質量欠損

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質量欠損(しつりょうけっそん、: mass defect[1])とは、原子核質量とそれを構成する核子が自由な状態にあったときに観測される質量の和との差である。原子核の結合エネルギーの大きさを質量の単位で表したものである。原子核反応に伴うエネルギー放出の大きさを計算したり、原子核の安定性を議論したりする際などに用いられる。単位は MeV/c² などで示される。

結合エネルギーによって質量が増減するのは、原子核だけに限らず化学反応等でも生じる。さらには結合エネルギーに限った話ではなく、あらゆるエネルギーの生成や消費に伴い質量は増減する。しかしながら原子核の場合には全体の質量に対する増減の割合が大きいために特に重要とされる。

定義[編集]

ある核種について、その原子核の質量をM、質量数をA、原子番号をZとし、単体の陽子および中性子の質量をそれぞれMp、Mnとしたときに、質量欠損Bは、 B = M_{P}Z + M_{n} ( A - Z ) - M である。

質量欠損の起源[編集]

自由な陽子と中性子を融合させると、その結合エネルギーに相当する約2.2MeVのガンマ線を放出することが知られている。一方、重水素の原子核(重陽子)の質量を測定すると、陽子と中性子がそれぞれ別々に存在するときに観測される質量の和よりも約2.2MeV/c²だけ軽い値となる。アインシュタイン特殊相対性理論によれば、質量とエネルギーは等価であり、E=mc²の関係が存在する。質量欠損は原子核の結合エネルギーが質量の減少という形で観測されるものであると考えられており、実際の測定結果も非常に良い一致を見せている。原子核の結合エネルギーの大きさは、質量公式によって説明される。

Bethe-Weizsäckerの質量公式[編集]

原子核の結合エネルギーの大きさは、原子核どうしの間に働く核力、陽子同士に働くクーロン反発力、その他量子力学的な効果によって決まる。これらに関して、液滴模型と安定同位体近辺の原子核に関する実験結果から求めた半実験式として、Bethe-Weizsaeckerの質量公式と言うものが良く知られている。質量公式に寄れば、原子核の全結合エネルギーBは、原子核の質量数をA、原子番号をZとして、 B = a_{V}A-a_{S}A^{\frac{2}{3}} - a_{C}Z^{2}A^{-\frac{1}{3}} - a_{A}\left( \frac{A}{2}-Z \right)^{2} A^{-1} - \delta(A,Z) である。ただし、aV,aS,aC,aA はそれぞれ定数で、安定核付近の原子核による実験結果から次のようになる、 \left\{\begin{matrix} a_{V}=15.56 \mathrm{MeV} \\ a_{S}=17.23 \mathrm{MeV} \\  a_{C}=0.700 \mathrm{MeV} \\ a_{A}=23.29 \mathrm{MeV} \end{matrix}\right.

第一項および第二項は、核力による結合エネルギーを示している。

核力は近接作用であり、ある核子の感じる核力のポテンシャルは、その核子と最も近い位置にある核子の影響しか受けないと考えられる。このため、ある程度以上大きな原子核においては、核子あたりの結合エネルギーの大きさはほぼ一定となり、そのことをあらわしているのが第一項である。大きな原子核に含まれる原子核の数は大雑把には原子核の体積に比例することから、体積項と呼ばれる。

第二項はそれに対する補正として、表面に存在する核子は、それ以上外側に核子が存在しないことによって、感じる核力の大きさが異なるので、その分を補正するための項である。原子核の表面積に相当する量に比例した分だけ結合エネルギーを損することを示しており、表面項と呼ばれる。

体積項は質量数に比例し、表面項は質量数の2/3乗に比例することから、核子あたりの核力による結合エネルギーは大きな原子核ほど大きくなることが判る。

第三項は、原子核に含まれる陽子の持つ正の電荷どうしの間で生ずるクーロン反発力に起因する項である。クーロン力は陽子の数が多い原子核ほど急速に大きくなる。このため質量数がある程度以上大きい原子核は安定して存在することは出来ない。鉛より重い安定原子核が存在せず、ウランやプルトニウムよりも重い元素が地球上に天然には存在しないのはこのためである。

第四項は、おなじ質量数の原子核ならば、その中に含まれる陽子と中性子の数が異なっているよりも、同数に近いほうが安定であることを示している。軽い原子核において、安定同位体の陽子:中性子比が1に近い値となるのはこの効果のためである。より重い原子核では中性子過多の核が安定となるが、陽子が多いとクーロン反発力により結合エネルギーを損するためである。この効果は、核子がフェルミ粒子であることに起因している。フェルミ粒子は、複数の粒子がまったくおなじ量子状態を取ることが出来ないので、同種の粒子の数が多くなると、よりエネルギーが高い状態の粒子が存在するようになるためである。

第五項は、同種の粒子同士もペアを組むことによってより安定となることを示す項である。陽子数、中性子数がともに偶数のときに最も安定となり、ともに奇数の場合に最も不安定となる。

\delta (A,Z)=\left\{\begin{matrix} a_{p}A^{-\frac{3}{4}}, \\0, \\-a_{p}A^{-\frac{3}{4}}, \end{matrix}\right.

a_{P}=33.50 \mathrm{MeV}

ハイゼンベルクの谷[編集]

縦方向を陽子数、横方向を中性子数、高さ方向を核子あたりの結合エネルギーの正負を反転したものにとって三次元のグラフにすると、安定同位体に沿って谷状の形状を示す。これをハイゼンベルクの谷と呼んでいる。核図表も参照。

原子核の安定性と質量欠損[編集]

ある原子核が安定であるかどうかと言うことを考える際に、質量欠損を用いて議論することが出来る。

原子核崩壊に対する安定性[編集]

ここでは例としてある原子核がアルファ崩壊に対して安定であるかどうかと言うことを質量欠損を用いて考えてみる。

アルファ崩壊は、原子核がアルファ粒子ヘリウム原子核)を放出して、原子番号が2、質量数が4だけ少ない原子核に変換する反応である。この反応が起こるためには、アルファ粒子を放出するだけのエネルギーをどこかから持ってこなければならない。通常この反応が起こるのは、元の原子核(親核などと呼ばれる)の質量欠損が、崩壊した後の核種(娘核と呼ぶ)の質量欠損とヘリウム原子核の質量欠損をたしたものよりも小さい場合に限られる。質量欠損の差により生じる余剰なエネルギーこそがアルファ崩壊を起こす源なのである。とはいっても、原子核の崩壊を引き起こすためには、通常かなり高いポテンシャル障壁を超えなければならないので、アルファ崩壊に対して不安定な核種だからと言って直ちに崩壊すると言うことは無い。ある確率によっておこるトンネル効果でポテンシャル障壁をすり抜けた場合のみ崩壊が起こるので、一般にアルファ崩壊が起こるのにはかなり長い時間がかかり、半減期が数万年から億年以上と言う核種も少なくない。

上記の議論は原子力発電原子爆弾などで利用されている原子核分裂の場合も同様に考えることが出来る。アルファ崩壊の場合には、分裂後の片方の原子核がヘリウム原子核に固定されていたが、原子核分裂では、分裂によって生じる核がそれに限らず、またいくつかの自由な中性子なども同時に生じると言う点が異なるだけである。また、ベータ崩壊やベータプラス崩壊、軌道電子捕獲などの他の原子核崩壊の場合にも基本的には同様である。ただし、それらは原子核のほかに電子もかかわる反応であるから、電子の質量分のエネルギーも考慮に入れなければならない。

自然界に存在する原子核は、ほぼ基底状態(その核種の採りうるエネルギー状態のうちで最もエネルギーが小さい=質量欠損が大きく安定な状態)で存在する。ごく稀に放射線などの影響で励起状態(基底状態よりもエネルギーが大きい状態。外からエネルギーを加えることによって生ずる。)になることがあってもガンマ崩壊(原子核がガンマ線を放出してよりエネルギーの低い状態に移行すること。)によって、直ちに基底状態に移行する。とはいっても励起状態は通常よりも原子核の持つエネルギーが大きい状態であるから、その分だけ質量欠損は減少した状態である。したがって励起状態の核が、上記のアルファ崩壊等を起こす条件を満たしていると、ある確率で原子核崩壊が起こり、核種が変換することがある。

質量偏差[編集]

中性原子の重さから、その原子の質量数Aの原子質量単位倍を引いたものを質量偏差(しつりょうへんさ)と呼ぶ。あるいは、電子の質量および束縛エネルギーを含まない形として、原子核の重さから原子核の質量数の原子質量単位倍を引いたものをさす場合もある。また、質量偏差の値を質量数Aで割ったものを比質量偏差と呼ぶ。

質量偏差の正負を反転したものは、質量超過(しつりょうちょうか)と呼ばれる量である。

文献等によっては、質量偏差の意味で質量欠損という言葉を用いていることもある。

脚注[編集]

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  1. ^ 文部省日本物理学会編 『学術用語集 物理学編』 培風館1990年ISBN 4-563-02195-4

関連項目[編集]