鄭森 (ベトナム)

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鄭森
Trịnh Sâm.png
靖都王鄭森(『鄭家正譜』より)
各種表記
クォック・グー Trịnh Sâm
漢字チュノム 鄭森
北部発音: チン・サン
音読み てい しん
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鄭森(てい しん、永佑5年(1739年) - 景興43年(1782年))は、後黎朝大越の権臣、東京鄭氏の第10代当主。『大越史記全書続編』では𣛧(木偏+森)と表記される。

生涯[編集]

景興28年(1767年)に父の明都王鄭楹が死去すると、跡を継いで朝廷から靖都王に封じられた。景興32年(1771年)、広南国西山邑阮文岳阮文恵阮文侶の三兄弟に率いられた西山党の乱が勃発した。景興35年(1774年)、広南阮氏の支配が揺らいだと見た鄭森は、西山阮氏と手を組んで軍を大挙南下させ、広南阮氏の本拠地だった富春を攻略した。阮福淳を南方に逃走させたものの、軍内に疫病が広まったために撤退せざるを得ず、広南の地の支配権は阮三兄弟の手中に帰した。

晩年は愛妾・鄧氏恵の讒言を信じて世子の鄭棕を廃し、庶子のを世子に冊立した。

景興43年(1782年)に死去し、鄭が跡を継いだ。聖祖廟号を追贈され、盛王された。

家族[編集]

参考文献[編集]

先代:
鄭楹
東京鄭氏第10代当主
1767年 - 1782年
次代: