赤阪鐵工所
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| 種類 | 株式会社 | ||
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| 市場情報 |
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| 本社所在地 | 〒100-0006 東京都千代田区有楽町一丁目7番1号 |
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| 電話番号 | 03-6860-9081 | ||
| 設立 | 1934年12月26日 | ||
| 業種 | 機械 | ||
| 事業内容 | 船舶用ディーゼル機関 | ||
| 代表者 | 赤阪全七(代表取締役社長) | ||
| 資本金 | 15億1,000万円 | ||
| 売上高 | 単体131億5,037万円(2007年3月期) | ||
| 従業員数 | 380名(2007年3月31日現在) | ||
| 決算期 | 3月31日 | ||
| 関係する人物 | 赤阪音七(創業者) | ||
| 外部リンク | http://www.akasaka-diesel.jp/ | ||
株式会社 赤阪鐵工所(あかさかてっこうしょ)は、静岡県焼津市に工場を置く、日本の船舶用ディーゼル機関のメーカーである。
目次 |
[編集] 概要
[編集] 事業内容
- 船舶用ディーゼル機関の製造販売
- 諸機械器具の製造販売
[編集] 営業品目
- 一般貨客船・漁船用主機関、船内補助機関、動力・発電用各種ディーゼル機関の製造販売及び修理
- 舶用機器及び海洋観測機器の設計、製造販売並びに賃貸
- 産業機械、土木・建設機械、運搬・輸送機器の設計、製造販売並びに賃貸
- 公害防止機器の設計、製造、施工、販売
- 衛星利用測定装置、天体観測用機器の設計、製造販売
- 鋳造品(普通鋳鉄、ダクタイル鋳鉄)、鍛鋼製品の製造販売
- 動産・不動産の賃貸並びに管理
- (出典:株式会社赤阪鐵工所のホームページを引用)
[編集] 沿革
- 1909年(明治42) - 創業者 赤阪音七が、焼津港の漁船の動力化及びその修繕のため、焼津漁業協同組合購買部に迎えらる。
- 1910年(明治43) - 焼津生産組合の修繕工場を購入し、個人経営の赤阪鐵工所を設立。
- 1934年(昭和9) - 株式会社赤阪鐵工所を組織。初代社長に赤阪音七が就任。
- 1937年(昭和12) - 漁船の高出力化により、焼玉エンジンからディーゼルエンジンの製造に移行。
- 1942年(昭和17) - 駿陽鋳造株式会社を合併統合し、赤阪鐵工所の鋳造工場とする。
- 1945年(昭和20) - 太平洋戦争後、軍需工場としての事業から脱却。漁船をはじめ 一般船舶の高出力機関の開発を続ける。
- 1954年(昭和29) - 900馬力過給器付のエンジンを開発。
- 1960年(昭和35) - 三菱重工業のライセンスにより、大型の2ストロークディーゼルエンジンの製造販売を開始。
- 1967年(昭和42) - UHS型1,000馬力エンジン完成。日本で初めて4ストロークエンジンの小型高出力化に成功。
- 1973年(昭和48) - 第一次オイルショック。省エネルギーへの対応が大きな課題となる。
- 1976年(昭和51) - 省エネに対応した2弁式のディーゼル機関 DMシリーズを発表。
- 1980年(昭和55) - 漁業不振が続き、事業の多角化を図る。これ以降、立体駐車機、トンネル掘削機、GPS自動操舵システムの開発などに着手。
- 1996年(平成8) - 国際標準化機構ISO9001・NK品質システムの認証を取得。
- 2002年(平成14) - 環境対応と高経済性を実現したディーゼル機関 AXシリーズを発表。
- 2005年(平成15) - 豊田工場内にセンタービル完成。
[編集] 業績
焼津港の漁船の動力化を推進することで、焼津漁港が東洋一の遠洋漁業の基地となった。 また、漁船の動力化を全国に普及させることによって、日本独自の海洋文化を創設することとなる。
[編集] こだわり
[編集] 社名
赤阪‘鐵工’所の‘鐵’という字にこだわりを見せた。‘鉄’という字は、金を失うということで嫌った。
[編集] 品質
「決して、船主や乗組員に迷惑をかけるような機械をつくってはならない。」という創業者の理念に従い、創業当初から品質にこだわりを見せた。 赤阪式ディーゼル機関を搭載させた船舶には創業者自ら或いは社員が乗り込み、徹底したデーターを採った。そうした姿勢が舶用動力機関メーカーとしての信頼を勝ち得た。 このように、はやくから品質管理活動を取り入れ、地域産業のモデルとなる。

