追跡 (テレビ番組)

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追跡
THE CHASE
ジャンル 情報ドキュメンタリー番組
放送時間 平日 19:00 - 19:30(30分)
放送期間 1988年4月4日 - 1994年3月25日
放送国 日本の旗 日本
制作局 日本テレビ
監督 佐藤孝吉(総監督)
プロデューサー 武藤幸恵
出演者 青島幸男
高見知佳
ほか
音声 モノラル放送ステレオ放送

特記事項:
曜日によって放送されない地域あり。こちらを参照。
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追跡』(ついせき)は、1988年4月4日から1994年3月25日まで日本テレビ生放送された情報ドキュメンタリー番組。放送時間は毎週月曜 - 金曜 19:00 - 19:30 (JST) 。ただし、年末年始の時期や改編期などにおいては特番の影響で放送休止になることも多かった。

目次

[編集] 概要

当初、1988年4月スタートの夕方の報道番組NNNニュースプラス1』を18:00 - 19:30まで放送させる計画があったが、クロスネット局などからクレームがつき、ニュース・情報番組的なものとしてこの『追跡』が企画された。

毎晩放送される情報番組としては異例なまでの濃密な情報量を誇り、現在においてはもはや再現不可能な「伝説の情報番組」と放送業界では言われている[要出典]。その理由には、情報量に匹敵するように報道番組と同等以上の取材経費・タレントに支払うギャランティーなどの経済的事由、ゴールデンタイム帯番組が存在することに編成上のネックがあるなど、1つの要素ではないことも考慮しなければならない。

この番組から「はじめてのおつかい」などの派生企画も多数誕生した。「はじめてのおつかい」は好評を博したためにその後独立し、現在でも2時間単発スペシャル番組としてたびたび放送されている。

全体的には安定した視聴率を確保しており、全盛期には『大追跡』という番組名で土曜19:00 - 19:54の枠にも進出した。最高視聴率は25.7%(1991年9月)。

[編集] 番組の終焉とその後

終了1年前の1993年から急激に視聴率が低下。特に『クレヨンしんちゃん』(テレビ朝日)が放送された月曜日、『上岡龍太郎の男と女ホントのところ』(TBS)が放送された木曜日の低下が顕著であった。また、ゴールデンタイムでの帯番組という存在が編成上の障害となっていたため、1994年3月25日放送分をもって6年間の放送に幕を閉じた。最終回はスペシャル版として2時間にわたって放送された。

番組終了後、日本テレビは既に1時間化している土曜日を除く19時台で1時間番組を増大する編成を行い(当番組を放送しなかった日曜日も対象となった)、直後の19時30分枠で放送されていた番組群が1時間枠に拡大したり、逆に打ち切られたりするものもあった。その結果、日曜日、火曜日、水曜日、木曜日の19時枠が1時間枠となった(後の1995年10月に金曜日も1時間枠となる)。

その後の2009年4月に平日19時枠で『サプライズ』がスタートし、日本テレビ系列では15年ぶりに生放送の帯番組が復活した。しかし、1時間枠である事やお笑い芸人などが司会を務めている点、懸賞付の視聴者アンケートを実施する点などバラエティ要素の強い内容になっており、『追跡』との差異が大きい(同時期に、TBS系で報道色の強い『総力報道!THE NEWS』が開始された影響もある。同局も当初はこの『THE NEWS』に対抗し、報道番組を放送すると一部報道があった。なお、サプライズは2009年9月に『SUPER SURPRISE』と名を変えてリニューアルされ一部の曜日が事前録画放送となり、2010年3月をもって帯枠としての放送を終了した)。

[編集] 主な出演者

[編集] 主な企画

オープニングCM明け、小林完吾が両司会者に向けて少々のコメントを述べた後、「あ、さて、今日の数字です」という言葉とともにその日のテーマに沿った数字データをひとつ示し、両司会者にその数字の意味を考えさせるところから始まっていた。そして本編終了後のスタジオパート時に、その数字の意味(正解)を小林が発表していた。

  • 三好家の大家族スペシャル - 現在各局で取り上げられるいわゆる「大家族モノ」の元祖企画である。
  • はじめてのおつかい - 最終回スペシャルもこの特集であった。番組の終了後も、1990年代まで年に数回のスペシャル番組として放送されていた。
  • 都バスで飛ばせば旅気分 - ナレーションは矢島正明が担当。後の『火曜サプライズ』にて踏襲企画が放送されている。
  • 銀座ノラ猫物語などの動物特集
  • 駅弁特集
  • 取材拒否の店 - 現在でも各局で取り上げられる企画の元祖である。
  • 食材特集 - イカ特集、カツオ特集など。
  • 鉄道沿線特集 - 『ぶらり途中下車の旅』の元になった企画である。
  • 大相撲・「若貴」特集 - 1991年ころに起きた「若・貴ブーム」と称される相撲人気再燃の火付け役となったのは実はこの番組であり、若貴兄弟が一門に入門した時点から同番組では2人の動向を中心に藤島部屋(のち二子山部屋)への密着取材を行った。
  • ほか

[編集] テーマソング

風のうた(銀河管弦楽団
アルバム『スターラブ・スターライト』収録、WWCP-7116

[編集] ネット局の状況

  • 青森放送山形放送四国放送高知放送など、月曜日のみ別番組を放送する系列局もあった。このうち山形放送は、山形テレビテレビ朝日系列へのネットチェンジと同時に、青森放送はテレビ朝日系列(単独系列局)の青森朝日放送開局後に、それぞれ月曜日の放送を開始した。
    • 当時、青森放送・山形放送・四国放送はテレビ朝日系列の同時ネットを受けており(青森放送と山形放送はテレビ朝日系・日本テレビ系クロスネット局であった)、高知放送はフジテレビの『サザエさん』の遅れ放送をしていた(当時高知さんさんテレビは未開局)。
  • また、金曜のみ、フジテレビ系の沖縄テレビにも同時ネットされた。さらにテレビ大分テレビ長崎テレビ宮崎鹿児島テレビでも日本テレビ系ネットに相当する曜日のみ放送されていた(4局ともに本来はフジテレビ系・日本テレビ系のクロスネット局であるため。さらにテレビ大分とテレビ宮崎はテレビ朝日系にも参加していた)。このうち長崎地区では、1991年4月1日の長崎国際テレビ開局に伴い、同日より同地区での完全ネットを開始した。
  • テレビ信州ではテレビ朝日系・日本テレビ系のクロスネット局だった時代は『大追跡』のみの放送だった(当時夕方ニュースはテレビ朝日系ネット)が、1991年4月1日の長野朝日放送開局によって日本テレビ系へネットチェンジ・一本化したことに伴い完全ネット開始となった。
  • その一方で、青森放送や山形放送と同様、テレビ朝日系・日本テレビ系のクロスネット局だった福井放送(1989年4月から)や山口放送(1993年9月まで)では、どちらも開始当初から完全ネットを行っていた。
    • もともとは日本テレビ系だった福井放送はともかく、山口放送の場合は、青森放送や山形放送と同様に月曜19時00分 - 19時30分はテレビ朝日の番組を放送していたのだが、青森放送や山形放送とは違って遅れネットだった。
  • 石川県では、テレビ金沢が1990年4月に開局するまで放送が無かった(もっとも、北日本放送および福井放送の区域外受信により、多くの地域で視聴は出来た)。

[編集] 提供クレジットの差し替え

  • この番組は木曜日を除き、ネットスポンサーに加えて各局ローカルスポンサーを付けるスペースがあった(日本テレビはスポット枠)。そのため、青森放送や北日本放送、西日本放送や高知放送などといったローカル局ではローカルスポンサーを付けるため、提供クレジットがブルーバックに差し替えられた(BGMも差し替えあるいはローカル出し)。この方式はナイター中継のときはもちろんのこと、「追跡」廃止後は月曜日(読売テレビ製作枠へ移行)を除いた19時台の番組(『伊東家の食卓』・『どちら様も!!笑ってヨロシク』・『ぐるぐるナインティナイン』など)にもしばらく受け継がれていた。ちなみに、ローカルスポンサーの有り無しでの提供やCMの挿入パターンを比較すると以下の通り。
    • 日本テレビなどネットスポンサーのみの地域
      • Aパート→提供ゾーン(ネット送出)→CM(ネットスポンサー)→Bパート→CM(ネットスポンサー)→Cパート→提供ゾーン(ネット送出)→CM(スポット枠)→エンドタイトル(ネット送出)
    • ローカルスポンサーがつく地域
      • Aパート→提供ゾーン(地元局送出)→CM(ネットスポンサー)→Bパート→CM(ネットスポンサー)→Cパート→CM(ローカルスポンサー)→提供ゾーン(地元局送出)→エンドタイトル(ネット送出)
  • なお、月曜日のネットの無い地域の場合、来週月曜日の予告の部分を地元局で何らかの差し替えていた。
    • 高知放送の場合、ネットスポンサーのみの時期であっても後の提供ゾーンそのものを地元局送出にしていたり、ローカルスポンサーが付いていた時期には予告に入る寸前にCMに入ったりしていた。
    • なお、青森放送では金曜日のエンディングで流れる予告の差し替えは実施せず、1991年9月まで放送されない月曜日の予告がそのまま放送されていた。
  • 金曜だけネットされた沖縄テレビも基本的にはスポンサードネットだが、日本テレビがプロ野球中継やスペシャルなどが放送されたときは他曜日で放送されたものを放送するため、提供クレジットの部分のみブルーバックに差し替えられた(スポンサーは金曜日本来のスポンサーだがCMは差し替え)。また、来週月曜日の予告の部分も「追跡 来週もお楽しみに」のブルーバック表示に差し替えられた(番組終了の「END」表示も同様)。
  • 木曜日については農協の共済の他に、『木曜スペシャル』のスポンサーが兼務していた。その中には現在30秒以下の提供の場合、原則として提供表示しない花王も含まれていた。それ以外の日の主なスポンサーは金曜日がなとり第百生命保険日通工など。水曜日は三菱石油第一製薬など。火曜日は3か月ごとにチェンジしていた。また、月曜日分は1992年4月から同年9月までの間はJTの一社提供で、その後は金曜19時30分の『ハートにジャストミート』へ移行した。1992年10月以降の月曜日分はリースキン日本酸素久光製薬パロマなどが提供していた。

[編集] 関連項目

日本テレビ系列 月曜19時台前半枠
前番組 番組名 次番組
シティーハンター読売テレビ制作)
※「シティーハンター2」としてローカル枠
(読売テレビは土曜18時)へ移動
追跡
(1988年4月 - 1994年3月)
日本テレビ系列 火曜19時台前半枠
仮面の忍者 赤影
(アニメ版)
追跡
(1988年4月 - 1994年3月)
なんだろう!?大情報!
(土曜日から移動)
日本テレビ系列 水曜19時台前半枠
追跡
(1988年4月 - 1994年3月)
日本テレビ系列 木曜19時台前半枠
追跡
(1988年4月 - 1994年3月)
日本テレビ系列 金曜19時台前半枠
追跡
(1988年4月 - 1994年3月)
教えてあげない
(読売テレビ制作)
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