酒井弘樹

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酒井 弘樹
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 千葉県柏市
生年月日 1971年9月22日(43歳)
身長
体重
176 cm
70 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1993年 ドラフト1位
初出場 NPB / 1994年6月10日
TML / 2002年
最終出場 NPB / 2000年
TML / 2002年
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
監督歴

酒井 弘樹(さかい ひろき、1971年9月22日 - )は、千葉県柏市出身の元プロ野球選手投手)。現在は教師。

来歴・人物[編集]

プロ入り前[編集]

関東第一高等学校時代には控え投手であったが、東都大学野球連盟國學院大學に進学し、3年時に2部リーグで優勝し、1部昇格の原動力となった。

プロ入り後[編集]

1993年のドラフト1位で近鉄バファローズに入団後、150kmの速球を武器に先発・中継ぎに幅広い活躍を見せる。何度も延長12回を完投するなど、スタミナもあった。

1998年に故障明けにもかかわらず、セットアッパーとして60試合に登板し防御率1.97という驚異的な成績を残す。しかし翌年以降は再び故障に見舞われ、一軍出場も減少し2000年のオフに平下晃司面出哲志とともに湯舟敏郎山崎一玄北川博敏とのトレードで阪神タイガースへ移籍。阪神移籍後は井川慶福原忍ら先発陣が一軍に定着していたことから一軍の試合に出ることなく、シーズン後に阪神を自由契約となる。

2002年台湾へ渡ったものの、満足な成績を残せずに武藤幸司の復帰とともにシーズン途中解雇となり現役引退。

なお、2000年1月にはサイパンでの自主トレ中にプールでおぼれている少女を発見してとっさに飛び込み、救出している[1]

引退後[編集]

2008年3月12日TBS系列で放送された「壮絶人生ドキュメント プロ野球選手の妻たち」によれば、引退後は一般企業に就職したが、一度味わってしまった金銭感覚からなかなか脱却できず、ギャンブルや高級飲食店等で豪遊したり、仕事のストレスから夫人に八つ当たりする日々が続いていた。そんなある日、夫人の勧めもあり一念発起し、教員免許を取得するために國學院大學に再入学、高校教員免許を取得後、高校教師転職した。

2007年4月より名古屋経済大学高蔵高等学校に採用され、千葉県に家族を残し単身赴任国語教師を務めている。2002年から共学となった同校では、2009年より野球部が発足。それに伴い、同部を受け持つこととなった。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
1994 近鉄 18 8 0 0 0 1 0 0 -- 1.000 203 43.0 62 7 23 0 0 36 2 0 33 28 5.86 1.98
1995 32 9 1 0 0 4 5 1 -- .444 391 92.2 77 12 42 0 3 93 7 0 48 43 4.18 1.28
1996 26 26 6 1 2 8 15 0 -- .348 772 183.0 151 17 84 5 6 149 17 2 78 67 3.30 1.28
1997 10 10 0 0 0 1 5 0 -- .167 224 49.1 51 1 28 0 1 33 2 0 27 25 4.56 1.60
1998 60 1 0 0 0 6 1 0 -- .857 307 73.0 70 5 32 3 3 55 5 0 21 16 1.97 1.40
1999 2 0 0 0 0 0 0 0 -- ---- 9 2.1 2 0 1 0 0 3 0 0 0 0 0.00 1.29
2000 6 0 0 0 0 1 0 0 -- 1.000 41 8.2 7 1 8 0 0 7 0 0 6 6 6.23 1.73
通算:7年 154 54 7 1 2 21 26 1 -- .447 1947 452.0 420 43 218 8 13 376 33 2 213 185 3.68 1.41
  • 各年度の太字はリーグ最高
台湾での通算成績
11試合 2勝 5敗 2セーブ 防御率3.93

記録[編集]

背番号[編集]

  • 18 (1994年 - 2000年)
  • 16 (2001年)

脚注[編集]

関連項目[編集]