鄭容臺

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鄭容臺 Football pictogram.svg
名前
カタカナ チョン・ヨンデ
ラテン文字 CHUNG Yongdae
文観式: Jeong Yongdae
ハングル 정 용대
基本情報
国籍 韓国の旗 韓国
生年月日 1978年2月4日(34歳)
出身地 愛知県名古屋市
身長 178cm
体重 75kg
選手情報
ポジション MF
利き足 右足
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鄭 容臺(チョン・ヨンデ、1978年2月4日 - )は、愛知県名古屋市出身のサッカー指導者、元サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー

目次

[編集] 来歴

朝鮮大学校を経て、2000年に当時関東サッカーリーグに所属していた青梅FCでプレーしていたが、その年に在日韓国人の選抜チーム「在日大韓蹴球団」のメンバーに選ばれ、韓国釜山で行われた大会で活躍。そこでのプレーが認められ、2001年Kリーグ浦項スティーラースに入団しプロサッカー選手となった。この韓国行きの際に、それまでの朝鮮籍から韓国籍へと国籍を変更している[1]

翌2002年に日本に戻り、名古屋グランパスエイトに入団[2]セレッソ大阪川崎フロンターレと渡り歩き、守備的な選手として起用された。

プロとして6年目の2006年横浜FCに完全移籍で入団した。そこで初めてレギュラーをつかみ、チームのJ1昇格に貢献。2007年、負傷により出場機会が減り、コンサドーレ札幌期限付き移籍。札幌では大塚真司の負傷離脱などもあり途中加入ながらレギュラーに定着し、本来の守備的MF以外にもセンターバックサイドバックもこなすプレーの幅の広さを生かし、ここでも昇格に貢献した。2008年に札幌へ完全移籍したが、出場機会が減少し、シーズン終了後に戦力外通告を受けた。2009年シーズンは開幕を無所属のまま迎えたが、4月に2シーズンぶりに横浜FCでプレーすることが決まった[3]。同年は2006年に次ぐ出場試合数を記録し、再び横浜FCの中心選手となったが、同年限りで退団した。

2010年シーズンは無所属のまま複数のクラブの練習に参加するなどしていたが、希望するJリーグでの所属先が見つからず、同年9月に現役引退を発表。2011年より、古巣の川崎で育成部門のコーチを務める。

[編集] 所属クラブ

ユース経歴
プロ経歴

[編集] 個人成績

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
2000 青梅 関東 -
韓国 リーグ戦 リーグ杯 FA杯 期間通算
2001 浦項 42 Kリーグ
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
2002 名古屋 33 J1 0 0 0 0 - 0 0
C大阪 25 J2 11 0 - 0 0 11 0
2003 名古屋 15 J1 6 0 1 0 1 0 8 0
2004 名古屋 15 J1 3 0 1 0 0 0 4 0
2005 川崎 17 J1 7 0 0 0 1 0 8 0
2006 横浜FC 13 J2 44 2 - 0 0 44 2
2007 横浜FC 13 J1 12 0 5 0 - 17 0
札幌 33 J2 10 0 - 0 0 10 0
2008 札幌 33 J1 11 0 2 1 0 0 13 1
2009 横浜FC 29 J2 39 1 - 1 0 40 1
通算 日本 J1 39 0 9 1 2 0 50 1
日本 J2 104 3 - 1 0 105 3
日本 関東 -
韓国 Kリーグ
総通算 143 3 9 1 3 0 155 4

[編集] 経歴

[編集] 脚注

  1. ^ テレビ愛知ホームページ「解説委員室・コラム」No.077「愛しのヨン様!」2004年12月28日付 [1]
  2. ^ 鄭容臺が名古屋グランパス入団 在日大韓蹴球団出身、浦項から移籍 在日本大韓民国民団 2002年2月14日付
  3. ^ MF鄭容臺(チョン ヨンデ)選手加入のお知らせ 横浜FC 2009年4月2日付プレスリリース

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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