醍醐

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醍醐(だいご)とは、10世紀頃の日本で製造されていた乳製品である。牛乳を煮詰め熟成させて作られるチーズ様の高級食品と考えられている。

概要 [編集]

仏教大乗経典『大般涅槃経』(だいはつねはんきょう)の中に、五味として順に乳→酪→生酥→熟酥→醍醐と精製され一番美味しいものとして、涅槃経も同じく最後で最上の教えであることをたとえとして書かれている。これを五味相生の譬(ごみそうしょうのたとえ)という。

譬如從牛出乳 從乳出酪 從酪出生蘇 從生蘇出熟蘇 從熟蘇出醍醐 醍醐最上 若有服者 衆病皆除 所有諸藥、悉入其中 善男子 佛亦如是 從佛出生十二部經 從十二部経出修多羅 從修多羅出方等経 從方等経出般若波羅蜜 從般若波羅蜜出大涅槃 猶如醍醐 言醍醐者 喩于佛性

『大般涅槃経』

牛より乳を出し、乳より酪(らく)を出し、酪より生酥(せいそ)を出し、生酥より熟酥(じゅくそ[1])を出し、熟酥より醍醐を出す、仏の教えもまた同じく、仏より十二部経を出し、十二部経より修多羅(しゅたら)を出し、修多羅より方等経を出し、方等経より般若波羅密を出し、般若波羅密より大涅槃経を出す

とある。これが醍醐味の語源として仏教以外でも広く一般に知られるようになった。

これにより、中国から伝来したものと考えられているが、現在では中国、日本双方で製造方法の伝承が絶たれており幻の食品となっている。

醍醐の製法を持って中国から渡来したのは、牛と関係が深い天之日矛を信仰する秦氏であったろうと考えられている。秦氏が入植したことからその名が付いたとされる、神奈川県秦野市中心部には、からこ(唐子)さんの伝説が残っている。「からこさんは、中国からおいでになり、 大磯の浜辺から秦野に移住した」と伝える。定着した土地は、乳牛(ちゅうし)と呼ばれ、乳牛を飼うことを教えたと言い伝えられている。かつては、唐子明神社(現在の郷社・曽屋神社)が存在した。曽屋神社の由来は、乳牛から蘇をつくる屋敷からきたとされ、神社近くの市役所前の道「デーゴ道」などの形で、醍醐の名残が認められる。

製造方法 [編集]

延喜式では、納税に用いるの製造が規定されている。蘇は醍醐を製造する前段階の乳製品であることから、蘇をベースにさまざまな手法で濃縮、熟成させ、醍醐を作り出す試みが食品研究家らの手でなされている。乳酸菌生産物質の名で、ニューヨークで開かれた発明展でグランプリを獲得した健康食品や、生源などの健康食品が、研究成果とされている。

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  1. ^ sarpis(サルピス)といいカルピスの語源となった