日本プロサッカーリーグ

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日本プロサッカーリーグ
分類 プロサッカー
開始年 1993年
チェアマン 鬼武健二
参加チーム 36(J1:18、J2:18)
加盟国 日本
前回優勝チーム J1:鹿島アントラーズ
J2:サンフレッチェ広島
公式サイト Jリーグ

日本プロサッカーリーグ(にほんプロサッカーリーグ)は、国際サッカー連盟(FIFA)に加盟している財団法人日本サッカー協会(JFA)が主催、社団法人日本プロサッカーリーグが主催・運営する日本プロサッカーリーグである。略称はJリーグで、一般的にはこちらで認知されており、各メディアもこの略称でよんでいる。

また、リーグの理念と活動方針に「日本サッカーの水準向上及びサッカーの普及促進」と「豊かなスポーツ文化の振興及び国民の心身の健全な発達への寄与」、「国際社会における交流及び親善への貢献」を掲げている。

現在、日本国内の27都道府県に本拠地を置いている36クラブのプロサッカークラブが加盟している。なお、2009年度はJリーグディビジョン1(J1)、Jリーグディビジョン2(J2)それぞれに18チームずつが所属している。

目次

[編集] 変遷

[編集] 1993年以前

Jリーグが誕生する前の日本におけるサッカー競技は全国リーグである「日本サッカーリーグ」(JSL)がすでに存在していたが、当時は日本国内における競技自体の人気や選手の待遇がまだまだ低く、マスコミにもあまり大きく扱われる程の存在では無かった。

しかし、当時の日本サッカー協会内ではその様な状況を打破したいと、川淵三郎らが中心となって国立霞ヶ丘陸上競技場で開催する1989年2月26日のJSLの後期リーグ開幕戦を無料招待試合にするなどといった様々な試みを積極的に行っていたが、現状を変えるまでには至らなかった。

また、その一方で水面下では木之本興三らを中心とした第1次JSL活性化委員会が極秘裏に「スペシャルリーグ(サッカーのプロ化)構想」を進めていたが、協会内部では『JSLの活性化』では意見が一致していたものの、まだまだ『リーグのプロ化』に対しては「プロ化は時期尚早」や「プロ野球の球団ですら赤字経営なのに、サッカーではまともに採算が取れる訳がない」などと、親会社から出向してきた当時の1部リーグに所属する実業団チームの役員達を中心にJSLの評議委員会では強固な反対の声も多く、なかなか木之本らの計画は進展しなかった。

ところが、1980年代後半に「国際サッカー連盟」(FIFA)の第7代会長であったジョアン・アベランジェから当時のアジアとしても初開催となる「FIFAワールドカップ」の日本開催を日本サッカー協会へ打診されると、当時の第2次JSL活性化委員会が中心となって急激にプロリーグ構想が推進され、まもなく日本では初めてとなるプロサッカーリーグの「日本プロサッカーリーグ」(Jリーグ)発足が正式に決定し、1992年には前哨戦として「Jリーグヤマザキナビスコカップ」が開催された。

[編集] 1993-1995年頃

1993年5月15日、国立霞ヶ丘陸上競技場で行った 横浜マリノスヴェルディ川崎開幕戦で華々しく発足したJリーグは、それまでは有名なプロスポーツと言えばプロ野球などに限られていた当時の日本全国に大きな衝撃を与えた(なお、横浜マリノス対ヴェルディ川崎の一戦はNHKが試合前の開幕セレモニーも含めて全国向けに生中継し、関東地区では32.4%の視聴率を記録した[1])。

地上波のテレビ中継もゴールデンタイムを中心にして頻繁に行われた為に、Jリーグやその他のサッカー関連の商品も多く売れて各Jリーグクラブに大きな収入をもたらし、この年の新語・流行語大賞を受賞、まさに時代を象徴する存在にまでなった(ちなみに、1993年後期には全局のテレビ中継数は41本、うちゴールデンタイムでの放送が20本を占めた[2])。

また、発足2年目となった1994年の1試合平均観客動員数は19,598人で、この記録は2007年シーズン終了時点でも破られていない。都市部にクラブが集中していたとはいえスタジアムの整備も現在と比べて行き届いておらず、さらに平日開催も頻繁に行った上でこの観客動員数は、当時のブームの大きさを窺わせる。また、この頃のスタジアム内ではサポーターによってチアホーンがよく鳴らされていたが、スタジアム周辺の近隣住民から「騒音に当たる」との苦情が相次いだので、その後しばらくしてJリーグがスタジアム内でのチアホーン使用の自粛を促した(ただし、規定で明確に禁止されている訳ではない)。

発足当時、Jリーグの「親会社に依存した企業スポーツからの脱却」、「地域住民や自治体との連携」という考えは日本において極めて異色の独自性の強いものであったが、当初は「プロ野球のサッカー版」という見られ方をされることも少なくなかった。この時期は選手の年俸が国際市場価格と比較しても異常なほど高騰し、後にJリーグの各クラブチームの経営を圧迫する一因となった。なお、開幕時には10チームでスタートしたが、Jリーグはこの頃からもうすでにリーグの拡大路線を行っていた。翌年の1994年には当時の準会員制度(現在のJリーグ準加盟制度)で準会員だったベルマーレ平塚ジュビロ磐田が定められた参入条件を満たしてJリーグに参入したのを皮切りに現在でもJリーグへの新規参入がほぼ毎年の様に続いている。

現在では批判的に見られることの多い傾向にある「Jリーグブーム」ではあるが、この時期にサッカーの認知度が劇的に向上しており、日本サッカーの発展に寄与した役割は大きい。また、ジーコなどといった各国代表クラスの大物外国人が当時のJリーグでプレーしたことや、世界に名を知らしめる有名監督も当時のJリーグで指揮を執ったことで、現在も続くパイプの多くはこの時期に築かれている。

[編集] 1996-1998年頃

1996年、「スポーツで、もっと、幸せな国へ。」という理念を掲げ、Jリーグは「Jリーグ百年構想」を発表する。また、積極的にJリーグクラブ数を拡大して、最終的には全国に100チームのJリーグクラブを作ることを目標とした。

しかし、この頃から平成不況の影響とブームの沈静化が当時のJリーグを襲った。1993年に発足したJリーグではあったが、Jリーグバブルの影響でクラブには多額の放映権料収入や関連グッズ収入、試合の入場料収入などが入ってきた為に、当時からすでに選手の移籍金や年俸が異常なほどに高騰し、中には支出の半分以上が選手関係だったというクラブも少なくなかった。それは、この頃にJリーグへ加盟したクラブも同じ事で、Jリーグに昇格する為に多額の資金で選手補強を行っていたクラブも多かった。ただ、それらの際に出来た負債も加盟後に見込んでいた放映権料収入や関連グッズ収入、試合の入場料収入での返済を見込んでいたが、この頃から観客動員数が急激に減少し始め、1994年に19,598人を記録した平均観客動員数も1997年には10,131人と僅か3年で半分近くにまで減少した。また、協賛企業が平成不況の影響で次々とJリーグクラブのスポンサーから撤退し、それまではゴールデン枠で放送されていたテレビ中継もJリーグバブルの沈静化の影響で民放が次々と撤退してしまった為に放映権料収入も急激に減少した。結果、それらの影響で資金繰りに行き詰るJリーグクラブが急激に増え始め、それまでのずさんな各クラブ運営の実態を浮き彫りにする事となってしまった。

そして、ついに最悪の事態がJリーグで起こる事となった。1998年10月28日、同じ神奈川県横浜市に本拠地を置いている横浜マリノス横浜フリューゲルスの合併(事実上の横浜フリューゲルス消滅)が発表されたのだ。しかし、これには横浜フリューゲルスサポーターを中心とした反対運動が一斉に巻き起こり、全国各地での署名活動やJリーグの事務局や横浜フリューゲルスの経営陣との話し合い等といったチームの存続運動が行われたが、それらの願いも空しく、結局は横浜フリューゲルスの親会社である全日空と横浜マリノスの親会社である日産自動車の両社が合併反対の声を押し切る形で強引に合併の合意文書に署名し、翌1999年には合併チームの「横浜F・マリノス」が生まれて一部の選手がフリューゲルスから移籍した。その一方で、この事件をきっかけに反対運動を行っていた横浜フリューゲルスサポーター達を中心に新しく横浜FCが発足したが(当時は新JFL所属、2001年にJリーグ参入)、多くの横浜フリューゲルスサポーターはこの事件に失望してスタジアムに二度と戻って来なくなるという禍根を残す形となった。

[編集] 1999-2000年頃

一時期、深刻な危機を迎えたJリーグではあったが、1998 FIFAワールドカップへの日本代表の出場と2002 FIFAワールドカップの開催決定を契機として観客動員数は緩やかながらも復調の兆しが見え始める。前者はサッカーそのものや大会に出場する選手達への注目度を高め、後者は地方自治体によるスタジアムや練習場の整備としてJリーグのクラブ経営に恩恵をもたらした(後述)。それに加えて、Jリーグでは99年3月に「チェアマン指針」を発表し、現在では全Jリーグクラブ(Jリーグ準会員も含む)を対象にJリーグ経営諮問委員会による経営状態の監査や是正指導、更にはJリーグや各クラブの年度別経営収支[3]などの一般公開といった経営の透明化やJリーグや各クラブ単位での地域に根ざした活動がこの頃から積極的に行われ始め、中には浦和レッズアルビレックス新潟ヴァンフォーレ甲府といった様な日本サッカー界のみならず、日本のスポーツ界にも一定の影響を与える程の成功例もこの頃には続々と出現した。

1999年にはJリーグ加盟を希望するアマチュアサッカークラブの増加に応えるべく2部制を導入し、10クラブが参加した「Jリーグディビジョン2」(J2)が新たに発足、従来のJリーグは16クラブ制の「Jリーグディビジョン1」 (J1) となった。これによりJリーグのクラブ数は18から26へ増加し、その後もJ2はクラブ数を拡大した。それまでは関東地方静岡県から福岡県までの東海道新幹線山陽新幹線沿線地域に集中していたJリーグクラブ(唯一の例外は1998年に参入し、1999年にはJ2に所属した北海道コンサドーレ札幌)の存在地域は、東北地方ベガルタ仙台モンテディオ山形)や北信越地方アルビレックス新潟)からの新規参入を含め、それまで団体競技のプロスポーツチームが乏しかった全国各地の地方都市へ拡大していった。また、スタジアム問題などでJリーグクラブがなかった東京都にもJ2創設によりFC東京が誕生し(2000年J1昇格)、さらに2001年にはかねてから自身が希望していたヴェルディ川崎の東京移転(東京ヴェルディ)が実現した。これはJリーグクラブで初のホームタウン全面変更だった。

[編集] 2001年以降

ブームが沈静化した1997年頃から1試合平均1-1.2万人程度で推移していた観客動員数は、日本開催のFIFAワールドカップを控えた2001年に急激に好転しその後も徐々に増加を始める。地元開催となった2002 FIFAワールドカップを翌年に控え、開催各地に続々と最新鋭のスタジアムが整備され、その地域に根ざすJリーグクラブに大きな恩恵をもたらした。

爆発的なブームを巻き起こした黎明期の「Jリーグブーム」と呼ばれた人気に対し、2001年以降の人気回復は地域や地方都市のローカリズムに寄って立つ比重が非常に大きい。かつてはごく少数の企業等がJリーグクラブを保有したが、現在では大手スポンサーに加え、自治体や地域の市民たちでクラブを支える経営手法をとるJリーグクラブも多数生まれた。

2002 FIFAワールドカップの開催によるサッカーブームが加わり、Jリーグは発足当初ほどの爆発的な盛り上がりはないものの徐々にファンを増やすことに成功した。また、Jリーグ準加盟制度や「Jリーグ加盟を標榜するクラブに対する優遇処置」(飛び級制度)などで、Jリーグ加盟の敷居が以前よりも低くなった。その影響で全国各地にJリーグ加盟(もしくはその下のJFL)を目標とするアマチュアサッカークラブが多数誕生した。

2002 FIFAワールドカップ開催以後、全国のJリーグ空白地帯を中心にアマチュアのサッカークラブが多数誕生し、これらの中からはザスパ草津ロアッソ熊本を始め、ほぼ毎年の様にJリーグへと新規加盟した。また、2007年にはJリーグと各クラブが「2010年までに年間の総観客動員数を1100万人にする」事を目的に「Jリーグ『イレブンミリオン』プロジェクト」を立ち上げた。

2007年、浦和レッズと川崎フロンターレが日本勢として初めてAFCチャンピオンズリーグ(ACL)のグループリーグを突破し、中でも浦和レッズに至っては、同大会になってからは日本勢初の優勝を飾った。さらに2008年にはガンバ大阪も優勝し、日本勢として連覇を達成した。

[編集] 沿革

[編集] 概要

Jリーグは1993-1998年までは1部のみの「Jリーグ」として最大18チームで開催され、1999年からは「Jリーグ ディビジョン1(J1)」と「Jリーグ ディビジョン2(J2)」の2部制に移行した。

[編集] 開幕時期

1993-1998年のJリーグ、及び1999年以降のJ1には「2ステージ制」の時期と「1シーズン制」の時期があった。J2に関しては1999年から一貫して「1シーズン制」を採用している。

また、Jリーグはシーズンの開幕時期を1993-2008年現在まで、「春秋シーズン制」(3月頃-同年12月頃の約10ヶ月間)を採用している。

2ステージ制(1993-1995年、1997-2004年)

1993年に誕生したJリーグは当初、1シーズンを「1stステージ」と「2ndステージ」に分けて行い、2ndステージの終了後に両ステージの優勝チームによるJリーグチャンピオンシップ(年間王者決定戦)を開催し、年間王者を決めていた。

  • 1993-1995年は各ステージを2回戦総当りで開催し、1stステージは「サントリーシリーズ」、2ndステージは「日本信販・NICOSシリーズ」として開催されていた。なお、この期間に同一チームが完全優勝(両ステージ優勝)をした場合、各ステージの2位同士でプレーオフを開催し、その勝者と両ステージを制したチームがチャンピオンシップに出場できる方式を採用していたが、この間は完全優勝がなかった。
  • 1995年は、14チームで年間4回戦総当りを行うと1チーム52試合となり、選手の健康負担が増える可能性があることから一時は1シーズン制での3回戦総当り(1チーム39試合)にすることも検討されていたが、当時のリーグ戦ステージ・スポンサーを含むオフィシャルスポンサーとの契約上の問題(1995年度末まで契約)から断念し、結局4回戦総当りを維持。その代わり、この年はJリーグカップを開催しなかった。
  • 1997年以降は各ステージを1回戦総当りで開催し、同一のチームが完全優勝をした場合はJリーグチャンピオンシップを行わないことになった。
1シーズン制(1996年、2005年-)
  • 1996年はアトランタ五輪やアジアカップが開催された為に日程の都合で2回戦総当りの1シーズン制を採用したため、Jリーグチャンピオンシップは開催されなかった。その代わりとしてサントリーカップ・96チャンピオンズファイナル と題する大会が、リーグ戦とJリーグカップの各上位2チームの参加で開催された。
  • 2005年シーズン以降からは本格的に2回戦総当りの1シーズン制へと移行した。これにより、チャンピオンシップは2004年をもって廃止された。

[編集] 開催日

現在、日程上の理由で水曜日でも開催される場合もあるが、基本的にJ1・J2の試合は毎週土曜日日曜日の2日間に分けて開催している。

土曜日と日曜日に開催される試合は基本的にデーゲームであるが、試合の開催時期やテレビ中継に配慮する形でナイトゲームでも行われる事がある。また、祝祭日以外の平日に開催される試合は全てナイトゲームで開催されている。(ただし、Jリーグの発足直後は水曜日の開催でもデーゲームで行う事があった。)

なお、最終節は順位決定の有利・不利を解消する為に全試合の開催日と試合開始時間を統一しているが、2004年以降は終盤戦にあたる数節も同様な形を取っている。

2008年以降、日本代表の試合のある日は原則として、Jリーグカップ及びJ2の試合は組まない。(この間、J1は日本代表に選出されている選手の強化期間としているため、リーグ戦の試合は組まれない)また、試合予定が未定の分で、日本代表の試合が予定されている場合は土曜、日曜両方で開催できるように対応している。

J1
  • 1部制だった時代(1993-1998年)も含めて、1993-2000年までは基本的に土曜日に開催されていた。ただし、1993-1995年の2ステージ制だった時代は試合数の問題から平日(主に水曜日)にも開催されていた。
  • 2001年以降はスポーツ振興くじ(toto)の導入に伴い、J2と共に土曜日を中心する開催になった。
  • 2002年、テレビ中継などの日程調整も考慮し、原則として1節のうち2試合を土曜日と日曜日を中心に開催する分散型が採用された。
J2
  • 1999-2000年の2年間は基本的に日曜日に開催するのが中心だったが、1ヶ月に1-2回程度は木曜日にも開催されていた。
  • 2001年以降はtotoの導入に伴い、J1と共に土曜日を中心する開催になった。(一部は日曜日に開催。)

[編集] クラブチーム

[編集] 加盟制度

詳細は「Jリーグ準加盟制度」を参照

[編集] 「J2リーグの将来像」の決定

2008年7月、Jリーグは「J2リーグの将来像」として、以下の3項目を理事会で承認した。

  • J2の参加クラブ数は最大22とする。
    • J2参加クラブ数が19に達したシーズン以降、JFLから入会できるクラブ数は22から逆算して定められる。但し、この場合も「JFL4位以内」など、一定の成績条件が設けられる。
  • J2の参加クラブ数が22に達したシーズン以降はJ2とJFLと入れ替え制度を導入。
    • JFLから最大3クラブがJ2に昇格(Jリーグ入会)し、J2から同数のクラブがJFLに降格(Jリーグ退会)。入れ替え戦等は実施しない。
    • JFL所属クラブは、Jリーグが別に定める入会条件を満たさなければ、順位に関わらず昇格(Jリーグ入会)できない。
    • J2からJFLへ降格したクラブは、Jリーグ会員資格喪失。
  • J2の参加クラブ数が18に達したシーズン以降はJ1・J2入れ替え戦を廃止し、リーグ戦成績をもって昇降格要件とする(自動昇格・降格のみ採用)。(2009年度より適用)
    • J2から最大3クラブがJ1に昇格し、J1から同数のクラブがJ2に降格。
    • J2所属クラブは、リーグが別に定めるJ1昇格基準を満たなければ、順位に関わらず昇格できない。

[編集] Jリーグ加盟クラブ一覧

Jリーグに加盟しているクラブの一覧。

クラブ名
(略称)
活動区域 ホームタウン
(ホームスタジアム)
加盟年度
コンサドーレ札幌
(札幌)
北海道 札幌市
札幌ドーム札幌厚別公園競技場
1998
ベガルタ仙台
(仙台)
宮城県 仙台市
ユアテックスタジアム仙台
1999
モンテディオ山形
(山形)
山形県 山形市天童市鶴岡市を中心とする全県
NDソフトスタジアム山形
1999
鹿島アントラーズ
(鹿島)
茨城県 鹿嶋市潮来市神栖市鉾田市行方市
茨城県立カシマサッカースタジアム
1993
水戸ホーリーホック
(水戸)
茨城県 水戸市
笠松運動公園陸上競技場
2000
栃木SC
(栃木)
栃木県 宇都宮市
栃木県グリーンスタジアム
2009
ザスパ草津
(草津)
群馬県 草津町前橋市を中心とする全県
正田醤油スタジアム群馬
2005
浦和レッズ
(浦和)
埼玉県 さいたま市
埼玉スタジアム2002さいたま市駒場スタジアム
1993
大宮アルディージャ
(大宮)
埼玉県 さいたま市
NACK5スタジアム大宮
1999
ジェフユナイテッド千葉
(千葉)
千葉県 千葉市市原市
フクダ電子アリーナ市原臨海競技場*)
1993
柏レイソル
(柏)
千葉県 柏市
日立柏サッカー場柏の葉公園総合競技場
1995
FC東京
(F東京)
東京都 東京都
味の素スタジアム
1999
東京ヴェルディ
(東京V)
東京都 東京都
(味の素スタジアム)
1993
川崎フロンターレ
(川崎F)
神奈川県 川崎市
等々力陸上競技場
1999
横浜F・マリノス
(横浜FM)
神奈川県 横浜市横須賀市
日産スタジアムニッパツ三ツ沢球技場
1993
横浜FC
(横浜FC)
神奈川県 横浜市
(ニッパツ三ツ沢球技場)
2001
湘南ベルマーレ
(湘南)
神奈川県 厚木市伊勢原市小田原市茅ヶ崎市秦野市
平塚市藤沢市大磯町寒川町二宮町
平塚競技場
1994
ヴァンフォーレ甲府
(甲府)
山梨県 甲府市を中心とする全県
山梨県小瀬スポーツ公園陸上競技場
1999
アルビレックス新潟
(新潟)
新潟県 新潟市聖籠町
東北電力ビッグスワンスタジアム新潟市陸上競技場*)
1999
カターレ富山
(富山)
富山県 富山市を中心とする全県
富山県総合運動公園陸上競技場
2009
清水エスパルス
(清水)
静岡県 静岡市
アウトソーシングスタジアム日本平
1993
ジュビロ磐田
(磐田)
静岡県 磐田市
ヤマハスタジアム
1994
名古屋グランパス
(名古屋)
愛知県 名古屋市
名古屋市瑞穂公園陸上競技場豊田スタジアム
1993
FC岐阜
(岐阜)
岐阜県 岐阜市を中心とする全県
長良川陸上競技場
2008
京都サンガF.C.
(京都)
京都府 京都市
京都市西京極総合運動公園陸上競技場兼球技場
1996
ガンバ大阪
(G大阪)
大阪府 吹田市
万博記念競技場
1993
セレッソ大阪
(C大阪)
大阪府 大阪市
大阪長居スタジアム
1995
ヴィッセル神戸
(神戸)
兵庫県 神戸市
ホームズスタジアム神戸
1997
ファジアーノ岡山
(岡山)
岡山県 岡山市倉敷市津山市を中心とする全県
岡山県総合グラウンド陸上競技場 桃太郎スタジアム
2009
サンフレッチェ広島
(広島)
広島県 広島市
広島ビッグアーチ
1993
徳島ヴォルティス
(徳島)
徳島県 徳島市鳴門市美馬市松茂町板野町
藍住町北島町を中心とする全県
鳴門・大塚スポーツパークポカリスエットスタジアム
2005
愛媛FC
(愛媛)
愛媛県 松山市を中心とする全県
ニンジニアスタジアム
2006
アビスパ福岡
(福岡)
福岡県 福岡市
レベルファイブスタジアム
1996
サガン鳥栖
(鳥栖)
佐賀県 鳥栖市
ベストアメニティスタジアム
1999
ロアッソ熊本
(熊本)
熊本県 熊本市
熊本県民総合運動公園陸上競技場 KK WING
2008
大分トリニータ
(大分)
大分県 大分市別府市佐伯市を中心とする全県
九州石油ドーム
1999
※ホームスタジアムのうち、*印は2008年に当該チームの公式戦が開催されなかったホームスタジアム。ただし、Jリーグへのホームスタジアム登録は行われている。

[編集] 過去のJリーグ加盟クラブ一覧

Jリーグに加盟していたクラブの一覧。

クラブ名
(略称)
活動区域 ホームタウン
(ホームスタジアム)
加盟年度
横浜フリューゲルス
(横浜F)
神奈川県 横浜市
横浜国際総合競技場三ツ沢公園球技場
1993-1998

[編集] 準ホームスタジアム一覧

Jリーグに加盟しているクラブの準ホームスタジアム。なお、横浜フリューゲルスは特別活動地域という位置付け。

クラブ名 準ホームスタジアム
札幌 室蘭市入江運動公園陸上競技場函館市千代台公園陸上競技場
仙台 宮城スタジアム
水戸 ひたちなか市総合運動公園陸上競技場
栃木 足利市総合運動公園陸上競技場
大宮 埼玉スタジアム2002、熊谷スポーツ文化公園陸上競技場
F東京 国立霞ヶ丘陸上競技場駒沢オリンピック公園陸上競技場
東京V 国立霞ヶ丘陸上競技場、国立西が丘サッカー場
横浜FC 横浜国際総合競技場
清水 静岡スタジアムエコパ静岡県草薙総合運動場陸上競技場 *
磐田 静岡スタジアムエコパ
名古屋 名古屋市瑞穂公園ラグビー場 *
C大阪 大阪市長居第2陸上競技場 *
神戸 神戸総合運動公園ユニバー記念競技場
岡山 岡山県津山陸上競技場
鳥栖 佐賀県総合運動場陸上競技場
熊本 熊本市水前寺競技場
横浜F 長崎県立総合運動公園陸上競技場、熊本市水前寺競技場、鹿児島県立鴨池運動公園陸上競技場
*印は2008年度の開催実績なし

[編集] J1・J2加盟数の推移

J1・J2に加盟しているクラブ数の推移。

年度 J1
加盟数
J2
加盟数
合計
加盟数
1993 10 - 10
1994 12 - 12
1995 14 - 14
1996 16 - 16
1997 17 - 17
1998 18 - 18
1999 16 10 26
2000 16 11 27
2001 16 12 28
2002 16 12 28
2003 16 12 28
2004 16 12 28
2005 18 12 30
2006 18 13 31
2007 18 13 31
2008 18 15 33
2009 18 18 36

[編集] Jリーグ ディビジョン1 (J1)

[編集] 試合方式(J1)

  • 18チームによる2回戦総当りのホーム&アウェイ方式による1シーズン(通年制 34試合)の成績で順位を決定する。
  • 勝ち点は勝ち3点、引き分けは双方に1点、負け0点。最終的に勝ち点の多いチームが優勝。同点の場合、得失点差→総得点→直接対決成績→反則ポイント→抽選で決める。ただし、優勝決定の場合、抽選を行わずに両チームを優勝者とする。
  • 原則として、下位3チーム(16~18位)が自動的に降格し、翌年はJ2所属となる。但し、J2上位チームがリーグで定められているJ1昇格基準を満たしていない場合、昇格が見送られることがある。その場合、16位側から順に降格が取り消される。なお、過去にJ1昇格基準を満たせなかったことで昇格を見送られたJ2上位チームは存在していない。(2008年現在)
試合方式の変遷
  • 詳細な試合方式については各シーズンの項目を参照の事。
  • 1993-1998年までは1部制のJリーグ。
年度 J1(J) 備考
1993-1995 4回戦総当り、Vゴール方式 1993年:勝利数による順位決定
1995年:勝ち点制の導入
勝ち(内容不問)3点・PK負け1点
1996-2002 2回戦総当り、Vゴール方式 1996年:マルチボールシステムの導入
1997年:勝ち点制の改正
勝ち(90分3点・Vゴール2点・PK1点)・負け0点
1999年:PK戦の廃止
2003- 2回戦総当り、引き分け 2003年:Vゴール方式の廃止
2008年:反則ポイントの追加

[編集] J1参加クラブ

J1の参加クラブは、社団法人日本プロサッカーリーグのJ1会員が保有する第1種チームである。

チーム名 参加年度
モンテディオ山形 2009-
鹿島アントラーズ 1993-
浦和レッズ 1993-1999, 2001-
大宮アルディージャ 2005-
ジェフユナイテッド千葉 1993-
柏レイソル 1995-2005, 2007-
FC東京 2000-
川崎フロンターレ 2000, 2005-
横浜F・マリノス 1993-
アルビレックス新潟 2004-
清水エスパルス 1993-
ジュビロ磐田 1994-
名古屋グランパス 1993-
京都サンガF.C. 1996-2000, 2002-2003
2006, 2008-
ガンバ大阪 1993-
ヴィッセル神戸 1997-2005, 2007-
サンフレッチェ広島 1993-2002, 2004-2007
2009-
大分トリニータ 2003-

[編集] 歴代J1参加クラブ

過去にJ1に所属した事のあるクラブ(今季を除く)。

チーム名 在籍年度
コンサドーレ札幌 1998, 2001-2002, 2008
ベガルタ仙台 2002-2003
東京ヴェルディ 1993-2005, 2008
横浜FC 2007
湘南ベルマーレ 1994-1999
ヴァンフォーレ甲府 2006-2007
セレッソ大阪 1995-2001, 2003-2006
アビスパ福岡 1996-2001, 2006

[編集] 年間王者・上位入賞クラブ

[編集] 年間王者・上位入賞クラブの特典

J1リーグの上位チームは翌年開催の以下の大会に参加することができる。

なお、1993-2000年までの年間王者には、AFCチャンピオンズリーグの前身であるアジアクラブ選手権の出場権が与えられていた。ただ、Jリーグがスタートする前年の1992年は、Jリーグカップの優勝チーム(ヴェルディ川崎)が国内リーグの優勝チーム扱いでこの大会に出場した。

[編集] 歴代年間王者クラブ

過去にステージ優勝、年間王者になった事のあるクラブ(名称は当時)。

年度 年間王者 1stステージ 2ndステージ
1993 ヴェルディ川崎 鹿島アントラーズ ヴェルディ川崎
1994 ヴェルディ川崎 サンフレッチェ広島 ヴェルディ川崎
1995 横浜マリノス 横浜マリノス ヴェルディ川崎
1996 鹿島アントラーズ (1シーズン制)
1997 ジュビロ磐田 鹿島アントラーズ ジュビロ磐田
1998 鹿島アントラーズ ジュビロ磐田 鹿島アントラーズ
1999 ジュビロ磐田 ジュビロ磐田 清水エスパルス
2000 鹿島アントラーズ 横浜F・マリノス 鹿島アントラーズ
2001 鹿島アントラーズ ジュビロ磐田 鹿島アントラーズ
2002 ジュビロ磐田 ジュビロ磐田 ジュビロ磐田
2003 横浜F・マリノス 横浜F・マリノス 横浜F・マリノス
2004 横浜F・マリノス 横浜F・マリノス 浦和レッズ
2005 ガンバ大阪 (1シーズン制)
2006 浦和レッズ
2007 鹿島アントラーズ
2008 鹿島アントラーズ

[編集] 年間王者の歴史

  • 1993-1995年まではヴェルディ川崎を中心に、ステージ・年間優勝が争われた。
  • 1996-2002年まではジュビロ磐田と鹿島アントラーズを中心に、ステージ・年間優勝が争われた。
  • 2ステージ制で完全優勝(同一年での両ステージ優勝)を達成したのは、2002年のジュビロ磐田と翌2003年の横浜F・マリノスだけである。
  • 西日本に本拠地を置くチームで年間優勝したのは、2005年のガンバ大阪が最初であり、(2008年終了時点で)唯一である(ステージ別では、サンフレッチェ広島が1994年・1stステージで優勝している)。
  • J2降格の経験を持つチームが年間優勝したのは、2006年の浦和レッズが初めてであり、(2008年終了時点で)唯一である。
  • 1993年の開幕時にリーグに所属していたチーム(オリジナル10)以外で年間王者、ステージ優勝を経験しているのはジュビロ磐田のみである。

[編集] 年間王者回数

過去に年間王者を達成した回数。

クラブ名 回数 優勝年度
鹿島アントラーズ 6 1996, 1998, 2000, 2001, 2007, 2008
ジュビロ磐田 3 1997, 1999, 2002
横浜F・マリノス 3 1995, 2003, 2004
東京ヴェルディ 2 1993, 1994
ガンバ大阪 1 2005
浦和レッズ 1 2006

[編集] リーグ戦通算成績

クラブ名 得点 失点 優勝
モンテディオ山形 4 4 8 18 21 0
鹿島アントラーズ 331 54 175 1014 689 6
浦和レッドダイヤモンズ 256 60 214 841 734 1
大宮アルディージャ 50 34 68 164 213 0
ジェフユナイテッド市原・千葉 226 64 270 858 946 0
柏レイソル 193 60 193 679 683 0
FC東京 126 58 118 443 438 0
川崎フロンターレ 83 38 61 323 264 0
横浜F・マリノス 289 68 203 914 714 3
アルビレックス新潟 68 41 73 248 293 0
清水エスパルス 286 59 215 858 767 0
ジュビロ磐田 297 48 179 976 698 3
名古屋グランパス 265 64 231 889 825 0
京都サンガF.C. 95 29 176 351 552 0
ガンバ大阪 254 53 253 974 897 1
ヴィッセル神戸 111 60 193 472 656 0
サンフレッチェ広島 204 49 243 713 768 0
大分トリニータ 67 46 99 239 294 0
コンサドーレ札幌 31 12 85 166 258 0
ベガルタ仙台 16 10 34 71 113 0
東京ヴェルディ 226 43 207 767 713 2
横浜FC 4 4 26 19 66 0
横浜フリューゲルス 117 0 111 375 373 0
湘南ベルマーレ 94 1 127 354 430 0
ヴァンフォーレ甲府 19 12 37 75 129 0
セレッソ大阪 150 34 182 574 426 0
アビスパ福岡 61 17 142 253 426 0

09第16節終了時

[編集] Jリーグ ディビジョン2 (J2)

[編集] 試合方式(J2)

  • 18チームによる3回戦総当りの1シーズン(通年制 51試合)の成績で順位を決定する。
  • 勝ち点は勝ち3点、引き分けは双方に1点、負け0点。最終的に勝ち点の多いチームが優勝。同点の場合、得失点差→総得点→直接対決成績→反則ポイント→決定戦で決める。なお、決定戦は主催者が特に必要とした場合に実施する。行わない場合は抽選で順位を決める。
  • 原則として、上位3チームが自動的に昇格し、翌年はJ1所属となる。但し、リーグで定められているJ1昇格基準を満たしていないチームは順位に関わらず昇格できない。その場合、入れ替えチーム数がその分少なくなる。なお、過去に上位チームのいずれかがJ1昇格基準を満たせずに昇格できなかったケースは存在しない。(2008年現在)
試合方式の変遷
  • 詳細な試合方式については各シーズンの項目を参照の事。
年度 J2 備考
1999-2001 4回戦総当り、Vゴール方式
2002-2007 4回戦総当り、引き分け 2002年:Vゴール方式の廃止
2008- 3回戦総当り、引き分け 2008年:反則ポイントの追加

[編集] J2参加クラブ

J2の参加クラブは、社団法人日本プロサッカーリーグのJ2会員が保有する第1種チームである。

クラブ名 参加年度
コンサドーレ札幌 1999-2000, 2003-2007
2009-
ベガルタ仙台 1999-2001, 2004-
水戸ホーリーホック 2000-
栃木SC 2009-
ザスパ草津 2005-
東京ヴェルディ 2006-2007, 2009-
横浜FC 2001-2006, 2008-
湘南ベルマーレ 2000-
ヴァンフォーレ甲府 1999-2005, 2008-
カターレ富山 2009-
FC岐阜 2008-
セレッソ大阪 2002, 2007-
ファジアーノ岡山 2009-
徳島ヴォルティス 2005-
愛媛FC 2006-
アビスパ福岡 2002-2005, 2007-
サガン鳥栖 1999-
ロアッソ熊本 2008-

[編集] 歴代J2参加クラブ

過去にJ2に所属した事のあるクラブ(今季を除く)。

クラブ名 在籍年度
モンテディオ山形 1999-2008
浦和レッズ 2000
大宮アルディージャ 1999-2004
柏レイソル 2006
FC東京 1999
川崎フロンターレ 1999, 2001-2004
アルビレックス新潟 1999-2003
京都サンガF.C. 2001, 2004-2005, 2007
ヴィッセル神戸 2006
サンフレッチェ広島 2003, 2008
大分トリニータ 1999-2002

[編集] 入れ替え制度

[編集] 条件

1999年の2部制導入からJ1とJ2の間の入れ替えは年間の成績をもって決定されている。なお、2009年からは以下の条件で昇格・降格が決定する。

  • J1下位3チーム(16-18位)が自動的にJ2降格(但し、J2上位チームがJ1昇格基準を満たしていない場合、16位側から降格を取り消される可能性がある)
  • J2上位3チームが自動的にJ1昇格(但し、J1昇格には審査があり、設備・経営面などで昇格基準を満たしていないと判断された場合は上位に入っても昇格が見送られる場合がある)

過去の昇格・降格規定は以下のとおり。

  • J2降格:1999-2003年までは下位2チーム(15・16位)が自動的に降格。2004年は翌2005年からJ1リーグ参加チーム数を増やす関係で自動降格はなく、最下位(16位)チームがJ2・3位チームとのJ1・J2入れ替え戦に回っていた。そして、2005-2008年までは下位2チーム(17・18位)の自動降格に加え、16位チームがJ2・3位チームとのJ1・J2入れ替え戦に回った。
  • J1昇格:1999-2003年までは上位2チームが自動的に昇格。2004-2008年までは上位2チームの自動昇格に加え、3位チームがJ1・16位チームとのJ1・J2入れ替え戦に回った。
年度 J2降格 J1昇格 備考
1999-2003 15位・16位が自動降格 1位・2位が自動昇格
2004 16位が入れ替え戦 1位・2位が自動昇格
3位が入れ替え戦
2004年:入れ替え戦導入
2005-2008 17位・18位が自動降格
16位が入れ替え戦
1位・2位が自動昇格
3位が入れ替え戦
2005年:J1が2チーム増
2009- 16位-18位が自動降格 1位-3位が自動昇格 2009年:入れ替え戦廃止

[編集] 過去の昇格・降格クラブ

過去のシーズンでJ1昇格・J2降格したクラブの一覧。詳細は各年の記事を参照。(名称は当時の略称)

1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008
J2降格 浦和
平塚
京都
川崎F
福岡
C大阪
広島
札幌
仙台
京都
(なし)
東京V
神戸
福岡
C大阪
京都
広島
甲府
横浜FC
東京V
札幌
J1昇格 川崎F
F東京
札幌
浦和
京都
仙台
大分
C大阪
新潟
広島
川崎F
大宮
京都
福岡
甲府
横浜FC

神戸
札幌
東京V
京都
広島
山形

[編集] タイトル獲得クラブ一覧

Jリーグ発足以降に国内外の主なタイトルを獲得したクラブのみ掲載。なお、国内のリーグ戦(J1・J2)は除く。

クラブ名 国内タイトル 国際タイトル
JLC EC JSC JCF ACL ACC ACWC ASC A3C PPC
鹿島アントラーズ 97, 00, 02 97, 00, 07 97, 98, 99, 09 03
浦和レッズ 03 05, 06 06 07
ジェフユナイテッド千葉 05, 06
柏レイソル 99
FC東京 04
東京ヴェルディ 92, 93, 94 96, 04 94, 95, 05
横浜F・マリノス 01 92 93
湘南ベルマーレ 94 96
清水エスパルス 96 01 01, 02 00
ジュビロ磐田 98 03 00, 03, 04 99 99
名古屋グランパス 95, 99 96 96
京都サンガF.C. 02
ガンバ大阪 07 08 07 08 08
サンフレッチェ広島 08
大分トリニータ 08
横浜フリューゲルス 93, 98 95 95

[編集] 表彰制度

シーズン中において、以下の表彰に該当する成績を収めたチームや個人にはシーズンの全日程終了後にJCBホールで開かれるJリーグアウォーズ内にて表彰される。

[編集] J1

[編集] リーグ戦(2005年-)

  • 1位 2億円、優勝杯(銀皿)、日本サッカー協会キャプテン杯、優勝旗
  • 2位 1億円、準優勝杯(銀皿)
  • 3位 8000万円
  • 4位 6000万円
  • 5位 4000万円
  • 6位 2000万円
  • 7位 1000万円

[編集] Jリーグチャンピオンシップ(1993-2004年)

  • 1位 2000万円、優勝杯(銀皿)、日本サッカー協会キャプテン杯、優勝旗
  • 2位 1000万円、準優勝杯(銀皿)

[編集] J2

  • 1位 2000万円、Jリーグ杯
  • 2位 1000万円、Jリーグ杯

[編集] 個人賞

  • 最優秀選手賞
  • ベスト11
  • 得点王
  • 最優秀新人賞(新人王)
  • 高円宮杯フェアプレー賞(チーム賞)
  • フェアプレー個人賞
  • 最優秀監督賞
  • 優勝チーム監督賞
  • 優秀主審賞
  • 優秀副審賞
  • Join賞
※得点王以外はJ1のみ

[編集] 記録

[編集] 試合観客動員

[編集] 試合観客動員数

  • 掲載順は1試合あたりの平均観客数による。ホームゲーム数はJ1が17試合、J2が21試合。
  • 所属リーグおよび観客数は2008年平成20年)度のもの。
  • ホームスタジアムの略称は2009年平成21年)度のもの[4]。開催数が最も多いものか、開催数同数では座席数最大のものをホームスタジアムとし、その座席数を記載。
  • 招待券比率は2008年(平成20年)度の値[5]
  • 入場料収入は2007年平成19年)度の値[6]
クラブ
所属
ホーム略称
所在
座席数
(席)
平均観客数
(人)
総観客数
(人)
招待券比率
%
入場料収入
(億
1 浦和
J1
埼玉
さいたま市
63,700 47,609 809,353 0.3 30.08
2 新潟
J1
東北電ス
新潟市
42,300 34,490 586,325 31.3 9.06
3 F東京
J1
味スタ
調布市
49,970 25,716 437,176 14.9 7.78
4 横浜FM
J1
日産ス
横浜市
72,327 23,682 402,593 13.4 8.37
5 大分
J1
九石ド
大分市
40,000 20,322 345,481 7.5 4.92
6 鹿島
J1
カシマ
鹿嶋市
40,728 19,714 335,140 14.4 6.36
7 川崎F
J1
等々力
川崎市
25,000 17,565 298,597 8.5 5.24
8 清水
J1
アウスタ
静岡市
20,399 16,599 282,190 16.0 5.77
9 名古屋
J1
瑞穂陸
名古屋市
20,000 16,555 281,442 17.6 6.26
10 G大阪
J1
万博
吹田市
21,000 16,128 274,169 17.3 5.34
11 磐田
J1
ヤマハ
磐田市
16,893 15,465 262,911 22.2 5.24
12 東京V
J1
味スタ
調布市
49,970 14,837 252,231 15.7 2.00
13 札幌
J1
札幌ド
札幌市
41,580 14,547 247,305 9.5 4.64
14 千葉
J1
フクアリ
千葉市
19,781 14,084 239,436 3.5 5.68
15 仙台
J2
ユアスタ
仙台市
19,694 14,080 295,679 5.2 6.58
16 京都
J1
西京極
京都市
20,588 13,687 232,671 32.3 3.01
17 神戸
J1
ホムスタ
神戸市
34,000 12,981 220,672 12.6 3.29
18
J1

柏市
15,900 12,308 209,229 2.7 4.11
19 広島
J2
広島ビ
広島市
50,000 10,840 227,631 21.5 4.38
20 大宮
J1
NACK
さいたま市
15,500 10,714 182,142 6.1 3.05
21 C大阪
J2
長居
大阪市
50,000 10,554 221,629 12.5 2.00
22 甲府
J2
小瀬
甲府市
17,000 10,354 217,428 13.7 4.36
23 福岡
J2
レベスタ
福岡市
22,563 10,079 211,651 16.0 2.66
24 鳥栖
J2
ベアスタ
鳥栖市
24,490 7,261 152,486 9.3 1.36
25 横浜FC
J2
ニッパ球
横浜市
15,046 6,793 142,655 4.0 4.71
26 山形
J2
NDスタ
天童市
20,315 6,273 131,725 25.1 0.89
27 湘南
J2
平塚
平塚市
18,500 5,994 125,865 14.2 1.41
28 熊本
J2
熊本
熊本市
32,000 5,279 110,860 15.3
29 草津
J2
正田スタ
前橋市
19,000 4,215 88,510 19.2 0.87
30 徳島
J2
鳴門大塚
鳴門市
21,228 3,862 81,093 43.5 0.25
31 岐阜
J2
長良川
岐阜市
31,000 3,745 78,650 21.4
32 愛媛
J2
ニンスタ
松山市
20,000 3,704 77,775 31.5 0.59
33 水戸
J2
笠松
那珂市
22,022 3,044 63,933 12.7 0.43

[編集] 歴代試合観客動員数一覧

  • 国内で行われたリーグ戦・カップ戦・ポストシーズン(Jリーグチャンピオンシップ、J1・J2入れ替え戦、J1参入決定戦)・オールスターサッカーの歴代観客動員数[7]。なお、日本と韓国で交互に開催されているJOMO CUPは除く。
  • 総計はJリーグが1年間に主催したリーグ戦・カップ戦(天皇杯は除く)・ポストシーズン・オールスターサッカーに来場した総入場者数。なお、2008年からはJリーグのクラブが日本国内で開催したACLのホームゲームも含む。
リーグ戦・ポストシーズン・総計
年度 総計 Jリーグ
(合計)
J1 J2 ステージ
(1st)
ステージ
(2nd)
CS
(1st)
CS
(2nd)
入替戦
(J1・J2)
J1参決戦
1992 533,345 - - - - - - - - -
1993 4,118,837 3,235,750 - - 1,518,801 1,716,949 53,553 53,010 - -
1994 5,619,653 5,173,817 - - 2,597,599 2,576,218 42,316 50,512 - -
1995 6,439,522 6,159,691 - - 3,043,768 3,115,923 47,631 48,271 - -
1996 4,745,930 3,204,807 - - - - - - - -
1997 3,464,906 2,755,698 - - 1,443,113 1,312,585 17,269 15,276 - -
1998 4,277,065 3,666,496 - - 1,900,076 1,766,420 40,263 16,991 - 75,574
1999 4,153,704 3,625,222 2,798,005 827,217 1,383,055 1,414,950 17,337 20,309 - -
2000 4,456,135 3,996,373 2,655,553 1,340,820 1,252,140 1,403,413 41,595 44,665 - -
2001 5,946,972 5,477,137 3,971,415 1,505,722 2,094,446 1,876,696 32,368 40,115 - -
2002 6,353,970 5,734,607 3,928,215 1,806,392 2,017,881 1,910,334 - - - -
2003 6,797,035 6,248,414 4,164,229 2,084,185 2,141,807 2,022,422 - - - -
2004 7,405,048 6,455,867 4,551,695 1,904,172 2,251,508 2,300,187 64,899 59,715 33,671 -
2005 8,539,178 7,717,573 5,742,233 1,975,340 - - - - 24,385 -
2006 8,363,963 7,596,056 5,597,408 1,998,688 - - - - 25,111 -
2007 8,883,068 7,873,314 5,838,771 2,034,543 - - - - 35,799 -
2008 9,130,030 8,126,633 5,899,063 2,227,570 - - - - 35,667 -

(単位は人)

カップ戦・オールスターサッカー
年度 JLC JSC SBC JAS JDM
1992 533,345 - - - -
1993 733,734 - - 42,790 -
1994 218,261 51,154 45,617 37,976 -
1995 - 53,167 53,690 27,038 50,034
1996 1,335,361 39,570 28,113 41,629 40,067
1997 581,834 28,920 26,842 22,248 16,819
1998 334,947 35,208 - 60,566 47,020
1999 368,560 28,520 - 43,560 50,196
2000 275,848 25,063 - 32,105 40,486
2001 310,277 25,095 - 37,432 24,548
2002 527,291 34,576 - 57,496 -
2003 491,048 22,904 - 34,669 -
2004 720,098 30,158 - 40,640 -
2005 742,567 21,104 - 33,549 -
2006 674,147 35,674 - 32,975 -
2007 615,149 35,307 - 30,941 -
2008 722,330 27,245 - - -
2009 36,880 - - -

(単位は人)

[編集] 歴代年齢構成分布一覧

  • スタジアム観戦者の年度別年齢構成分布[8]
年度 18歳
以下
19~
22歳
23~
29歳
30~
39歳
40~
49歳
50歳
以上
2000 12.6 11.2 26.0 27.5 14.3 8.2
2001 12.0 11.4 26.2 28.9 13.2 8.3
2002 10.8 13.0 26.7 26.9 13.7 8.8
2003 10.9 9.0 20.8 32.1 17.8 9.4
2004 8.0 7.3 19.2 34.1 19.9 11.5
2005 8.0 6.7 17.5 33.9 21.2 12.8
2006 7.4 7.1 16.3 33.7 21.8 13.7
2007 6.3 7.1 15.9 33.0 23.6 14.2
2008 5.9 6.8 14.3 31.3 25.5 16.2

(単位は%)

Jリーグが2008年のリーグ戦における幾つかの試合会場でスタジアム観戦者を対象に行った調査の結果、J1で年間17回以上・J2では20回以上スタジアムに足を運んでいるリピーターが約35%を占め、J2では24回以上足を運んでいるリピーターが約20%占める一方、J1では前年1度も来場しなかった新規観客の割合は10%に満たなかった。また、20代以下の若年層の観戦者は27%に留まり、観客の平均年齢は37.9歳と前年に比べ0.9歳上昇し、2001年と比べて40代以上の占める割合が倍になるなど、団塊ジュニア周辺の年齢層区分が観客の多数を占めるという結果が出た[9]。なお、観戦頻度は2007年にJリーグの公式戦へ何回来場したのかを調査したものである。

[編集] Jリーグ「イレブンミリオン」プロジェクト

2007年、Jリーグと各クラブは「2010年には年間の総観客動員数を1100万人にする。」事を目的としたプロモーション活動等を展開する『Jリーグ「イレブンミリオン」プロジェクト』を立ち上げた。

また、このプロジェクトをより多くの人々に知ってもらうために、イレブンミリオンの公式マークのデザインをプロ・アマを問わずに一般公募(2007年10月6-11月30日)という形で募集した。なお、522通の応募総数から5名の優秀作品を選んで記念品を贈呈、更には公式マークとして採用された1名を2008年2月29日に行われたキックオフカンファレンスに招待し、オリジナルの銀皿(シャーレ)を贈呈した。


[編集] 海外リーグとの比較

各国リーグの平均観客動員数で、トップはブンデスリーガの38,975人である。それに対し、J1リーグの19,278人は第7位に位置しており、世界のトップリーグの中では観客を集めているリーグであるといえる[10]

[編集] ユニフォーム

1993-1996年までは「ミズノ」が全チームのユニフォーム・サプライヤー(供給メーカー)を一括して受け持っていた。ただ、その契約はリーグ戦のみの契約だったので、天皇杯やJリーグカップなどのカップ戦では各チームが個別にユニフォームメーカー等と契約して、カップ戦用のユニフォームを着用していた。しかし、1997年にはこれまでの「ミズノ」に加えて、「アンブロ」・「アディダス」・「プーマ」(ヴェルディ川崎は自主制作という形で「ナイキ」)が新たなユニフォーム・サプライヤーとして加わり、1998年からは事前にJリーグとユニフォーム・サプライヤー契約を結んでいるユニフォームメーカー等に限って、各チームがユニフォームメーカー等の各社と個別の契約を締結する事が出来る様になった。

なお、この他にもリーグ戦用やカップ戦用のユニフォームといった区別には捉われない形の3rdユニフォームというものもあり、こちらは横浜F・マリノスと名古屋グランパスエイトがJリーグでは2001年になって初めて採用したが、現在ではその年のACLに参戦をするチームを中心に数多くのチームが導入している。また、特別な事由でJリーグ事務局長の事前承認があれば、「ユニフォーム使用計画」に定めるユニフォームとは異なるユニフォームを着用する事が出来る。

[編集] 概要

  • 原則としてそれぞれのチームカラーベースの1stユニフォームを着用するが、チームカラーが重複する場合や同系色の場合にはホームチームは1stユニフォーム、アウェーの場合は白ベースが中心の2ndユニフォームを使うことになっているなお、以前は黒ベースのユニフォームは審判団との混同の恐れから使用が認められなかったが、審判のユニフォームの色が多様化したのに伴い、現在では解禁されている。(ちなみに、2007年から2008年にかけて京都サンガF.C.が黒ベースのユニフォームを2ndユニフォームとしていた)
  • Jリーグ年間王者(J1王者)のチームは、金色のJリーグロゴマークをチャンピオンマークとして翌シーズン、ユニフォームの袖にJリーグのロゴに代えて付けることができる。
  • 背番号の下部に登録選手名をローマ字で表すこともある。背番号の上部がスポンサーの広告スペースであることが通常のためである。AFCチャンピオンズリーグなどに出場する場合、スポンサーは1つに限られ、胸部に掲載されるため、野球などと同様、背番号の上部に名を表記することが多い。ちなみに、FC東京は、背番号の上部に選手名を、下部にスポンサーを表記している。
  • ユニフォームに記載される名は登録名に基づくため、日本人選手の場合は苗字が入ることが一般的だが、リーグへの届出をすれば名前(ファーストネーム)や愛称を入れることができる。

[編集] 逸話

  • かつての横浜フリューゲルス(チームカラー:白)やアビスパ福岡(同:銀色)、ヴィッセル神戸(同:白と黒の縦縞)は、お互いが直接対決する時以外には対戦相手とユニフォームカラーが重複しないので、アウェーの試合のほとんども1stユニフォームだけでプレーできた。
  • 1995年4月1日に開かれた1stステージ・横浜フリューゲルス対サンフレッチェ広島(熊本・水前寺)の試合で、ホームの横浜フリューゲルスは白ベースの1stユニフォームを着用しているため、サンフレッチェ広島の選手も本来紫ベースの1stユニフォームで試合するべきところを、間違えて白ベースの2ndユニフォームを持参してしまった。そのためサポーターから1stユニフォームのレプリカを借りて背番号をガムテープで貼りあわせて急ごしらえした。ただ、この後に日本サッカー協会からサンフレッチェ広島に対して制裁金が課せられた。
  • 初期のJリーグに白ベースの1stユニフォームを登録していたのは横浜フリューゲルスのみだったので、ユニフォームの使用パターン表ではホームゲーム用しか描かれていなかったが、何試合かでは2ndユニフォーム(青)を着用することもあった。なお、1998年限りで横浜フリューゲルスはチーム自体が消滅してしまった事から、現在のJリーグに加盟しているチームの中で1stユニフォームを白ベースに登録しているクラブはJ1・J2を合わせても皆無である。

[編集] 未成年への配慮

報道などでその企業名や商品名が載る事によって、未成年に悪影響を及ぼす可能性があるなどの懸念から、Jリーグはパチンコなどの遊技業や消費者金融、アルコール飲料を扱ってる企業などのユニフォームスポンサー、特に胸部分の広告になる事に対しては禁止まではしていないものの、掲示する事などへの自粛を要請している。ただ、2009年からアルコール飲料に限ってはチームのスポンサー企業として名を連ねる事を解禁した[11]。しかし、過去に特例でいくつかのチームに対してこういったスポンサーを認めている事、Jリーグのオフィシャルスポンサーとして、パチンコ機器を製造する『HEIWA』(2007年撤退)や消費者金融の『GE Money』(2007年撤退)がスポンサー企業になっていた時期もあった。

[編集] 背番号

[編集] 変動番号制(1993-1996年)

1996年までは天皇杯を除き、スターティングメンバーは1-11番、控えは12-16番(GKは116番)を試合ごとに変える方式が取られた。

  • Jリーグ発足初年度の1993年、鹿島アントラーズの石井正忠6-11番までの6つの背番号をつけて出場した。当時の鹿島は6本田泰人7アルシンド8サントス9黒崎比差支10ジーコ11長谷川祥之のパターンが一般的だったが、この6人のうち出場停止処分を受けた選手や怪我で出場できない選手がいた場合は石井が代役として使われた為にこの様な珍しい記録が生まれた。
  • 1996年、ガンバ大阪の今藤幸治はスタメン出場時にGKの番号である1以外の2-11までのFPスタメン番号を全て付けた。

[編集] 固定番号制(1997年-)

1997年以降は、かつての日本リーグやJFL等と同様に選手個別で番号がつけられるようになった。また、2004年には一部改正され、欠番などが認められるようになった。それに伴い、現在では12番をサポーター用番号として欠番とするチームもある。

  • 規約
  1. 自然数000を除く)であることが条件。
  2. 1番はGK専用。
  3. 2-11番はGK以外のフィールドプレイヤー用。
  4. 12番以降はポジションに関係なく着用可能。
  5. 1-50番に関しては欠番が認められる。
  6. 登録選手が51人を超える場合は、51番以降を入団順に着用し、欠番は認められない。
  7. 各選手は、シーズン中に移籍した場合を除き、1年間を通して同じ背番号を着用する。

[編集] 公式試合球

Jリーグの試合では、Jリーグの公式ロゴマークが入っているJリーグ公認の試合球(公式試合球)が使用されている。なお、1993年の開幕戦「ヴェルディ川崎 対 横浜マリノス」でヘニー・マイヤー(ヴェルディ川崎)が決めたJリーグ第1号ゴールの試合球はJリーグ事務局のチェアマン室に、ガラスケースに入れて保存されている。[12]

[編集] 歴代公式試合球

[編集] リーグ戦

  • エトルスコ・ユニコ(Etrusco Unico)」(1993年) アディダス社製 モルテン提供
  • クエストラ(Questra)」(1994-1995年) アディダス社製 モルテン提供
  • クエストラ・オリンピア(Questra Olympia)」(1996年) アディダス社製 モルテン提供
  • クエストラ・エウロパ(Questra Europa)」(1997年) アディダス社製 モルテン提供
  • トリコロール(Tricolore)」(1998-2001年) アディダス社製 モルテン提供
  • フィーバーノヴァ(Fever Nova)」(2002-2003年) アディダス社製 モルテン提供
  • ロテイロ(Roteiro)」(2004-2005年) アディダス社製 モルテン提供
  • チームガイスト(+Team Geist)」(2006-2007年) アディダス社製 モルテン提供
  • チームガイストII(Team Geist II)」(2008年) アディダス社製 モルテン提供
  • テラパス(TERRAPASS)」(2009年-) アディダス社製 モルテン提供

[編集] カップ戦

通常、カップ戦で使用される試合球は一部の例外事例を除いて、リーグ戦と同じ公式試合球が使用されている。

  • ペリアス(Pelias)」(2005年) アディダス社製 モルテン提供
  • チームガイスト(+Team Geist)」(2006年決勝、白・赤色) アディダス社製 モルテン提供

[編集] 指導者資格

  • 第1種チーム(トップ)の監督は日本サッカー協会公認S級指導者ライセンスを保持している者が指導すること。
  • 第1種チーム(サテライト)は同A級(以上)指導者ライセンス保持者、第2種以下は同B級(以上)ライセンス保持者が監督を務めることが出来る。

[編集] 審判員

  • 日本サッカー協会の「サッカー公認審判員」の1級審判員の中より推薦、決定されJリーグ担当審判員となる。
  • Jリーグでは審判のレベル向上のため、一部の審判員にプロ審判員(スペシャルレフェリー、略称SR)制度を採用している。アマチュアが一般的なサッカー審判員のプロ化は世界でも珍しい例である。

[編集] フラッグ

毎試合、Jリーグの試合会場にはJリーグフラッグと対戦する両チームのフラッグ(旗)が掲げられる。主にチームフラッグのデザインは自クラブのチームカラーを基調とし、自クラブのロゴタイプエンブレムが入っている事が一般的である。

Jリーグオールスターサッカーの場合には、チームカラーなどはその年度の開催要綱によって微妙に変更される場合もあるが、基本的にはJ-WESTは「青」・J-EASTは「赤」を基調とした色である。その為、2チームのフラッグの色もそれに基づいて、それぞれ自チームのチームカラーと同様の色を基調としている。なお、フラッグが掲げられる順番としては基本的に左側からホームチームJリーグアウェーチームの順となる。ちなみに、稀にJリーグ旗の横や下などにFIFAのフェアプレーフラッグが掲げられてる場合がある。また、両チームの選手が入場する際には必ず両チームのスターティングメンバーのサインが入ったJリーグのフェアプレーフラッグを先頭にしてピッチへ入場する。

  • Jリーグフラッグには3種類あるが、通常のリーグ戦の試合会場では主に1のフラッグが使われている。なお、3のフラッグが使用されるのはJリーグカップの試合のみである。
  1. 背景は「白」を基調とした無地の柄で中央部にJリーグの公式ロゴマークが入ったタイプ。
  2. 背景は左側から黒で縁取られた「緑」「白」「赤」を基調としたイタリア国旗風の柄で中央部にJリーグの公式ロゴマークが入ったタイプ。
  3. 背景は「白」を基調とした無地の柄で左側にJリーグ、右側には大会スポンサーの会社ロゴマークが入っている。

[編集] 音楽

Jリーグのリーグ戦やカップ戦では他の国際試合や海外リーグと同様に選手入場時には試合会場にアンセムが流れる。Jリーグにもオリジナルの公式アンセムが存在するが、多くのチームがチームオリジナルのアンセムを持っており(Jリーグの規約では、選手入場時の音楽を特に規定されていない)、ホームゲームの選手入場時にチームオリジナルのアンセムを流す為に、実際の選手入場時にこの公式アンセムが流れている所は少なく、現時点でJリーグアンセムを使用しているのは、水戸ホーリーホックヴァンフォーレ甲府FC岐阜アビスパ福岡サガン鳥栖などのチームである。なお、JFLのアンセムはFIFAアンセムを使用しているため、JFLから昇格したチームは数年間Jリーグアンセムで通すことが多く、アビスパ福岡やサガン鳥栖のように、10年以上にわたり、チームアンセムのないチームもある。また、現在ではもう耳にする機会はほとんど無いが、開幕当初にはJリーグ公式テーマソングがあり、Jリーグに関するイベント等でよく使われていた。

Jリーグ オフィシャルテーマソング
Jリーグ オフィシャルアンセム
Jリーグカップ オフィシャルアンセム
  • 曲名不詳」(2007年-)/☆Taku Takahashi(m-flo

[編集] リーグプロモーション

Jリーグでは1999年からJ1・J2に関係なく、リーグ全体で統一したスローガンを不定期間に設定して、主にJリーグのプロモーション活動などにおいて使用している。

  • Join! (1999-2004年)
  • Amazing,J. (2005-2006年)
  • Will Be 見せたい未来がある。 (2007年)
  • Will Be クラブサッカーの世界水準へ。 (2008年)
  • 「SHOUT! for SHOOT!」声、枯れるまで。体、果てるまで。 (2009年)

[編集] マスコットキャラクター

特にJリーグの規約等で義務付けられてはいないが、クラブの多くは動物などをモチーフにしたクラブ独自のオフィシャルマスコットキャラクターを制作して保有している。主にこういったオフィシャルマスコットキャラクターは試合の前後やハーフタイム、ファン感謝デーなどのクラブのイベントで活用されている。また、Jリーグにも百年構想の周知活動などの目的で制作されたオフィシャルマスコットキャラクターがいる。

[編集] Jリーグ

サッカーキング(J-Boy)
  • 当初は「サッカーキング」と呼ばれていたが、いつの間にか「J-Boy」と呼ばれるようになった。
  • クリーム色と紺に近い青色の五角形パネルで構成されたサッカーボールの頭に王冠を載せ、中央に大きくJリーグのロゴマークが入った白い半袖シャツ・紺に近い青色のパンツ・白いサッカーソックスと手袋・背中に赤いマントを身にまとい、サッカースパイクを履いていた。
  • 1993年の開幕セレモニー時には大きなバルーンとして華々しく登場した。
  • 上記のように、1993年の開幕セレモニー時に象徴的に使われたので「姿形」としては人々の記憶に結構残ってるが、世間的な露出は当時の開幕セレモニーやJリーグの関連商品でぐらいしか無かった為に、このマスコットキャラクター自身の知名度はほとんど無く、「その姿形を知っていても名前は知らない」という人は当時のJリーグ開幕を知る人々の中にも結構多い。また現在では名前はおろか、その姿形さえ世間一般に流通しているJリーグの関連商品でもまったくお目にかかれなくなった。
Mr.ピッチ
  • 読み方は「ミスター・ピッチ」。
  • 1991年11月1日生まれ、出身地は不明。
  • 血液型はJ型。
  • 身長は180センチ、スリーサイズは上から200・200・200cm、全身を緑の芝生におおわれているのが特徴。
  • 好きな色はグリーン。好きな言葉は「地球は青かった」、「石の上にも三年 芝の上にも百年」。
  • 趣味はガーデニング。
  • 「Jリーグ百年構想メッセンジャー」として、現在は各地で毎年行われている「ファミリーJoinデイズ」や「Jリーグオールスターサッカー」を始め、積極的に様々なイベントなどに出演している。また、各地の試合会場において、試合の前後やハーフタイム中に電光掲示板などで彼の出演しているビデオ映像を目にする事が出来る。なお、「百年構想」をPRしているポスターや雑誌の広告などでも、彼がモデルを務めている。

[編集] 各クラブチーム

クラブ名 マスコットキャラクター
コンサドーレ札幌 ドーレくん
ベガルタ仙台 ベガッ太
モンテディオ山形 ディーオ、モンテス
鹿島アントラーズ しかお、しかこ、アントン
水戸ホーリーホック ホーリーくん
ザスパ草津 湯友
浦和レッズ レディア、フレンディア、シャーレくん、ディアラちゃん
大宮アルディージャ アルディ、ミーヤ
ジェフユナイテッド千葉 ジェフィ、ユニティ
柏レイソル レイくん
FC東京 東京ドロンパ
東京ヴェルディ ヴェルディ君
川崎フロンターレ ふろん太
横浜F・マリノス マリノス君、マリノスケ
横浜FC フリ丸
湘南ベルマーレ キングベルI世
ヴァンフォーレ甲府 ヴァンくん、フォーレちゃん
アルビレックス新潟 アルビくん、スワンちゃん、アーくん、ルーちゃん、ビィくん
カターレ富山 ライカくん
清水エスパルス パルちゃん、こパルちゃん
ジュビロ磐田 ジュビロくん、ジュビィちゃん
名古屋グランパス グランパスくん、グランパコちゃん、グランパスくんジュニア、グララ
京都サンガF.C. パーサくんコトノちゃん
ガンバ大阪 ガンバボーイ
セレッソ大阪 ロビー、マダム・ロビーナ
ヴィッセル神戸 モーヴィ
ファジアーノ岡山 ファジ丸
サンフレッチェ広島 サンチェ、フレッチェ
愛媛FC オ〜レくん、たま媛ちゃん、伊予柑太
アビスパ福岡 アビー、ビビー
サガン鳥栖 ウィントス
ロアッソ熊本 ロアッソくん
大分トリニータ ニータン、リッジー(2007年限定)
横浜フリューゲルス とび丸

[編集] 主催・主管団体

[編集] 主催団体

[編集] 主管団体

  • Jリーグに加盟する各クラブ

[編集] スポンサー・パートナー・サプライヤー契約

J1・J2共通
  • Jリーグ(リーグ戦)のオフィシャルスポンサーはJ1の試合会場で広告看板を掲示できるほか、新聞や雑誌、放送媒体の広告でJリーグのロゴマークとともに「(企業名)はJリーグのオフィシャルスポンサーです」、あるいは「(企業名)はJリーグを応援しています」のクレジットを掲載できる。また、J1・J2に関係なく、試合前後の時間やハーフタイム中に試合会場の電光掲示板や場内放送で企業名を読み上げられる。
J1
  • 1993-1995年の2ステージ制時代は、そのステージの冠協賛者(前期・サントリー、後期・日本信販)はバックスタンドとゴール裏に2枚ずつの合計4枚、他のオフィシャルスポンサーは1枚ずつ掲出されていた。それ以後は原則ゴール裏に各社2枚ずつ掲出されている。
  • 2005年からはJ1の各節1試合ごとに電動式回転広告板を導入している。ただ、導入される試合は各節注目の試合に設置される場合が多く、特に浦和レッズが絡む試合に多い。2008年からはこれと併用する形でJ1の各節1試合ごとに三菱電機社製の電光広告板(オーロラリボンビジョン)を導入した。
J2
  • J2ではJリーグのオフィシャルスポンサーの広告看板は2007年まで掲出されなかった(各クラブのオフィシャルスポンサーの看板がかかっている)が、1996-1998年のジャパンフットボールリーグ(旧JFL)でJリーグ準会員だったチームのホームゲーム開催時にはゴール裏部分に各1枚ずつのオフィシャルスポンサーの広告看板が掲出されていた。なお、2008年から大会名の看板の横に小さめにオフィシャルスポンサーの広告が1枚にまとめて載るようになった。
スポンサースペシャルデー&スペシャルマッチ
  • 1996年にこれまでのステージスポンサーの制度が廃止されてから数年間に渡って、Jリーグではオフィシャルスポンサー企業が特定の節・試合を対象としてスポンサースペシャルデー、ないしはスペシャルマッチを開催した。試合会場ではスペシャルデーのスポンサー企業がキャンペーンプロモーションを展開した。

[編集] スポンサー

オフィシャルスポンサー
90度広告システムスポンサー

[編集] パートナー

ネットワークパートナー
百年構想パートナー
スポーツ振興パートナー
オフィシャルブロードキャスティングパートナー

[編集] サプライヤー

エクイップメントサプライヤー

[編集] 関連項目

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[編集] 試合関連

[編集] チーム関連

[編集] 選手関連

[編集] 報道関連

[編集] 出来事

[編集] その他

[編集] 参考書籍

  • 『Jリーグ10年の軌跡1993→2002』 2003年12月 ベースボールマガジン社
  • 『週刊サッカーマガジン 2006年10月17日号「まるごとJリーグ」』 2006年10月 ベースボールマガジン社
  • 『週刊サッカーマガジン 別冊 春季号「まるごとJリーグ完全版〜栄光の記憶15年〜」』 2007年5月 ベースボールマガジン社
  • 『週刊サッカーマガジン 1998年11月25日号「Jリーグを救え!第1弾」』 1998年11月 ベースボールマガジン社
  • 『週刊サッカーマガジン 1998年12月2日号「Jリーグを救え!第2弾」』 1998年11月 ベースボールマガジン社
  • 『季刊 サッカー批評 issue04 「Jリーグの光と影」』 1998年 双葉社
  • 『季刊 サッカー批評 issue18 「Jをめぐる冒険」』 2003年 双葉社
  • 『季刊 サッカー批評 issue27 「Jリーグを応援する」』 2005年 双葉社
  • 中山淳 『Jクラブ歴代ユニフォーム完全カタログ 東日本編』 2007年3月 えい出版社
  • 中山淳 『Jクラブ歴代ユニフォ-ム完全カタログ 西日本編』 2007年3月 えい出版社
  • 秋元大輔 『Jリーグクラブをつくろう! 新規参入を目指すクラブを紹介』 2007年3月 ノースランド出版

[編集] 脚注

  1. ^ 「Jリーグ 1977年9月26日 以降に放送された番組【関東地区】 2007年10月19日現在」 株式会社ビデオリサーチ
  2. ^ 引田惣弥 『全記録 テレビ視聴率50年戦争―そのとき一億人が感動した』 講談社 2004年 190頁 ISBN 4062122227
  3. ^ 「クラブ経営状況」 about Jリーグ
  4. ^ スタジアムガイド(日本プロサッカーリーグ)
  5. ^ 2008 Jリーグ スタジアム観戦者 調査報告書(日本プロサッカーリーグ)
  6. ^ 2007年度(平成19年度)Jクラブ個別情報開示資料(日本プロサッカーリーグ)
  7. ^ 「大会別入場者数データ」 about Jリーグ
  8. ^ 「スタジアム観戦者調査報告書」2004-2008年度版 about Jリーグ
  9. ^ 「若年ファン減少…Jリーグ観戦者の平均年齢上昇」 2009年1月28日 スポニチアネックス
  10. ^ サッカーダイジェスト 5月12日・19日合併号より
  11. ^ 「J広告スポンサーにアルコール飲料解禁へ」 2008年11月13日 nikkansports.com
  12. ^ 『週刊サッカーマガジン 2003年5月27日号』 ベースボールマガジン社

[編集] 外部リンク

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