軍産複合体

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

軍産複合体(ぐんさんふくごうたい、Military-industrial complex, MIC)とは、軍需産業を中心とした私企業軍隊、および政府機関が形成する政治的・経済的・軍事的な勢力の連合体を指す概念である。

この概念は特に米国に言及する際に用いられ、1961年1月、アイゼンハワー大統領が退任演説[1]において、軍産複合体の存在を指摘し、それが国家・社会に過剰な影響力を行使する可能性、議会・政府の政治的・経済的・軍事的な決定に影響を与える可能性を告発したことにより、一般的に認識されるようになった。米国での軍産複合体は、軍需産業と国防総省議会が形成する経済的・軍事的・政治的な連合体である。

概念の起源[編集]

軍産複合体という概念を最初に公式に用いたのは、1914年8月5日のイギリスのチャールズ・トレヴェルヤンらにより結成された民主的統制連合だった。彼らの平和主義の4つのマニフェストの第4項に「国家の軍隊は共同による合意により制限され、また軍備企業の国営化と兵器貿易の管理によって軍産複合体の圧力は調整されるべきである」[2]とした。

軍産複合体の概念を広く知らしめたアイゼンハワーの退任演説は1961年1月17日に行われた。演説の最終から2番目の草案では、アイゼンハワーは最初に「Military–industrial-congressional complex(MICC)、軍産議会複合体」という概念を用いて、アメリカ合衆国議会が軍事産業の普及に演ずる重要な役割を指摘していたが、アイゼンハワーは議会という語を連邦政府の立法府のメンバーを宥めるために打消した、と言われている。議会を含めた概念の実際の作者は、アイゼンハワーの演説作家のラルフ・ウィリアムズとマルコム・ムースだった[3]

ベトナム戦争時代の活動家セイモア・メルマンはこの概念に度々言及した。1990年代にジェームズ・カースは「1980年代中頃までに、この概念は一般の議論の対象になった...冷戦の間の武器入手に関する軍産複合体の影響に対する議論の力がどうであれ、彼らは現在の時代にはそれほど関連しない。」と主張した。

現在では軍と産業に加え大学などの研究機関が加わり、軍産学複合体と呼ぶように変化してきている。 このような背景には軍から大学の研究費が出されるようになり、研究資金の出資元として軍隊が大きな割合を占めるようになってきているためである。

歴史[編集]

昔から武器や兵器は製造業の主要な生産物であった。新石器時代の道具は有史以前の武器となり、青銅器時代鉄器時代には武器の手工業生産のために複雑な産業が生まれた。これらの産業は平和時の生産のためにも用いられたが、19世紀、20世紀に工業化が進むと戦争目的だけに開発製造するための組織を必要とするほど兵器は複雑化し性能も向上した。火器大砲蒸気船飛行機核兵器などは中世の剣とは著しく異なり、これらの新兵器には数年がかりの特別な労働が求められた。巨大な兵器は作成以前の計画・設計にも時間がかかり、平和時にも構築しておかなければならない。この軍事活動に向けた産業の繋がりは、軍と産業の「協力」を生み出した。

19世紀[編集]

歴史家のウィリアム・ハーディー・マクニールによれば近代における第二次の軍産複合体が1880年代および1890年代イギリスフランスで形成された。2つの勢力における海軍軍拡競争がそれぞれの軍産複合体を形成しそれが両国間の緊張に繋った。ジョン・アーバスノット・フィッシャーの様な将校は早期の装備の技術的な更新に影響を与えた。同様の軍産複合体はドイツ日本、米国でもすぐに形成された。

この頃の軍産複合体における代表的人物はアルフレート・クルップサミュエル・コルトウィリアム・アームストロングジョセフ・ホイットワースホーレス・スミスと“ダン”ダニエル・ウェッソンスミス&ウェッソン)、第一次大戦の父と言われたバジル・ザハロフなどである。

19世紀後半から20世紀初期の米国では、アンドリュー・カーネギーヘンリー・フォードといった産業界の指導者の多くは「反軍備」「反戦争」の立場であり、産業としての軍備は小さなものであった[4]

第二次世界大戦まで[編集]

1914年からの第一次世界大戦によって世界中の軍需産業が勃興し、特に米国では国内労働力の25%が軍需関連産業に従事するようになり、一時的な経済活況を呈した。1918年の戦争終結によって米国の国内経済は一転して不況となり、やがて1929年の米国発の世界恐慌の遠因となった。世界恐慌によってもたらされた米国の不況はルーズベルト大統領によるニューディール政策によっても本質的には解消されず、第二次世界大戦へ参戦することで第一次世界大戦の時と同様の戦争特需での景気回復が得られた。この2度の戦争の過程で、「雇用確保」「価格の安定」「民間企業の参加」という軍需産業の利点が関係者に理解されていった。

米ソ冷戦時代[編集]

第二次世界大戦後の1950年、トルーマン政権下でソビエトの拡張主義に対抗する必要性を説く現在の危機委員会(The Committee on the Present Danger, CPD)が設立された。設立メンバーであった、ディーン・アチソン国務長官(Dean Acheson)、国務省政策立案担当高官のポール・ニッツェ(Paul Nitze)のほかにも、金融家で米大統領の経済顧問を2度努めたバーナード・バルーチ、ジョン・ロックフェラー2世(1世の息子)、ニューヨークタイムズのジュリウス・オクス・アドラー、GMのアルフレッド・スローンなどが所属していた。この組織の働きかけで、米国のGDPに占める軍事費の割合は、1947年の4%から1950年代には8%から10%へと増額され続けた。

軍産複合体に対する政治的な支持を維持することは、政治的エリートにとっては試練となった。1977年にはベトナム戦争ウォーターゲート事件の後でジミー・カーター大統領は歴史家のマイケル・シェリーが呼ぶところの「アメリカの軍国主義化された過去を壊す決意」[5]を持って職に臨んだがうまくいかず、再選にも失敗した。いわゆる「レーガン革命」は軍産複合体の優位性を建て直した。ジョージ・メイソン大学のヒュー・ヘクロが呼ぶところの「防衛官僚により聖別されたアメリカの展望」でロナルド・レーガンは、1980年代から共和党の合い言葉になり民主党の大半も同様だったやり方で、国家と国家の安全の状態をプロテスタントの契約神学の覆いの下に隠した。なお、ソ連で軍産複合体を代表する人物は長く国防相をつとめたドミトリー・ウスチノフである。

ポスト冷戦時代[編集]

第41代および第43代米国大統領を生み出したブッシュ家は、軍産複合体を生業としてきた。第43代米大統領の曽祖父のサミュエル・ブッシュはオハイオ州で兵器を製造していたバッキー・スティール・キャスティング社を経営していて、1917年からはワシントンの連邦軍需産業委員会の小火器・弾薬・兵站部門の委員となった。祖父のプレスコット・ブッシュは東京大空襲で大量に使用された焼夷弾である集束焼夷弾E46の製造を行なっていたドレッサー・インダストリーズ社に関与し、戦後は上院議員もつとめている。第41代米大統領はこのド社の石油部門で働いていた。その後、第41代米大統領はCIA長官、副大統領、大統領時代において、海外との兵器貿易を押し進めており、副大統領時代にはイラン・コントラ事件が起きている。

冷戦終了後の1990年代には米国の兵器メーカーによる議会工作の方法が高度化した。まず、軍需産業によるタカ派シンクタンクへの献金によって仮想敵国の軍事的脅威が強調された報告書が作成され、高額な報酬を受け取るロビイストによって国防関係の議員達にさまざまな働きかけが成される。1997年だけでもロビー活動費として5,000万ドルが費やされ、870万ドルが1998年にかけての選挙資金として提供されたと見積られている。地元での防衛産業に関わる有権者の票と共に、こういった業界からの資金提供が議員達の政治判断に影響するようになっていった。レーガン政権時代には、実現性が無いとする多くの反対を押し切って、「スターウォーズ計画」とも呼ばれた「SDI計画」が550億ドルの巨費を投じて進められ、15年間の計画は終了した。この計画が失敗であったかどうかの意見は分かれるが、先進的な軍事技術を生み出しながらも具体的な兵器は一切完成しなかった[4]

1990年代にホワイトハウスが「ならず者国家」と名指ししていた「イラン」「イラク」「北朝鮮」の3カ国の他に、「スーダン」「シリア」「キューバ」といった反米国家のすべての軍事費を合計しても米国1国だけで19倍程度の軍事費を毎年費やしてきた。[6]さらに、2001年の9・11同時多発テロによって、イスラム過激派に対する対テロ戦争と言う名目は米国の軍事費を前年に比べ326億ドル増額させることに成功し、国防総省の総予算は3,750億ドルにまでなった。しかし、これらは主に駐留経費の増額であり、艦船や航空機などの大口の受注はむしろ減額されているという指摘もある。

「対テロ戦争」における実際の軍事行動は、敵対勢力への積極的な海外派兵によって行なわれ、兵器の使用に伴って大きな軍需物資の需要が生み出されている。特にアフガニスタンとイラクでは、主戦闘以外のあらゆる侵攻作戦上の業務を米国の民間会社へと委託する方式(民間軍事会社)を生み出すことで、従来のように遠く離れた母国から武器などの物の販売によって利益を得るのではなく、戦争や紛争が起きている現場での労働力の提供による利益を追求するといった、戦争そのものが新たな産業として確立しつつある。

「対テロ戦争」とは直接関係が無い、弾道ミサイル防衛に関しても対テロによって減額されることなく、米レイセオン社のような企業によって開発と配備が進められており、米国やカナダだけでなく、欧州と日本への配備も進展しつつある。同様に、F-22「ラプター」戦闘機や「ジョージ・H・W・ブッシュ」、「ジェラルド・R・フォード」原子力空母といった通常戦争用の新型兵器の開発と配備の計画も進展している。

21世紀になると、軍産複合体という概念は世界でも突出して大きな軍事産業を持つ米国に関して言及されることが多くなった。米国経済の軍事費及び軍事産業への依存度を推定することは難しい。それは明らかに莫大であり、彼らの地区に影響を及ぼす防衛費の削減に議員は激しく抵抗する。ワシントン州ではある経済学者は2002年に西部ワシントンで直接、間接に防御産業を除いた軍事施設単独で166,000人の仕事或は約15%の労働人口が依存していると見積もった。ワシントン州で2001会計年度で防衛予算から総額約70億6000万ドルの給与、年金、調達費が支払われた。この額はワシントン州が全米で7位である。米国の防衛研究費だけでもGDPの1.2%に上る。

米国の軍産複合体[編集]

協力体制[編集]

地元労働者の支持

ロッキード社、ボーイング社、レイセオン社といった巨大兵器メーカーは全米で多くの工場を持ち、また、陸海空海兵隊、四軍の基地はそれぞれの地元にとって他に代わりのない有力な就職先となるなど、地元の雇用とアメリカ議会議員の選挙時の支持票とが密接に結びついているために、工場閉鎖や基地閉鎖などは、たとえそれが合理的な理由によって本当に必要と考えられても議員にとっては最大限に避けられる要素となる。

献金

巨大軍需企業は、自社の製品やサービスが国防予算内に有利な条件で組み込まれることを望むため、シンクタンクやロビーストを通じてアメリカ議会議員にさまざまな働きかけを行っている。また同時に、これらの企業から合法や違法の献金が議員の政治活動資金として支払われる。

輸出産業

米国製兵器は、映画や一部のコンピュータ関連製品、航空機、農産物と並んで、有力な輸出商品である。このため、米国国民の強い武器に対する愛着と誇りも手伝って、輸出を前提とする産業構造に何らの疑問も抱かれないのが大勢である[4]

イスラエル・ロビー[編集]

イスラエルは国家成立のときから、いわゆる中東戦争で周辺イスラム諸国と戦争を続け、欧米に居住するユダヤ系市民の支援だけでなく、アメリカの多大な軍事援助を受けてきた。2009年時点でアメリカはほぼ唯一の軍事援助国であり、かつアメリカの軍事援助国ではイスラエルが最大のものとなった(イラク・アフガニスタンを除く)。イスラエル自体も国家経済において軍事産業が主要経済となり、アメリカと同様に軍産複合体の様相を呈している。このような条件下にあって、イスラエルはパレスチナ問題での自身の立場の擁護だけでなく、アメリカの巨額な軍事援助の継続を維持するために、ユダヤ系市民が有力なアメリカ言論界の支援とともに、活発な対議会工作(ロビー活動)を行っている。

JINSA(Jewish Institute for National Security Affairs、国家安全保障問題ユダヤ研究所)と呼ばれる米国の団体は、米国とイスラエルの間での戦略的・軍事的な協力関係を促進することを目的に1974年に設立され、シンクタンクを核として、ロビー活動や多数の米イの軍関係者の間の交流会、広報誌の発行を行なうなど、現在も積極的に活動している。2004年には2万人以上のメンバーがいると見積もられている。

AIPACアメリカ・イスラエル公共問題委員会)が、イスラエルにとって有利な政策をとるように米国政府や議会に働きかけることを中心に活動しているのに対して、JINSAは米イの軍事関係者と軍需産業関係者の間での関係強化を目的として活動している。

JINSAは米軍の退役軍人がイスラエルを訪問しやすいように毎年研究渡航の費用を提供したり、米国防省の官僚と在米イスラエル指導者層との交流会を企画したりしている。地中海・中東地域でのイスラエルの存在が米国にとっての民主主義的な価値観に沿ったものとなっている事を、米国民にアピールしており、イスラエルの中東地域でのプレゼンスが米国の国防上も有益であると宣伝している。こういった長年の努力の結果、米国は全対外援助の6分の1をイスラエルの軍需産業に経済援助している。

JINSAは米国内でイラク戦争を最も強く推進した団体である。JINSAの顧問のリチャード・パールは開戦時の国防政策委員会のメンバーであったし、ディック・チェイニー副大統領やジョン・ボルトン国連大使、ダグラス・ファイス国防次官もJINSAの顧問である[4]

中東問題での立場[編集]

21世紀初頭での米国の軍需産業にとって中東地域に関しては、大きく2つの点で反イスラム勢力の立場のそれもイランに対抗する立場をとることが自己の経済的利益に結びつく構図となっている。1つは、冷戦崩壊後の国際社会の平和安定化が進展することを防ぎ、軍需産業にとっては適度に不安定化することで「イスラムへの脅威論」が現実味を持つことである。テロや軍事的な脅威が現実となるほど、軍需産業は国内国外への販売増加が見込める。もう1つは、反イスラムの立場であればユダヤ教の国であるイスラエルやキリスト教が多いEU諸国への販売がさらに容易になることである。イスラム教徒が政治に発言力を持つインドネシアや一部の中東の国々は、それほど大きな経済力を備えておらず市場としては優先できない規模である。サウジアラビア、バーレーン、オマーン、ヨルダン、UAEのような豊かな親米国家には、米国製の兵器の販売が行なわれている。また、経済的な視点とは別に、JINSA、ネオコン、キリスト教右派、先進戦略政治研究所(IASPS)、安全保障政策センター(Center for Security Policy, CSP)、アメリカシオニスト機構(Zionist Organization of America, ZOA)といった勢力からのイデオロギー的な強い働きかけも米軍需産業の行動に影響していると見積もられる[4]

脚註・出典[編集]

  1. ^ アイゼンハワー退任演説 英語原文ビデオ日本語訳
  2. ^ DeGroot, Gerard J. Blighty: British Society in the Era of the Great War, 144, London & New York: Longman, 1996, ISBN 0-582-06138-5
  3. ^ Griffin, Charles "New Light on Eisenhower's Farewell Address," in Presidential Studies Quarterly 22 (Summer 1992): 469-479
  4. ^ a b c d e 宮田律著 『軍産複合体のアメリカ』 2006年12月15日第1刷発行 ISBN 4862280099
  5. ^ In the Shadow of War: The United States since the 1930s, New Haven & London: Yale University Press, 1995, p.342
  6. ^ クリントン政権のオルブライト国務長官は上記に「リビア」を加えて22倍であると認めたことがある。

関連項目[編集]

関連文献[編集]

  • セイモア・メルマン『ペンタゴン・キャピタリズム―軍産複合から国家経営体へ』(朝日新聞社、1972年)
  • バークレー・ライス『これが!!産軍複合体だ―裸にされたC5Aスキャンダル』(時事通信社、1972年)
  • 小原敬士編『アメリカ軍産複合体の研究』(日本国際問題研究所、1971年)
  • 石川博友『巨大システム産業―アメリカの産軍複合体企業』(中公新書、1970年)
  • 産軍複合体研究会『アメリカの核軍拡と産軍複合体』(新日本出版社、1988年)ISBN 440601599X
  • 畑野勇『近代日本の軍産学複合体―海軍・重工業界・大学』(創文社、2005年)ISBN 4423710633
  • 宮田律『軍産複合体のアメリカ―戦争をやめられない理由』(青灯社、2006年) ISBN 4862280099

参考文献[編集]

  • 防衛大学校・防衛学研究会『軍事学入門』かや書房
  • 松井茂『世界軍事学講座』新潮社
  • アーサー・シュレジンガー『アメリカ大統領の戦争』岩波書店。
  • ウィリアム・ハートゥング『ブッシュの戦争株式会社』阪急コミュニケーションズ。
  • デイナ・プリースト『終わりなきアメリカ帝国の戦争―戦争と平和を操る米軍の世界戦略』アスペクト。
  • ジョージ・フリードマン『新・世界戦争論―アメリカは、なぜ戦うのか』日本経済新聞社。
  • ダグラス・ラミス『なぜアメリカはこんなに戦争をするのか』晶文社。
  • ジョエル・アンドレアス『戦争中毒―アメリカが軍国主義を脱け出せない本当の理由』合同出版。
  • 高木徹『ドキュメント戦争広告代理店 情報操作とボスニア紛争』講談社
  • P・W・シンガー『戦争請負会社』NHK出版
  • 菅原出『外注される戦争』草思社
  • 広瀬隆『アメリカの経済支配者たち』集英社。
  • 広瀬隆『アメリカの巨大軍需産業』集英社。
  • 広瀬隆『世界石油戦争―燃えあがる歴史のパイプライン』NHK出版。
  • 広瀬隆『世界金融戦争―謀略うずまくウォール街』NHK出版。
  • 広瀬隆『一本の鎖―地球の運命を握る者たち』ダイヤモンド社。
  • 道下徳成長尾雄一郎石津朋之加藤朗『現代戦略論―戦争は政治の手段か』勁草書房
  • 道下徳成、吉崎知典・長尾雄一郎、加藤朗『『戦争―その展開と抑制』勁草書房
  • 加藤朗『テロ―現代暴力論』中央公論新社
  • 石津朋之編『戦争の本質と軍事力の諸相』彩流社
  • ディフェンスリサーチセンター『軍事データで読む日本と世界の安全保障』草思社
  • ゴードン・クレイグアレキサンダー・ジョージ『軍事力と現代外交―歴史と理論で学ぶ平和の条件』有斐閣
  • 佐瀬昌盛『集団的自衛権―論争のために』PHP研究所
  • 森本敏『安全保障論―21世紀世界の危機管理』PHP研究所
  • 納家政嗣『国際紛争と予防外交』有斐閣
  • 森本敏、横田洋三『予防外交』国際書院
  • ヨハン・ガルトゥング『ガルトゥング平和学入門』法律文化社
  • ヨハン・ガルトゥング『平和を創る発想術 紛争から和解へ』岩波書店
  • ジェイムズ・ダニガン、ウィリアム・マーテル『戦争回避のテクノロジー』河北書房新社
  • 猪口邦子『戦争と平和』東京大学出版会
  • 山田満『平和構築とは何か―紛争地域の再生のために』平凡社