭園史研究の基礎を築き、また昭和51年(1976年)には息子の重森完途と共に『日本庭園史大系』全33巻(別巻2巻)を完成させるなど庭園史研究家としても多大な功績を残した。

昭和24年(1949年)には前衛いけばなの創作研究グループ「白東社」を主宰、後に前衛いけばな誌「いけばな藝術」を創刊した。

三玲が作庭した庭は、力強い石組みとモダンな苔の地割りで構成される枯山水庭園が特徴的であるとされ、代表作に、東福寺方丈庭園、光明院庭園、瑞峯院庭園、松尾大社庭園などがある。

[編集] 代表作(見学が可能なもの)

[編集] 主な著作(ほぼ絶版)

  • 『日本庭園史図鑑 全26巻』 1936~39年、有光社刊
  • 『庭の美』 1942年、第一藝文社刊
  • 『枯山水』 1965年、河原書店刊
  • 『庭 こころとかたち』 1968年、社会思想社刊
  • 『日本の名園』 1969年、誠文堂新光社
  • 『実測図日本の名園』 1971年、誠文堂新光社刊
  • 『茶室茶庭辞典』 1973年、誠文堂新光社刊
  • 『日本庭園史大系 全35巻』 1971〜76年、社会思想社刊
  • 『日本の庭(名園・作庭・素材編)』 1975年、毎日新聞社
  • 『重森三玲作品集 庭・神々へのアプローチ』 1975年、誠文堂新光社刊

[編集] エピソード

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

他の言語