郵便配達は二度ベルを鳴らす (1942年の映画)
| 郵便配達は二度ベルを鳴らす | |
|---|---|
| Ossessione | |
| 監督 | ルキノ・ヴィスコンティ |
| 脚本 | ルキノ・ヴィスコンティ マリオ・アリカータ ジュゼッペ・デ・サンティス ジャンニ・プッチーニ |
| 原作 | ジェームズ・M・ケイン |
| 製作 | カミッロ・パガーニ |
| 出演者 | マッシモ・ジロッティ クララ・カラマイ |
| 音楽 | ジュゼッペ・ロゼーティ |
| 撮影 | アルド・トンティ ドメニコ・スカーラ |
| 編集 | マリオ・セランドレイ |
| 公開 | |
| 上映時間 | 140分 |
| 製作国 | |
| 言語 | イタリア語 |
『郵便配達は二度ベルを鳴らす』(ゆうびんはいたつはにどベルをならす、イタリア語: Ossessione, 「妄執」の意)は、1942年(昭和17年)製作のイタリア映画、ルキノ・ヴィスコンティ監督の長編処女作である。
目次 |
概要 [編集]
原作はジェームズ・M・ケインの『郵便配達は二度ベルを鳴らす』だが、クレジットでは示されていない。原作者の許諾を得ることなく映画化された違法な作品であるため、イタリア公開時に数日で上映禁止となり、長らく「幻の処女作」と呼ばれていた。アメリカでの公開はヴィスコンティの死後、1976年のニューヨーク・フィルム・フェスティバルであった。日本ではタイトルをケインの小説に合わせて1979年に公開された。
本作をもって「最初のネオレアリズモ映画」と言われることがある。一般に、映画におけるネオレアリズモの端緒はロベルト・ロッセリーニ監督による1945年の映画『無防備都市』であると言われているが、反ファシズム的な内容や屋外での撮影、素人役者の起用は本作が最初であるとヴィスコンティは主張した。ただしネオレアリズモ風の作品は本作以前にもいくつか存在するため、何をもって最初の作品とするかは意見が分かれるところである。現在ではやや控えめに「ネオレアリズモの先駆的作品」と呼ばれることが多い[要出典]。
ヴィスコンティがスラムの人々の生活に目を向けたのはジャン・ルノワール監督の自然主義的リアリズムの影響であると言われている。ヴィスコンティはルノワールの『トニ』で助手として働いていた[要出典]。
ファシズム体制下での撮影だったため、あからさまなファシズム批判はなされていないが、反フランコの象徴としての「スペイン人」の登場や、不倫という「公衆良俗に反する」内容は十分に反ファシズム的である[要出典]。
ブラガーナがのど自慢大会で歌ったのは『椿姫』のアリアである[要出典]。
キャスト [編集]
- ジーノ:マッシモ・ジロッティ
- ジョヴァンナ:クララ・カラマイ
- ブラガーナ:ファン・デ・ランダ
- アニータ:ディーア・クリスティアーニ
- スペイン人:エリオ・マルクッツォ
- 刑事:ヴィットリオ・ドゥーゼ
ストーリー [編集]
注意:以降の記述には物語・作品・登場人物に関するネタバレが含まれます。免責事項もお読みください。
北イタリア、ポー川の食堂にジーノ(マッシモ・ジロッティ)が現れる。店主ブラガーナ(ファン・デ・ランダ)の歳の離れた美しい妻ジョヴァンナ(クララ・カラマイ)はジーノに惹かれ、彼を雇うように夫を説得する。ジーノとジョヴァンナはブラガーナの留守中に肉体関係を持ち、駆け落ちしようとするが、ジョヴァンナは途中で罪悪感に襲われて引き返してしまう。
ジーノは1人で放浪を続け、ジョヴァンナを忘れようとするが、旅先の港町でブラガーナ夫婦と再会してふたたび店に戻ってしまう。2人はブラガーナの殺人を計画し、自動車事故を装って実行する。
しかし新しい生活を始めた2人のあいだには終始気まずい雰囲気が流れ、ジーノは別の女のところへ入り浸るようになる。一方、警察はブラガーナが殺害されたことを確信し、2人を指名手配した。ジーノはジョヴァンナが密告したのではないかと疑ったが、彼女の一途な愛と、彼の子を身ごもっている事実を知って再出発を決意する。しかし車で旅立とうという矢先、トラックと衝突して彼女は死んでしまった。
外部リンク [編集]
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