鄭森 (ベトナム)

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鄭 森(チン・サン、Trịnh Sâm、1739年 - 1782年)は、ベトナム黎朝の権臣、東京鄭氏の十代目当主。『大越史記全書』では、鄭𣛧(木偏+森)と書かれる。

先代鄭楹の息子。1767年、鄭楹が死去すると、鄭森は嗣位し、靖都王と自称した。1771年広南国西山邑(現ベトナムのビンディン省)で阮文岳阮文恵阮文侶の三兄弟に率いられた西山の蜂起が勃発した。1774年、鄭森はこれを好機と見て大挙南下し、広南阮氏の首都富春(現フエ)を攻略した。晚年は愛妾・鄧氏恵の讒言を信じ、世子鄭楷を廃し、庶子鄭檊を冊立した。これが後の鄭楷の三府軍の乱の原因となった。

1782年、鄭森は死去し、庶子鄭檊が嗣位した。聖祖廟号を追贈られ、盛王された。

家族[編集]

参考文献[編集]

先代:
鄭楹
ベトナムの副王
黎朝東京鄭氏の当主)
1767年 - 1782年
次代:
鄭檊