都家文雄
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都家文雄(みやこや ふみお、本名・苗村正治、1893年3月1日 - 1971年5月4日)は大正・昭和期の漫才師。世相を槍玉に上げては、とんちんかんな難癖を付ける「ぼやき漫才」の創始者。また自身は「文化漫才」と称した。立ち位置は向かって左。
滋賀県三上山の麓に生まれる。父は興行師だったとされる。最初は落語家を志し1912年に桂三路(後の2代目三遊亭圓若)門下で桂歌路を名乗る。神戸新開地千代廼座が初舞台。落語家としては端席出ることが多かった。大正に入ると落語の凋落が見えはじめ、1926年に漫才師に転身。都家美智代と組んだ。 その後は24歳のときに結婚した都家静代、1956年に妻の都家静代が死去、芦乃家雁玉とのコンビを経て、1960年より荒川歌江と組む。晩年は関西演芸協会会長を長く務めた。弟子に人生幸朗・生恵幸子、都家文路、都家文広、東文章・こま代等がいる。「ぼやき漫才」の芸は弟子の人生幸朗・生恵幸子、東文章等が受け継いだ。エピソードとして最後の相方、荒川歌江がとどまることを知らない文雄のぼやきを止めるのに苦労したという。
戦前戦中の暗い時代の中「ぼやき漫才」は主に政治家に槍玉が上り、戦時中の愛国精神の中でも臆する事無く政治家をぼやいていた。
[編集] 映画
- 『のんき横丁』(1939年 東宝)
- 『世にも面白い男の一生 桂春団治』(1956年 東宝)
[編集] CD-ROM、書籍
- 「ご存じ古今東西囃家紳士録」「ボヤキ漫才家庭講座」収録
- 「上方芸能列伝」(澤田隆治、文藝春秋 ISBN 4-16-738803-0)