運城市

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中華人民共和国 山西省 運城市
運城市の位置
運城市の位置
中心座標 北緯35度01分 東経110度59分 / 北緯35.017度 東経110.983度 / 35.017; 110.983
簡体字 运城
繁体字 運城
Yùnchéng
カタカナ転記 ユンチェン
国家 中華人民共和国
山西
行政級別 地級市
成立 2000年
市委書記
市長
面積
- 総面積 13,968 km²
人口
- 総人口(2008) 495 万人
- 市区人口(2008) 144 万人
経済
電話番号 0359
公式ウェブサイト http://www.yuncheng.gov.cn

運城市(うんじょう-し)は中華人民共和国山西省西南部に位置する地級市

古くは河東と呼ばれた。三国時代蜀漢の武将関羽の出身地である。市内にある塩湖「解池」では、古くから塩の生産が行われている。唐の時代、都の長安へ塩を送っていた塩の道と呼ばれている所に遺跡が点在している。近年は塩湖の汚染のため食用塩の生産は行われず工業塩の生産が行われている。

地理[編集]

山西省の西南部に位置し、臨汾市晋城市陝西省渭南市河南省三門峡市洛陽市焦作市に接する。

年間降水量525mm、年平均気温13℃。

歴史[編集]

運城での人類の活動は古く市内の芮城県風陵渡鎮からは180万年前の人類の遺跡が出土している(西侯度遺跡)。

また華夏文化の揺籃地としての都城である蒲坂安邑、中国最初の王朝といわれるの都城も運城地域に設けられていた。春秋時代に属し、前669年には晋献公により絳(現在の絳県)が都城に定められている。戦国時代に晋がに分裂した後は、魏の都城が安邑(夏県禹王城付近)に定められている。

始皇帝による中国統一が為されると河東郡が設置され、それ以来行政改編が幾度となく実施されたが、河東の名称は中華人民共和国成立まで使用された。

中華人民共和国成立後は運城専署が設置され、1954年に臨汾専区が合併し晋南専区に改編、更に1970年に再度運城地区が設置されるなどの行政改編を受け、2000年6月に地級市として運城市が誕生し現在に至っている。

行政[編集]

1市轄区・2県級市・10県を管轄下に置く。

年表[編集]

運城専区(1949年-1954年)[編集]

運城地区(1970年-2000年)[編集]

運城市[編集]

  • 2000年6月14日 - 運城地区が地級市の運城市に昇格。(1区2市10県)
    • 運城市が区制施行し、塩湖区となる。

交通[編集]

空港

鉄道

道路

友好都市[編集]

外部リンク[編集]