近鉄内部線

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
近畿日本鉄道 内部線
内部駅付近を走る260系(2007年)
内部駅付近を走る260系
(2007年)
路線総延長 5.7 km
軌間 762 mm
電圧 750 V(直流
JR東海関西本線
STRq
STRq STRq
四日市駅
exSTRrg exSTRq
exSTRq exSTRq
名古屋線旧線
exSTR
四日市市駅 -1928
exSTR exSTR exBHF
諏訪前駅 -1928
exSTR
諏訪駅 -1956
exSTR exABZlf exABZql exSTRq exSTRlg
eABZqr xkKRZu+l kABZq+l
xKRZu
名古屋線
exSTRq
xABZlg
0.0 近鉄四日市駅
STRc2 STR3
湯の山線
STR+1 STRc4
eBHF
南浜田駅 -1944
eDST
南浜田信号場 -1986
BHF
1.0 赤堀駅
WBRÜCKE
落合川
WBRÜCKE
鹿化川
BHF
1.8 日永駅
ABZrf
八王子線
WBRÜCKE
天白川
BHF
2.5 南日永駅
BHF
3.6 泊駅
BHF
4.3 追分駅
BHF
5.0 小古曽駅
ABZlf STRlg
白塚検車区内部車庫
KBHFe KDSTe
5.7 内部駅

内部線(うつべせん)は、近鉄四日市駅から内部駅までを結ぶ近畿日本鉄道(近鉄)の鉄道路線。全線が三重県四日市市内を走る。

概要[編集]

軌間762mmという特殊狭軌軽便鉄道として建設され、現在も当時のままの軌間で運行される。近鉄四日市駅 - 日永駅間には、同じく軌間762mmの八王子線の列車が直通しており、同線と合わせて内部・八王子線と総称される。

ローカル線の加算運賃が適用されている。パールカード自動券売機による乗車券の購入ができるが、2007年(平成19年)4月1日から近鉄の他の路線でサービスを開始しているICカードPiTaPa」には非対応である。

2015年より、四日市市が第三種鉄道事業者として鉄道施設と車両を所有して、新たに近鉄と四日市市が共同で出資して設立した四日市あすなろう鉄道第二種鉄道事業者として鉄道施設と車両を借用して運営する予定である[1](経緯は「近鉄内部・八王子線#存廃問題」も参照)。

路線データ[編集]

  • 路線距離(営業キロ):5.7km
  • 軌間:762mm
  • 駅数:8駅(起終点駅含む)
  • 複線区間:なし(全線単線)
  • 電化区間:全線電化(直流750V)
  • 閉塞方式:自動閉塞式

全線、名古屋輸送統括部(旧名古屋営業局)の管轄である。

運行形態[編集]

使用車両[編集]

施設[編集]

歴史[編集]

内部線は、1912年(大正元年)から1915年(大正4年)にかけて三重軌道が開業させた四日市市駅 - 八王子村駅(後の伊勢八王子駅)間のうちの四日市市駅 - 日永駅間と、日永駅から分岐して三重鉄道が1922年(大正11年)に開業させた鈴鹿支線の一部から成る(後に未開業区間は敷設免許失効)。

1912年(大正元年)に三重軌道が軌道条例による軌道として南浜田駅 - 日永駅間を開業し、1915年(大正4年)に鉄道院(後の国鉄)関西本線四日市駅西口まで延伸された。1916年(大正5年)には、三重軌道の路線を廃止して、新たに設立した三重鉄道がこれを軽便鉄道法による軽便鉄道として開業した。1922年(大正11年)に鈴鹿支線として日永駅 - 内部駅間が開業し、1928年(昭和3年)には、現在の近鉄名古屋線の前身である伊勢電気鉄道の桑名延伸(泗桑線)に際して、四日市市駅 - 諏訪駅間を廃止し、路線敷を伊勢電気鉄道に譲渡した。

戦時統合で1944年(昭和19年)三重交通の路線となり、戦後1956年(昭和31年)に四日市市内でカーブが連続していた名古屋線海山道駅 - 川原町駅間の経路を変更した折、かつて伊勢電気鉄道に譲渡した区間が廃止された。この時に内部線の起点が諏訪駅から近畿日本四日市駅(現在の近鉄四日市駅)となった。その後、三重電気鉄道を経て1965年(昭和40年)に近畿日本鉄道への吸収合併で同社の路線となった。

なお、かつては現在の八王子線と湯の山線を合わせて三重線と総称し、列車も湯の山駅(現在の湯の山温泉駅) - 四日市駅 - 内部駅を通し運転していたが、同線改軌時に新たに内部・八王子線として独立した路線名が与えられている。

2012年には、近鉄が四日市市などにバス転換(BRT化)を提案した。これに対し四日市市が鉄道による存続を望み、2013年に公有民営方式で存続することで合意[2]。2015年から四日市市が第三種鉄道事業者として鉄道施設や車両を保有し、新会社四日市あすなろう鉄道が第二種鉄道事業者としてそれらを同市から借用して運営することになった[1](「近鉄内部・八王子線#存廃問題」も参照)。

年表[編集]

  • 1911年(明治44年)12月28日:三重軌道が設立。
  • 1912年(大正元年)10月6日:三重軌道が南浜田駅 - 日永駅間を開業[3]
  • 1913年(大正2年)5月16日:諏訪前駅 - 南浜田駅間が開業[3]
  • 1915年(大正4年)12月25日:四日市市駅 - 諏訪前駅間が開業[3]
  • 1916年(大正5年)
    • 7月19日:三重鉄道が設立。
    • 12月1日:軌道条例に基づく三重軌道の路線を廃止し、三重鉄道が軽便鉄道法に基づく軽便鉄道として四日市市駅 - 日永駅間を開業。
  • 1922年(大正11年)
    • 1月10日:日永駅 - 小古曽駅間が開業(鈴鹿支線)。
    • 6月21日:小古曽駅 - 内部駅間が開業。追分駅開業。
  • 1928年(昭和3年)
    • 1月29日:諏訪前駅廃止、同駅西方の四日市鉄道諏訪駅に統合。四日市市駅 - 諏訪駅間が廃止、伊勢電気鉄道に軌道用地譲渡。
    • この年:ガソリン動車シハ31形31 - 34(日本車輛製造本店製)使用開始。
  • 1931年(昭和6年)3月1日:三重鉄道が四日市鉄道を吸収合併する。
  • 1943年(昭和18年)12月25日:諏訪駅 - 内部駅間が直流600V電化。諏訪駅が移転し0.1km短縮。
  • 1944年(昭和19年)
    • 2月11日:三重鉄道ほか6社が合併し三重交通が発足。湯の山線・八王子線と合わせて三重線となる。
    • 3月1日:内部線の路線名称制定。
    • 7月1日:諏訪駅 - 赤堀駅間の南浜田駅、追分駅 - 内部駅間の小古曽駅休止。
    • 11月1日:諏訪駅 - 赤堀駅間の南浜田駅を廃止する。赤堀駅を四日市方に0.1km移設。
  • 1946年(昭和21年)10月3日:浜田変電所(185kW水銀整流器1台)新設運用開始。
  • 1949年(昭和24年)3月26日モニ220形228・229(近鉄モニ220形228・229、現在のサ120形122・123)の2両を新製配置。
  • 1950年(昭和25年)
  • 1951年(昭和26年)
    • 1月17日:サ150形165 - 166(近鉄サ150形165 - 166)の2両を新製配置。
    • 5月5日:浜田変電所に300kW水銀整流器1台を増設、運用開始。
  • 1954年(昭和29年)
    • 8月17日サ360形361 - 364(近鉄サ130形131 - 134)の4両を新製配置。
    • 10月20日:サ360形365・366(近鉄サ130形135・136)の2両を新製配置。
    • 11月19日:サ360形367・368(近鉄サ130形137・138)の2両を新製配置。
  • 1956年(昭和31年)
    • 9月23日:名古屋線四日市駅付近経路変更に伴い、諏訪駅 - 赤堀駅間が廃止、近畿日本四日市駅(現在の近鉄四日市駅) - 赤堀駅間の新線が開業。
    • 12月:泊駅に列車行き違い設備を設置。
  • 1959年(昭和34年)
    • この年:架線電圧を直流600Vから直流750Vに昇圧。
    • 5月1日:休止していた小古曽駅を内部方に0.1km移設の上営業再開。
    • 8月7日4400形4401M1+4401T+4401M2(近鉄モ200・サ100形、現在のク200・サ100・サ200形201+101+202)を新製配置。
    • 8月24日:近畿日本四日市駅 - 赤堀駅間に南浜田信号場を新設。同時に近畿日本四日市駅 - 日永駅間を単線自動閉塞化の上、同区間に高圧配電設備(信号・駅舎電源)を設置。
    • 11月5日:浜田変電所に500kW水銀整流器1台を増設、運用開始。185kW水銀整流器1台撤去。
  • 1960年(昭和35年)
    • 6月1日サ2000形2001(近鉄サ140形141)を1両を新製配置。
    • 8月27日:サ2000形2002 - 2004(近鉄サ140形142 - 144)の3両を新製配置。
  • 1961年(昭和36年)8月27日:サ2000形2005・2006(近鉄サ140形145・146)の2両を新製配置。
  • 1962年(昭和37年)
    • 10月1日:サ2000形2007(近鉄サ140形147)の1両を新製配置。
    • この年:サ150形157(166を改番。近鉄サ150形157)が北勢線に転属。
  • 1964年(昭和39年)
    • 2月1日:三重交通が鉄道事業を三重電気鉄道に分離譲渡。
    • 3月:サ360形363 - 368(近鉄サ130形133 - 138)、サ2000形2001 - 2007(近鉄サ140形141 - 147)、4400形4401M1+4401T+4401M2(近鉄モ200・サ100形:現ク200・サ100・サ200形201+101+202)の16両が北勢線に転属。
    • 3月23日:湯の山線の改軌に伴い、同線との直通運転廃止。
  • 1965年(昭和40年)4月1日:近畿日本鉄道が三重電気鉄道を合併。
  • 1970年(昭和45年)3月1日:近畿日本四日市駅を近鉄四日市駅に改称。
  • 1974年(昭和49年)6月29日:内部線の近鉄四日市駅が移設、0.1km短縮。
  • 1977年(昭和52年):モニ220形225 - 227、サ130形133、サ150形151 - 157の11両が北勢線より転入。
  • 1978年(昭和53年):車両の連結器をピン・リンク式(通称:朝顔式)から柴田式自動連結器を小型化したもの(柴田式3/4上作用自動連結器〈CSC91形自動連結器〉)に交換する。
  • 1982年(昭和57年)11月25日モ260形261・262、ク160形161・162の4両を新製配置。
  • 1983年(昭和58年)4月7日:モ260形263 - 265、ク160形163の4両を新製配置。
  • 1986年(昭和61年)8月28日:南浜田信号場廃止。
  • 1989年(平成元年)
    • 3月17日:全線において単線自動閉塞化。自動列車停止装置 (ATS) 使用開始。列車運転間隔を25分→30分に。
    • 6月1日:ワンマン運転開始。各駅にホームミラー設置。
  • 2012年(平成24年)
    • 6月29日:四日市市議会が内部・八王子線の存続を求めるために特別委員会として総合交通政策調査特別委員会を設置する[4]
    • 8月21日:近鉄が地元住民との会談で内部線と八王子線の鉄路を廃止し、跡地をバス専用道路にしてバスによる運用に転換する方針を発表[5]
  • 2013年(平成25年)
    • 9月27日:近鉄と四日市市が内部線と八王子線を公有民営方式で存続することで合意[6][2]
  • 2014年(平成26年)3月27日:四日市あすなろう鉄道が設立[1]
  • 2015年(平成27年)春:四日市あすなろう鉄道が内部線を運営開始予定[1]

駅一覧[編集]

営業中の区間[編集]

  • 全駅三重県四日市市に所在。
  • 普通列車のみ運転、全列車が各駅に停車する。
  • 駅員が配置されている駅は*印を付け、駅名を強調文字で示す。
  • 小古曽駅以外の全駅に自動券売機を配置、磁気券を発売。
  • 線路…◇・∨・∧:列車交換可能、|:列車交換不可。
駅名 駅間キロ 営業キロ 乗降人員
-2008年-
接続路線・備考 線路
近鉄四日市駅* - 0.0 - 近畿日本鉄道:名古屋線湯の山線
赤堀駅 1.0 1.0 562人/日  
日永駅 0.8 1.8 930人/日 近畿日本鉄道:八王子線(直通あり)
南日永駅 0.7 2.5 1,036人/日  
泊駅 1.1 3.6 790人/日  
追分駅 0.7 4.3 1,099人/日  
小古曽駅 0.7 5.0 330人/日  
内部駅* 0.7 5.7 1,105人/日  

廃駅[編集]

廃止区間の駅は次節を参照。

  • 南浜田駅(諏訪駅 - 赤堀駅間) - 1944年休止、同年廃止。

廃止区間[編集]

四日市市駅 - 諏訪駅 - 南浜田駅

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b c d 内部・八王子線の新会社「四日市あすなろう鉄道株式会社」の設立について (PDF) - 近畿日本鉄道・四日市市、2014年3月27日、同日閲覧。
  2. ^ a b 内部・八王子線に関する当社の考え方(その5)「四日市市様との基本的な合意について」 (PDF) - 近畿日本鉄道、2013年9月27日
  3. ^ a b c 公式サイトによる。ただし駅名は『日本鉄道旅行地図帳 8号 関西1』新潮社、pp.31-32、および『全国鉄道いろは順線別駅名鑑』鉄道公認運送取扱人組合中央会、1920年、p.187(国立国会図書館 近代デジタルライブラリーより)による。
  4. ^ 近鉄内部・八王子線が廃線危機 議会で存続策検討 三重」朝日新聞、2012年6月15日
  5. ^ 近鉄:2路線、鉄路廃止へ 赤字続く内部線・八王子線、バス専用道に」毎日新聞、2012年8月22日
  6. ^ 近鉄と四日市市、内部・八王子線の公有民営化で合意…2015年春移行へ」レスポンス、2013年9月28日

参考文献[編集]

関連項目[編集]