郡県制
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郡県制(ぐんけんせい)は、春秋時代末期から戦国時代に、晋や秦・楚で施行された官僚制による中央集権体制。初めは直轄地を県、辺境地域を郡としたようであり、中央から王の任命する官吏を派遣して統治した。世襲制の封建制に代わる支配制度で、王権の強化に役立った。
[編集] 秦代の郡県制
秦の国内では紀元前4世紀の孝公の時代に郡県制が実施されていたが、始皇帝は全国を36郡(のち48郡)に分け、郡の下に県を置き、皇帝任命の官吏を派遣して、中央集権体制の基礎とした。
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