足長手長

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歌川国芳 『浅草奥山生人形』
和漢三才図会の長脚(右)と長臂(左)
水木しげるロードに所在する「足長手長」の像

足長手長(あしながてなが)は、九州に伝わる妖怪。1種のみの妖怪ではなく、足長人(あしながじん)と手長人(てながじん)の2種の総称である。江戸時代の百科事典『和漢三才図会』などに記載されている。

概要[編集]

足長人は「足長国」の住民、手長人は「手長国」の住民。その名の通り、それぞれ脚と手の長さが体格に比較して非常に長いとされる。海で漁をする際には、常に足長人と手長人の1人ずつの組み合わせで海へ出て、足長人が手長人を背負い、手長人が獲物を捕らえるという。

『和漢三才図会』では足長は長脚(あしなが)、手長は長臂(ちょうひ)とされ、それぞれ脚の長さが3丈、腕の長さが2丈とある。

江戸時代に書かれた松浦静山による随筆『甲子夜話』(巻之二十六)には、平戸のある武士が月の綺麗な夜に海で夜釣りをしていたところ、九尺(約2.7メートル)もの脚を持つ者が海辺をさまよっており、ほどなく天候が急転して土砂降りに遭ったという逸話が語られている。その者の従者の語るところによれば、それは足長(あしなが)と呼ばれる妖怪で、足長が出没すると必ず天気が変わるとされている。

取扱われている作品[編集]

風来山人(平賀源内)の戯作『風流志道軒伝』(巻四)には足長と手長が登場している。挿絵にも描かれており、そこでもやはり足長人が手長人を背負っている[1]。また、葛飾北斎歌川国芳河鍋暁斎といった画家が戯画などに描いているほか、都市部などで興業がおこなわれていた生人形(いきにんぎょう)の題材としても取り扱われ、製作されていた(画像参照)。

葛飾北斎北斎漫画
第3編(1815年)に描かれている[2]
河鍋暁斎「柿の曲食」
錦絵による戯画組み物『暁斎百図』(1863年1866年)中の1枚「の曲食」に足長と手長が描かれている[3]

脚注[編集]

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  1. ^ 塚本哲三 校訂『平賀源内集』有朋堂書店 1922年 314-318頁
  2. ^ 永田生慈監修解説 『北斎漫画』1 岩崎美術社 1986年 ISBN 4-7534-1251-2 152-153頁 長脚、長臂の名が書かれている
  3. ^ 吉田漱 監修 及川茂, 山口静一 編著 『暁斎の戯画』 東京書籍 1992年 ISBN 4-487-79073-5 96頁

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]