進化倫理学

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

進化倫理学(しんかりんりがく、Evolutionary ethics)は人の精神や行動を形作った進化の役割の理解を基盤とした、倫理道徳へのアプローチである。そのようなアプローチは自然科学の諸分野、特に観察される倫理的選好や選択の説明と理解に焦点を当てた社会生物学進化心理学を基盤としている。通常は「説明」と「指針」は区別されるが、しかし進化の理論や概念は特定の倫理システムやモラル(何が善で何が悪であるか)の提唱や正当化に用いられる可能性もある。

進化心理学[編集]

進化心理学はある種の生物に広く見られる主要な心理的特徴を進化の過程(自然選択)で形作られたものと見なし、その説明と理解を試みる。対象となる倫理的トピックは利他的行動利他主義、欺瞞や他人を害する行動、公正や不公正の感覚、親切心や愛情自己犠牲、競争・道徳的罰・報復に関連した感情、道徳的な「いんちき」や偽善、そのほか特定の社会(あるいは共同体の内部)で道徳的に良い、悪いと判断される多種多様な行動の傾向を含む。

進化心理学の歴史的に重要な問題は、対立遺伝子間の競争を基本とする自然選択のプロセスを通して、どのように利他的感情と行動が進化するかであった。これに対する回答は血縁選択互恵的利他主義(直接および間接互恵性)を中心としている。群選択も異論は多いが提案されている。

分析哲学[編集]

1986年に生物哲学者マイケル・ルースは倫理感情の根源として進化の役割を次のようにまとめた:

我々の道徳観念、我々の利他的な本性は適応-生存と繁殖の努力を助ける形質-であり、手や眼、歯、足と同様である。それは我々に協力を起こさせ、行き当たりばったりな行動の落とし穴や完璧に合理的な脳を作るコストを回避できる費用対効果の優れた方法である[1]

科学をメタ倫理学に適用するときには次のように述べた:

ある意味で...進化論者の主張は、倫理が個体の繁殖を促進するために自然選択によって形作られ維持されている人類の集合的な幻想であるということである。...倫理は幻想的だ。倫理感は私たちに、それには客観的な基準があると思い込ませる。これが生物学的見解の要点である[2]

歴史[編集]

1893年にトマス・ハクスリーは『進化と倫理』で倫理感情が進化したと認めたが、それが道徳の基盤となっていることは否定した。

「進化的倫理」と呼ばれる概念の提唱者は、「倫理の進化」が彼らの考察の対象をうまく表現するといういくつかのちょっとした事実と、いくつかの堅実な議論を提示する。私は彼らが正しく、私の側にいることを疑わない。不道徳な感情は確かには進化して、そうではないものと同じくらい一般的に見られる。泥棒と殺人者は慈善事業家と同じくらい頻繁に見られる。普遍的な進化という概念は、人の善と悪の傾向がどのように生まれたかについて我々に教えるかも知れない。しかし、なぜ我々が善と呼ぶものが悪と呼ぶものよりも好ましいかについて、いかなる理由も提供することができない[3]

ハクスリーの論評はそれ以前にデイヴィッド・ヒュームが論じた「である-べきであるの混同」に関連する。そしてG.E.ムーア自然主義的誤謬として発展させた。

進化倫理学の展望[編集]

現在の知識の状態を考えれば、「なぜ我々が善と呼ぶものが悪と呼ぶものよりも好ましいか」というハクスリーの宣言は人間個人の性向と性質に関して未だ正しい。それでも霊長類学や進化心理学といった分野の研究は、我々の種が繁栄し、次におそらく幸せになるために何が好ましくて何が好ましくないかを、一般的なケースについて明らかにし始めている。進化心理学の主要な焦点は、特に狩猟採集文化や霊長類の深い分析を通して、一般的な人間の性質についてもっとも正確な説明を示すことである。そしてこの理解が発展することで、社会を構成する人間にとってより「ユーザーフレンドリー」なかたちで文化そのものを再設計することが可能になる。結局のところ、文化はユーザーに貢献する「道具」である。

著名な霊長類学者フランス・ドゥ・ヴァールは主張する。「エドワード・ウィルソンの言葉では、生物学は我々を”ヒモに繋がれた”状態に止める......。我々は我々が望むどんな方法でも我々が望むように生き方を設計することができる。しかし我々の成功は、その生き方がどれだけ人間の本性にあっているか次第である[4]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Ruse 1986, p. 230
  2. ^ Ruse 1986, p. 235
  3. ^ Huxley, p. 66
  4. ^ De Waal 2005, 233

参考文献[編集]

関連書籍[編集]

英語[編集]

  • Curry, O. (2006). Who's afraid of the naturalistic fallacy? Evolutionary Psychology, 4, 234-247. Full text
  • Dawkins, Richard (1976). The Selfish Gene. 
  • Duntley, J.D., & Buss, D.M. (2004). The evolution of evil. In A. Miller (Ed.), The social psychology of good and evil. New York: Guilford. 102-123. Full text
  • Hauser, Marc (2006). Moral Minds. 
  • Huxley, Julian. Evolutionary Ethics 1893-1943. Pilot, London. In USA as Touchstone for ethics Harper, N.Y. (1947) [includes text from both T.H. Huxley and Julian Huxley]
  • Katz, L. (Ed.) Evolutionary Origins of Morality: Cross-Disciplinary Perspectives Imprint Academic, 2000 ISBN 090784507X
  • Krebs, D. L. & Denton, K. (2005). Toward a more pragmatic approach to morality: A critical evaluation of Kohlberg’s model. Psychological Review, 112, 629-649. Full text
  • Krebs, D. L. (2005). An evolutionary reconceptualization of Kohlberg’s model of moral development. In R. Burgess & K. MacDonald (Eds.) Evolutionary Perspectives on Human Development, (pp. 243-274). CA: Sage Publications. Full text
  • Richerson, P.J. & Boyd, R. (2004). Darwinian Evolutionary Ethics: Between Patriotism and Sympathy. In Philip Clayton and Jeffrey Schloss, (Eds.), Evolution and Ethics: Human Morality in Biological and Religious Perspective, Pp. 50-77. Full text ISBN 0802826954
  • Ridley, Matt (1997). The Origins of Virtue. 
  • Ruse, Michael (1993), “The New Evolutionary Ethics”, in Nitecki, Matthew H.; Nitecki, Doris V., Evolutionary Ethics, Albany, New York: State University of New York, ISBN 0-7914-1499-X 
  • Shermer, Michael (2004). The Science of Good and Evil: Why People Cheat, Gossip, Care, Share, and Follow the Golden Rule. New York: Henry Holt and Company. ISBN 0-8050-7520-8. 
  • Teehan, J. & diCarlo, C. (2004). On the Naturalistic Fallacy: A conceptual basis for evolutionary ethics. Evolutionary Psychology, 2, 32-46. Full text
  • de Waal, Frans (1996). Good Natured: The Origins of Right and Wrong in Humans and Other Animals. London: Harvard University Press. ISBN 0-674-35660-8. 
  • Walter, A. (2006). The anti-naturalistic fallacy: Evolutionary moral psychology and the insistence of brute facts. Evolutionary Psychology, 4, 33-48. Full text
  • Wilson, D. S., E. Dietrich, et al. (2003). On the inappropriate use of the naturalistic fallacy in evolutionary psychology. Biology and Philosophy 18: 669-682. Full text
  • Wilson, D. S. (2002). Evolution, morality and human potential. Evolutionary Psychology: Alternative Approaches. S. J. Scher and F. Rauscher, Kluwer Press: 55-70 Full text
  • Wilson, E. O. (1979). On Human Nature. 
  • Wright, Robert (1995). The Moral Animal. 

外部リンク[編集]

日本語[編集]

英語[編集]