遼中県
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| 中華人民共和国 遼寧省 遼中県 | |
|---|---|
| 簡体字 | 辽中 |
| 繁体字 | 遼中 |
| 拼音 | Liáozhōng |
| カタカナ転記 | リャオヂョン |
| 国家 | 中華人民共和国 |
| 省 | 遼寧 |
| 副省級市 | 瀋陽市 |
| 行政級別 | 県 |
| 政府所在地 | 遼中鎮 |
| 建置 | 1906年 |
| 面積 | |
| - 総面積 | 1,670 km² |
| 人口 | |
| - 総人口(2004) | 53 万人 |
| 経済 | |
| 電話番号 | 024 |
| 郵便番号 | 110200 |
| ナンバープレート | 遼A |
| 行政区画代碼 | 210122 |
遼中県(りょうちゅうーけん)は中華人民共和国遼寧省瀋陽市に位置する県。
地理 [編集]
遼中県は遼寧省中部、遼河中流域に位置する。
歴史 [編集]
1906年(光緒32年)、遼陽、承徳、鎮安、海城地域の一部に遼中県を設置、韵阿司は牛録鎮(現在の遼中鎮)に設置され、奉天府瀋陽道の管轄とされた。中華民国が成立すると奉天省(後に遼寧省と改称)の管轄とされ、1932年(大同元年)、満洲国が成立すると満州国の奉天省の所管県とされた。
1945年(民国34年)、日本の敗戦とそれに伴う満州国の崩壊により中華民国が行政権を回復、遼寧省の管轄県とされたが、まもなく開始された国共内戦により1947年(民国36年)末には国民党が占領、翌年春には国民党が奪還、11月2日に再度共産党により「解放」され、遼中県人民政府が成立、遼西省の管轄とされた。1954年、遼西省及び遼東省の合併に伴い遼寧省に移管され、瀋陽市の市管県とされた。1955年に遼陽専署、1959年に遼陽市、1964年に瀋陽専署に移管され、1969年に瀋陽市の管轄となり現在に至る。
行政区画 [編集]
- 鎮:遼中鎮、茨楡坨鎮、朱家房鎮、于家房鎮、満都戸鎮、肖寨門鎮、楊士崗鎮、冷子堡鎮、新民屯鎮、長灘鎮、劉二堡鎮、四方台鎮。
- 郷:城郊郷、六間房郷、養士堡郷、老大房郷、大黒崗子郷、牛心坨郷、潘家堡郷、老観坨郷。
| 中国地名の変遷 | |
| 建置 | 1906年 |
| 使用状況 | 遼中県 |
| 清 | 遼中県 |
|---|---|
| 中華民国 | 遼中県 |
| 満州国 | 遼中県 |
| 現代 | 遼中県 |
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