赤崎勇

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本来の表記は「赤﨑勇」です。この記事に付けられた題名は記事名の制約から不正確なものとなっています。
赤﨑 勇
人物情報
生誕 1929年1月30日(85歳)
鹿児島県川辺郡知覧村
(現・南九州市
国籍 日本の旗 日本
出身校 京都大学理学部化学科
名古屋大学工学博士
学問
研究分野 半導体工学
化学工学
研究機関 名古屋大学
名城大学
博士課程
指導学生
天野浩小出康夫
主な業績 高輝度青色発光ダイオード(青色LED)開発
影響を
受けた人物
榊米一郎早川幸男
主な受賞歴 紫綬褒章(1996年)
京都賞先端技術部門(2009年)
エジソンメダル(2011年)
文化勲章(2011年)
日本学士院賞恩賜賞(2014年)
ノーベル物理学賞(2014年)
プロジェクト:人物伝
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ノーベル賞受賞者 ノーベル賞
受賞年:2014年
受賞部門:ノーベル物理学賞
受賞理由:高輝度で省電力の白色光源を可能にした青色発光ダイオードの発明

赤﨑 勇(あかさき いさむ、1929年1月30日 - )は、日本工学者化学工学)。学位工学博士名古屋大学)。名城大学大学院理工学研究科終身教授、名城大学窒化物半導体基盤技術研究センター長、名古屋大学特別教授・名誉教授、名古屋大学赤﨑記念研究センターリサーチ・フェロー、文化功労者。「赤﨑」の「﨑」は山偏に竒(いわゆる「たつさき」)であるが、JIS X 0208に収録されていない文字のため、赤崎 勇と表記されることも多い。

松下電器産業株式会社東京研究所基礎第4研究室室長、松下技研株式会社半導体部長、名古屋大学工学部教授などを歴任した。

概要[編集]

鹿児島県出身の化学工学者である。窒化ガリウム結晶化についての研究が知られており、この知見はのちに青色発光ダイオード開発に繋がることになった。これらの業績により、日本学士院賞恩賜賞など各賞を受賞し、2014年度には天野浩中村修二と共にノーベル物理学賞を受賞した[1]。また、栄典として文化勲章を受章しており、文化功労者にも選ばれている。

来歴[編集]

生い立ち[編集]

鹿児島県川辺郡知覧村(のちの知覧町、現・南九州市[2]出身。幼少期に鹿児島市の上町地区に移り鹿児島市立大龍小学校、鹿児島県立第二鹿児島中学校(現・鹿児島県立甲南高等学校[3]から旧制第七高等学校(現・国立鹿児島大学)を経て京都大学理学部化学科卒業。

中学時代は学徒勤労動員のため、2年次終わりから鹿児島市内の工場に勤務、3年次からは鹿屋海軍航空隊での掩体壕作り、4年次からは佐世保海軍工廠での作業に従事し、3年間程度しか授業を受けることができなかった。1945年6月に陸軍航空士官学校受験準備のため帰郷した鹿児島市で、アメリカ軍による空襲及び至近距離からの無差別銃撃に遭ったものの、わずか50センチメートルほど銃弾が逸れるなどして、一命を取り留めた。

研究者として[編集]

京都大学卒業後、神戸工業(現富士通テン)に入社して、明石市の大久保製作所でブラウン管の開発に従事。その後上司の有住徹弥真空管部長が名古屋大学工学部電子工学科に転出したのにともない、有住研究室の助手に誘われる。当初断ったものの、強引に勧誘され、1959年から5年間新設の名古屋大学有住研究室での学究生活に入って助手、講師、助教授を務めた。大学に残ることができるような器ではないと考えていたこともあり、1964年からは新設の松下電器産業東京研究所に移って、基礎第4研究室長や松下技研株式会社半導体部長を務めた。1981年より1992年まで名古屋大学工学部電子工学科教授を務め研究室を開設。最初の指導学生が天野浩名古屋大学教授だった。

1992年に名古屋大学を定年退官。その後は名城大学教授に就任し、現在は名城大学終身教授、名古屋大学特別教授を務める。

窒化ガリウム (GaN) の結晶化に関する技術を開発し、世界初の高輝度青色発光ダイオード(青色LED)を実現させたことで有名である。青色LED関連の特許料を建設費の一部に用いて、名古屋大学東山キャンパス内に赤﨑記念研究館が建設され、2006年10月20日に開館した[4]

現職[編集]

略歴[編集]

  • 1946年 鹿児島県立第二鹿児島中学校卒業(40回)。
  • 1952年 京都大学理学部化学科を卒業し、神戸工業(現富士通テン)に入社(明石市・大久保製作所配属)
  • 1959年 名古屋大学工学部電子工学科半導体工学講座助手(有住徹弥研究室)
    • 名古屋大学工学部電子工学科半導体工学講座講師(有住徹弥研究室)
  • 1964年 名古屋大学工学部電子工学科半導体工学講座助教授(有住徹弥研究室)、名古屋大学工学博士
  • 1964年 松下電器産業東京研究所(1971年から松下技研株式会社に変更)基礎第4研究室長に就任
    • 松下技研株式会社半導体部長
  • 1981年 松下技研株式会社を退社し名古屋大学工学部電子工学科半導体工学講座教授に就任
  • 1987年 新技術開発事業団「GaN系青色発光ダイオード」研究開発責任者(豊田合成産学連携)、財団法人名古屋産業科学研究所理事
  • 1988年 日本電信電話株式会社研究開発本部技術顧問
  • 1992年 名古屋大学を定年退官し、同大名誉教授、名城大学理工学部教授に就任
  • 1995年 北海道大学量子界面エレクトロニクス研究センター客員教授
  • 1996年 文部省「名城大学ハイテク・リサーチ・センター」代表研究者、日本学術振興会「未来開拓学術研究推進事業」プロジェクトリーダー
  • 1998年 日本フィンランドセンター理事
  • 2001年 名城大学理工学部特任教授、名古屋大学赤﨑記念研究センターリサーチ・フェロー
  • 2002年 独立行政法人科学技術振興機構参与
  • 2004年 名城大学窒化物半導体研究センター長、名古屋大学特別教授
  • 2010年 名城大学大学院理工学研究科電気電子・情報・材料工学専攻終身教授
  • 2011年 名城大学窒化物半導体基盤技術研究センター長

主な業績[編集]

  • 低温堆積緩衝層技術による高品質GaN結晶の作製に成功(1986年
  • p型GaNの結晶化に成功し、GaNのpn接合による青色発光ダイオードを実現(1989年
  • GaNからの室温における紫外光誘導放出に成功(1990年
  • GaN/GalnN量子井戸電流注入誘導放出の観測に成功(1995年

受賞歴[編集]

栄典[編集]

著書・編著[編集]

  • 電気・電子材料(1985年9月、朝倉書店
  • III-V族化合物半導体(1994年5月、培風館
  • 青色発光デバイスの魅力―広汎な応用分野を開く(1997年4月、工業調査会
  • III族窒化物半導体(1999年12月、培風館)
  • 青い光に魅せられて 青色LED開発物語(2013年3月、日本経済新聞出版社)

参考資料[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b ノーベル物理学賞に赤崎、中村、天野の3氏 青色LED開発 産経新聞 2014年10月7日閲覧
  2. ^ The Nobel Prize in Physics 2014
  3. ^ 『赤崎氏ノーベル賞 愚直に「噛んつけ」 不屈の探究心輝く(荒野を行く - 赤崎勇物語 - <下>)』 南日本新聞2014年10月9日付 23面
  4. ^ 赤﨑記念研究館
  5. ^ 中日文化賞:第41回-第50回受賞者”. 中日新聞. 2009年10月26日閲覧。
  6. ^ 朝日賞:過去の受賞者”. 朝日新聞. 2009年11月4日閲覧。
  7. ^ 赤﨑勇教授に日本人2人目のエジソン賞名城大学プレスリリース
    赤崎勇氏にエジソン賞=日本2人目、青色LEDで貢献時事通信

外部リンク[編集]