運動能力向上機

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運動能力向上機(うんどうのうりょくこうじょうき、CCV、Control Configured Vehicle)は、設計段階から運動性能を優先して作られた航空機であり、特に搭載電子機器によって機体姿勢を積極的に制御することで不足する静安定性を補い、従来機では行なえない姿勢での空中機動を可能とするものを指す。また、この航空機で使用される機体姿勢を積極的に制御する技術は「CCV技術」(Relaxed stability technology)と呼ばれる。

運動能力向上を優先する為に、設計段階から機体形状や翼面形状とそれらの空力特性、荷重と機体構造、制御プログラム、冗長性とバックアップ・システム、操縦性、工作性や経済性といった多方面の技術と知見の元で、高度な能動制御が実現される。

[1]
CCVの飛行経路変更なしの姿勢制御.PNG
CCVの姿勢変更なしの横遷移飛行.PNG
CCVの姿勢変更なしの上下遷移飛行.PNG

概念[編集]

CCVではない通常の航空機は、飛行時の空気の流れによって自ずと機体の向きが1方向に向いて安定するように設計される。 CCVでは飛行中の機体の向きを飛行方向に限定されずにある程度可変出来るようにすることで、空力学的な運動性能を向上させようとするものである。 だが、この場合の安定性能と運動性能は本来、二律相反する要素であり、両性能を同時に満足させる設計は容易ではない。

しかし、著しい発達を遂げたコンピュータ技術やセンサ技術の導入によって、飛行時の安定を人工的に補償することが可能となり、安定した飛行を行ないながら同時に高い運動性能を備えた航空機、つまりCCVの設計が可能となった。

本項での「高い運動性能」は、「高機動性」すなわち「高G旋回性能」と混同され易いが、CCVでの高い運動性能は空力学的な制御に主眼が置かれたものであり、高G旋回性能とは異なるものである。

航空機の例[編集]

元々、機体の安定性及び無尾翼デルタ翼機の離陸性能を向上させる目的でカナード翼などが先行して実用化されていたが、操縦装置のコンピュータによる自動制御で、操縦者に負担を課す事なく機体の安定を図る事が可能となった。

CCV技術が実用化された最初の例は、1974年に初飛行した米空軍のF-16 ファイティング・ファルコン 戦闘機である。この機では、ピッチ方向の安定性マージンを意図的に小さくする事(静安定性の緩和:relaxed static stability:RSS)で結果的に運動性能を高めている[2]。 それを可能にしたのはフライ・バイ・ワイヤ(Fly-by-wire、FBW)システムの導入である。 機体形状の安定性を下げても、コンピュータとセンサを使用して動翼で素早く機体姿勢を補正することよって安定性を保っているのである。

無尾翼機は、主翼それ自体で安定を保つ必要があるが、CCV技術を導入し機体自体の安定性を放棄すれば、より設計の自由度が増す。また無尾翼機の欠点とされる離着陸性能の改善効果もある[3]。フランスのミラージュ2000はCCV技術の導入により、ミラージュシリーズの伝統である無尾翼デルタ翼形式をリファインした事で有名である。

また、日本もCCVを熱心に研究し、航空自衛隊F-2 支援戦闘機では独自のフライ・バイ・ワイヤを開発した。当初F-2はカナード翼を空気取り入れ口両側に下斜めに取り付ける予定であったが、開発時間の延長、予算上の問題、空気抵抗と重量増加のデメリット、またカナードが無くてもフライ・バイ・ワイヤのプログラムでカナード付きの運動性を十分達成できる等の総合的判断により、取り付けられなかった。

さらに現代の戦闘機などでは、静安定緩和にとどまらず、機体形状の静安定性をあらかじめ負(マイナス)の値までとるように設計される趨勢にある(前進翼機のX-29など[4])。安定した高速巡航には不要だが、急激に高い運動性を要求される交戦時に於いては圧倒的に優勢であるとされる。

なお、直接は運動性の向上とは関係ないが、現代の軍用機は対レーダーステルス性の考慮が必須とされている。電波の反射を抑える為、機体形状を空気力学的な洗練された形状よりも、ステルス設計(直線設計のF-117全翼機B-2)を優先する場合もある。その場合、空気力学的に不安定になった機体は、フライ・バイ・ワイヤ・システムによる操縦安定性の確保が必須の前提条件となっている。また旅客機においても、空気抵抗の減少(燃費改善)効果を目的として、ピッチ方向の安定性マージンを意図的に小さくする例もみられるようになった。

現在では戦闘機においては、CCV設計が標準的なものとなっている。1982年初飛行のF-20戦闘機は、CCV設計を採用しない最後の戦闘機となった。

脚註[編集]

  1. ^ 金井喜美雄著 「先行する航空機のBy-Wire技術から自動車へ適用する際の課題を見る」 日経エレクトロニクス2007年11月19日号 p.147-p.158
  2. ^ 普通は飛行機の主翼は機体の重心より後方に位置しており、水平尾翼はマイナス揚力を発生して機体のバランスを取っている。結果、空力中心は機体の重心より後方となり、風見安定によってピッチ方向の安定が保たれる。直進飛行の場合は安定性が高い事が必要であるが、意図的に機首を上げ下げする必要がある時は、逆に運動の阻害要因となる。そこでF-16の場合は主翼の位置をあえて重心に近くする事によって、風見安定を低くしているのである。なお副次効果として水平尾翼に必要とされる揚力が小さくて済むため、水平尾翼の小型化による軽量化と空気抵抗の低減効果がある。また、亜音速時においてはむしろ水平尾翼はプラスの揚力を発生しているので、その分主翼の揚力にも余裕が生じると解説される事もあるが、そもそも水平尾翼の発生する揚力自体が小さいので、その効果はさほど大きなものではない。
  3. ^ 離着陸時など大揚力を必要とする場合は、高揚力装置を用いるか、迎角を大きく取る事が必要である。しかし無尾翼機は高揚力装置の付加が困難である。また迎角を大きく取るためにはエレボンを上げる必要があるが、同時に主翼の揚力を下げるという矛盾がある。CCV技術の採用により機体の安定性を下げれば、エレボンを用いなくても迎角を大きく取る事が可能になる。
  4. ^ 後退翼は主翼に上反角をつけるのと同等の効果があり、ロール方向に対して安定する性質を持つ。前進翼であればそれが逆になるため、ロール方向に対して逆に不安定になる。

関連項目[編集]