鄒衍

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鄒衍(すうえん)は中国戦国時代陰陽家稷下の学士の一人。「騶衍」とも。

宣王、文学遊説の士を喜ぶ。鄒衍、淳于髠田駢接与慎到環淵の徒の如きより七十六人、皆、列弟を賜い、上大夫と為す。治めずして議論す。是を以て斉の稷下の学士、復た盛んにして、且に数百人ならんとす。

と、史記に記され、稷下の学士の中での代表的な地位にあったことが分かる。その後昭王の師となり、またに赴き平原君の信頼を得た。このことから孟子よりややあとの時代の人物であると推測されている。

漢書芸文志には鄒衍の著作として『鄒子』49篇と『鄒子終始』56篇が挙げられているが、いずれも伝わらない。しかしその学説の大略は『史記孟子荀卿列伝に紹介されており、儒家、特に孟子の影響を受けながら五行説を唱えたと考えられている。

参考文献[編集]

外部リンク[編集]

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