賀茂真淵

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賀茂 真淵(かも の まぶち、元禄10年3月4日1697年4月24日) - 明和6年10月30日1769年11月27日)は、江戸時代国学者歌人。通称庄助。真淵は出生地の敷知郡にちなんだ雅号で、淵満とも称した。

目次

[編集] 生涯

賀茂真淵は1697年浜松の神官である岡部政信の三男として生まれた。岡部家は京都賀茂神社の末流とされる。

37歳の時、京都に移り荷田春満を師として学んだが、1736年の師の他界に伴い、1738年江戸に移住。国学を講じた。

1763年本居宣長が伊勢参宮の旅の途中の賀茂真淵を訪れ、入門。その夜、生涯一度限りの教えを受けた話は「松阪の一夜」として有名。以後文通(万葉集問目)が続いたとされる。

江戸の住居跡は、賀茂真淵県居の跡として東京都中央区(日本橋久松町9先)に説明書きが立っている。また、墓は品川の東海寺大山墓地(東京都品川区北品川三丁目)にある。浜松の生家の側には「賀茂真淵記念館」(静岡県浜松市中区東伊場一丁目22-2)がある。

[編集] 人物

賀茂真淵は荷田春満(かだのあずままろ)を師とし、万葉集などの古典研究を通じて古代日本人の精神を研究した。荷田春満・本居宣長・平田篤胤とともに「国学の四大人(しうし)」の一人とされる。

主な著書に『歌意考』『万葉考』『国意考』『祝詞考』『にひまなび』『文意考』『五意考』『冠辞考』『神楽考』『源氏物語新釈』などがある。國學院の編になる『賀茂真淵全集』(6巻)、またその増訂版である『増訂賀茂真淵全集』(12巻、吉川弘文館)および、『校本賀茂真淵全集』(思想編上下)、久松潜一監修『賀茂真淵全集』(28巻、続群書類従完成会)が刊行されている。

[編集] 弟子

真淵は教育者としても長じ、門下生には本居宣長荒木田久老(あらきだ・ひさおゆ)・加藤千蔭村田春海楫取魚彦(かとり・なひこ)・塙保己一(はなわ・ほきいち)・内山真龍栗田土満(ひじまろ)・森繁子などがおり、県居学派と呼ばれる。

高名な弟子として以下の7人の名が知られている。その内特に優れた女性3人を県門の三才女(けんもんのさんさいじょ)と称し、特に優れた男性4人を県門の四天王(けんもんのしてんのう)と称した。

[編集] 県門の三才女

[編集] 県門の四天王

[編集] 県門十二大家

また、県門の四天王に8人を加え、県門十二大家(けんもんじゅうにたいか)と称される場合もある。

[編集] 参考文献

  • 三枝康高『賀茂真淵』(吉川弘文館人物叢書、1962年)

[編集] 関連

[編集] 外部リンク

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