豊饒の海

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豊饒の海
The Sea of Fertility
著者 三島由紀夫
イラスト 装幀:村上芳正(全巻共通)
書・加屋霽堅(奔馬)
三島瑤子(天人五衰)
発行日 1969年1月5日(春の雪)
1969年2月25日(奔馬)
1970年7月10日(暁の寺)
1971年2月25日(天人五衰)
発行元 新潮社
ジャンル 小説
日本の旗 日本
言語 日本語
形態 上製本 布装・貼函
ページ数 269(春の雪)、402(奔馬)、
341(暁の寺)、271(天人五衰)
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豊饒の海』(ほうじょうのうみ)は、三島由紀夫の最後の長編小説。『春の雪』『奔馬』『暁の寺』『天人五衰』の全4巻から成る。最後に三島が目指した「究極の小説」「世界解釈の小説」である[1]。また、近代小説の大前提と常識に向かって正面切った犯行を企てた作品であり[2]、三島流の壮大な「反・小説」が試みられている[2]

「豊饒の海」とは、月の海の一つである「Mare Foecunditatis」(ラテン語名)の日本語訳で、モデルとなった寺院は奈良市にある「圓照寺」である。最終巻『天人五衰』の入稿日に三島は、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地割腹自殺した(三島事件)。

第一巻は貴族の世界を舞台にした恋愛、第二巻は右翼的青年の行動、第三巻は認識なるものを突き詰めようとする初老の男とタイ生まれの官能的美女との係わり、第四巻は認識に憑かれた少年と老人のせめぎ合いが扱われている。構成は、夢と生まれ変わりによって筋が運ばれ、20歳で死ぬ若者が、次の巻の主人公に輪廻転生してゆくという流れになっており、仏教唯識思想、神道一霊四魂説、の「シテ」「ワキ」、春夏秋冬、など様々な東洋の伝統を踏まえて描かれている。『浜松中納言物語』を典拠とし、「夢と転生の物語」のイメージが作られた[3]

発表経過[編集]

文芸雑誌新潮』に、先ず1965年(昭和40年)9月号から1967年(昭和42年)1月号にかけて『春の雪』が連載された。同年2月号から1968年(昭和43年)8月号にかけては『奔馬』、同年9月号から1970年(昭和45年)4月号にかけては『暁の寺』、同年7月号から1971年(昭和46年)1月号にかけては『天人五衰』が連載された。

単行本は、『春の雪(豊饒の海・第一巻)』が1969年(昭和44年)1月5日、『奔馬(豊饒の海・第二巻)』が同年2月25日、『暁の寺(豊饒の海・第三巻)』が1970年 (昭和45年)7月10日、『天人五衰(豊饒の海・第四巻)』が1971年(昭和46年)2月25日に刊行された。現行版は各巻、新潮文庫から重版されて続けている。翻訳版は、Michael Gallagher訳(英題:Spring Snow、Runaway Horses)、Cecilia Segawa Seigle、D.E. Saunders訳(英題:Temple of Dawn)、エドワード・G・サイデンステッカー訳(英題:The Decay of the Angel)をはじめ、世界各国で行われている。

作品概要[編集]

『豊饒の海』について三島は、「小説家になつて以来考へつづけてゐた“世界解釈の小説”を書きたかつた」[4]と述べ、長編小説として屈指の長さを持ち、小説なるものがこの世に出現して以来、最も長い時間にわたり、かつ、国境を越え広大な空間に展開させ[4]、この人間世界全体を可能な限り覆い尽くし、この人間世界の成り立ち、その意味を解き明かすこと、小説なるものの存立の意味を示すことという「究極の小説」を目指した[1]。ちなみに、1950年(昭和25年)の『禁色』創作ノートに、「螺旋状の長さ、永劫回帰、輪廻の長さ、小説の反歴史性、転生譚」といった言葉が記され、のちの『豊饒の海』を予告するようなことばがあり[4]、『花ざかりの森』『中世』『煙草』などにも「前世」への言及が見られ、もともと三島には早くから転生への関心を抱いていた傾向が見られる[1]

第一巻は「たわやめぶり(手弱女ぶり)」あるいは「和魂」を、第二巻は「ますらをぶり(益荒男ぶり)」あるいは「荒魂」を、第三巻は「エキゾチックな色彩的な心理小説」でいわば「奇魂」を、第四巻は「それの書かれるべき時点の事象をふんだんに取込んだ追跡小説」で「幸魂」へみちびかれるもの、と三島は述べている[4]

しかし、仕上がった第四巻『天人五衰』が当初の構想と全く異なるものであったことがうかがえる[5][6]。また、『天人五衰』の完結は1971年(昭和46年)末になるであろうと三島は述べていたが[4]、掲載終了が当初の予定よりも約1年余り早まった。1970年(昭和45年)3月頃、三島は村松剛に、「『豊饒の海』第四巻の構想をすっかり変えなくてはならなくなった」と洩らしたという[7]なお、第四巻の当初予定された題名は『月蝕』だった[8]

三島は死の一週間前、『豊饒の海』について次のように述べている。

あの作品では絶対的一回的人生というものを、一人一人の主人公はおくっていくんですよね。それが最終的には唯識論哲学の大きな相対主義の中に溶かしこまれてしまって、いずれもニルヴァーナ涅槃)の中に入るという小説なんです。

「三島由紀夫 最後の言葉」(古林尚との対談)[9][10]

また恩師の清水文雄宛てへの最後の書簡では、「小生にとつては、これが終ることが世界の終りに他ならない」[11]とし、次のように述べている。

カンボジアバイヨン寺院のことを、かつて「癩王のテラス」といふ芝居に書きましたが、この小説こそ私にとつてのバイヨンでした。書いたあとで、一知半解の連中から、とやかく批評されることに小生は耐へられません。又、他の連中の好加減な小説と、一ト並べにされることにも耐へられません。いはば増上慢の限りでありませうが……。

清水文雄宛て書簡 昭和45年11月17日付」[11]

第一巻・春の雪[編集]

あらすじ[編集]

時代は明治末から1914年(大正3年)早春まで。

勲功華族たる松枝侯爵の令息・松枝清顕は、出生時から貴族であることが約束され何不自由ない生活を送っていたが、流れるままの生活に何か蟠りを抱えていた。清顕は幼い頃に、堂上華族の綾倉家に預けられていた。本物の華族の優雅を身につけさせようという父の意向であった。綾倉家の一人娘・綾倉聡子は清顕より2歳年上で何をやっても優れた優雅な令嬢である。そんな幼馴染の聡子は初恋のようでもあり、姉弟のように育てられた特別な存在であったが、自尊心の強い繊細な18歳の清顕にとって聡子は、うとましくも感じられる複雑な存在であった。聡子もいつからか清顕を恋い慕うようになっていたが、清顕は些細なことで聡子に子供扱いされたと思い、自尊心を傷つけられ、突き放したような態度をとるようになる。聡子は失望して洞院宮治典王殿下と婚約するが、清顕は、父が聡子の縁談話を話題にしても、早く嫁に行った方がよいという冷淡な態度であった。しかし、聡子は、清顕の想像を超えて清顕を深く愛していたのである。
いよいよ、洞院宮治典王殿下との婚姻の勅許が発せられた。清顕の中でにわかに聡子への恋しさが募ってくる。皇族の婚約者となったことで聡子との恋が禁断と化したことから、日常生活からの脱却を夢見る清顕は、聡子付きの女中・蓼科を脅迫し、聡子と逢瀬を重ねることを要求し、聡子もこれを受け入れる。親友・本多繁邦の協力もあり密会は重ねられ、聡子は妊娠してしまう。堕胎を聡子から拒まれた蓼科が自殺未遂したことにより、清顕と聡子の関係が両家に知れ渡った。聡子は大阪の松枝侯爵の知り合いの医師の元で中絶をさせられ、そのまま奈良門跡寺院「月修寺」で自ら髪を下ろし出家する。洞院宮治典王殿下との婚姻は聡子の精神疾患を理由に取り下げを願い出た。
清顕は聡子に一目会おうと春の雪の降る2月26日に月修寺に行くが門前払いで会えない。なおも清顕は聡子との面会を希望するが、聡子は拒絶する。そして、雪中で待ち続けたことが原因で肺炎をこじらせ、20歳の若さで亡くなる直前に、清顕は親友・本多繁邦に、「又、会ふぜ。きつと会ふ。滝の下で」と言い、転生しての再会を約束する。

登場人物[編集]

松枝清顕(18 - 20歳)
第一巻の主人公。松枝侯爵家の一人息子。祖父は明治維新の功臣。幼少期には堂上貴族の綾倉家に行儀見習いとして預けられていた。「又、会ふぜ。きつと会ふ。滝の下で」と本多に言い残し、20歳で夭折。
綾倉聡子(20 - 22歳)
羽林家綾倉伯爵家の一人娘。かつては清顕と姉弟のように育った。清顕より2歳年上。のちに月修寺に出家する。
本多繁邦(18 - 20歳)
清顕の親友。判事の父を持ち、法律の勉強をしている。清顕と聡子の逢引の手助けをする。全巻にわたって登場し、主人公の転生に居合わせる副主人公、あるいは主人公。このシリーズ全体のキーパーソン
松枝侯爵(41 - 43歳くらい)
清顕の父。新華族となり、由緒ある華族の綾倉家の雅にあこがれる。豪放な性格。
松枝侯爵夫人・都志子
清顕の母。現実的で鈍感な心性。
月修寺門跡(老年)
聡子の大伯母。松枝邸庭園の滝口で死んでいた黒犬を弔う。のちに出家を希望する聡子を迎え入れる。
松枝侯爵の母(老年)
清顕の祖母。邸内の離れに住んでいる。聡子を妊娠させた清顕に、宮様の許婚を孕ましたとは天晴れだね、さすが清顕はお祖父様の孫だ、と褒める。
みね
松枝家の女中。松枝侯爵のお手つき。尻軽で朗らかな娘。のちに暇を出され飯沼茂之と夫婦となる。
飯沼茂之(23 - 24歳)
松枝家の清顕付きの書生。清顕と蓼科に、女中・みねとの仲をとりもってもらったのと交換に、清顕の腹心となる。みねとの仲が侯爵に漏れ、松枝家を出てのちに女中・みねと夫婦となる。
蓼科(62 - 64歳)
綾倉家に仕える老女。聡子付き女中。清顕と聡子の逢引の手助けをする。過去に主人の綾倉伊文伯爵と関係を持ったことがある。
綾倉伊文伯爵
聡子の父。怪我や病気を極端に恐れる潔癖症。かつて松枝侯爵から無意識で言われたはずかしめに傷つき、松枝侯爵の紹介した縁組に聡子を処女で嫁がせるなと蓼科に命じていた。
綾倉伯爵夫人
聡子の母。
パッタナディド殿下(ジャオ・ピー)(18 - 19歳)
シャムの王子。ラーマ5世の息子。日本に留学し、学習院に遊学する。いとこのクリッサダ殿下(クリ)の妹・月光姫が恋人。姫の餞別のエメラルドの指輪を学習院寮で無くしてしまう。
クリッサダ殿下(クリ)(18 - 19歳)
パッタナディド殿下のいとこ。ラーマ4世の孫。同い年のパッタナディド殿下と一緒に日本に留学する。妹は月光姫。
洞院宮治典王(25 - 26歳)
皇族近衛騎兵大尉。勇武を好む。聡子と婚約し、婚姻の勅許が下りる。聡子より4歳年上。
新河男爵(34歳)
豪商。薩長政府と持ちつ持たれつの仲。日本の風習を嘲笑し、英国流を旨とする。
新河男爵夫人
新しもの好きで、夫に習い英国流の新しい思想を旨とするが思想的なことは何一つわからぬ夫人。

舞台化[編集]

テレビドラマ化[編集]

映画化[編集]

漫画化[編集]

おもな刊行本[編集]

  • 『春の雪(豊饒の海・第一巻)』(新潮社、1969年1月5日)
    装幀:村上芳正。布装(紫絹装)。貼函。金色帯。帯(裏)に川端康成北杜夫による作品評。
    ※ 私家限定本(総革装。天金。見返しマーブル紙使用)4部あり。
    ※ 奥付での印刷・発行日表記が、前年の「昭和43年10月25日印刷/昭和43年10月30日発行」となっているものが小部数あり。
  • 文庫版『春の雪(豊饒の海・第一巻)』(新潮文庫、1977年7月30日。改版2002年)
    カバー装幀:池田浩彰。付録・解説:佐伯彰一
    ※ 改版2002年より、カバー改装:新潮社装幀室。
  • 新装版『春の雪(豊饒の海〈一〉)』(新潮社、1990年9月10日)
    装幀:菊地信義。紙装。筒函。函(裏)にヴィクター・ハウズトマス・ラスク柄谷行人による作品評。
  • 英文版『Spring Snow―The Sea of Fertility』(訳:Michael Gallagher)(タトル商会、1972年1月。他多数)

第二巻・奔馬[編集]

あらすじ[編集]

時代は1932年(昭和7年)6月から1933年(昭和8年)年末まで。

聡子と最後に会うことなく清顕が死んでから18年。彼の親友であった38歳の本多繁邦は、大阪控訴院高等裁判所に相当)判事になっていた。ある日、本多は頼まれて見に行った大神神社の剣道試合で、竹刀の構えに乱れのない一人の若者に目がとまった。彼は飯沼勲という名で、かつて清顕付きの書生だった飯沼茂之の息子で18歳だった。試合後、本多は三輪山の三光の滝で勲に出くわし、彼の脇腹に清顕と同じく3つの黒子があるのを発見する。本多は死際の清顕の言葉を思い出し慄然とする。
本多は勲から、愛読していたという『神風連史話』を渡される。勲はその精神を以て有志達と「純粋な結社」を結成、決死の何事かを成し遂げようとしていた。勲は政界財界華族の腐敗を憤り、仲間と共に剣によってこの国を浄化しようと考えていたのだった。陸軍の堀中尉とも近づき、洞院宮治典王殿下にも謁見した。軍の協力に期待がもて仲間もふえるが、勲は、父の主宰する右翼塾「靖献塾」にいる佐和から、蔵原武介だけはやめろと忠告される。塾が蔵原絡みの金で経営されているのをほのめかされ、勲は自分の純粋の行為の目的が汚されたと感じる。佐和は、蔵原は自分が退塾して刺すか、もし勲がやるならば自分も同志に入れてくれと言う。自分が加われば塾に傷がつかず上手くやれると言うが、勲は何も計画していないと嘘で切り抜ける。
本多は勲の父・飯沼に誘われ山梨県梁川での錬成会にやって来たが、そこで勲の荒魂を鎮めようとする白衣の男たちを見る。勲は、「お前は荒ぶる神だ。それにちがひない」と父に言われる。そして、その光景は清顕の夢日記に描かれていた光景そのものだった。本多は勲が清顕の生まれ変わりであるという確信を深める。
堀中尉が満州へ転属になり、勲の仲間は減るが、財界要人の刺殺計画は佐和を同志に加え秘密裡に練られていた。ところがどこからか計画は漏れ、勲たちは実行前に逮捕されてしまう。本多は急遽、判事を辞して弁護士となり勲を救う決意をする。本多の弁護により、勲たちは1年近い裁判の末、無罪となり釈放されるが、警察への密告を最終的にしたのは父だったと知った勲は茫然とする。酔った勲が、うわ言で「ずつと南だ。……南の国の薔薇の光の中で。……」と言うのを本多は聞く。
12月29日、勲は姿をくらまし、短刀を携えて伊豆山に向かう。そして、財政界の黒幕・蔵原武介の別荘に忍び込み殺害する。追手を逃れ、勲は、夜の海を前にした崖で鮮烈な切腹自決を遂げる。

登場人物[編集]

飯沼勲(18 - 19歳)
第二巻の主人公。國學院大學予科学生。剣道3段。昭和の神風連たらんと行動をおこす。滝の下で本多と会う。清顕と同じく脇腹に3つの黒子がある。満20歳の年を目前に切腹する。
本多繁邦(38 - 39歳)
大阪控訴院判事となる。後に退職して勲のために弁護士になる。
本多梨枝
本多の妻。つつましい性格。夫婦に子供はいない。
飯沼茂之(43 - 44歳)
勲の父。松枝家を出た後、みねと夫婦になり、右翼団体「靖献塾」の塾長となっている。
飯沼みね
勲の母。中年肥りしている。6年前に塾生の一人と浮気し、夫に打たれ入院したことがある。
鬼頭謙輔
陸軍中将。名高い歌人。鬼頭家と飯沼家は家族ぐるみの付き合いがある。
鬼頭槇子(32、3歳)
鬼頭中将の娘で、当人も歌人。勲の恋人。離婚経験者。実在の歌人・斎藤史をモデルとする。
堀中尉(26、7歳くらい)
陸軍歩兵中尉。清顕と聡子が最初に密会した下宿屋・北崎に住んでいる。
洞院宮治典王(44 - 45歳)
山口で聯隊長としている。剛毅な宮様軍人。
佐和
靖献塾の年長塾員。世事に長けている。勲の理解者だが、一筋縄ではいかない人物。
井筒、相良(18 - 19歳)
勲の学友。要人刺殺計画の仲間。
蔵原武介
資本家。財界の黒幕。辺幅を飾らない人柄で愛嬌がある。伊豆山の蜜柑畑に別荘を持つ。
新河亨(新河男爵)(53 - 54歳)
軽井沢に広大な別荘を持つ豪商。日本の風習を嘲笑する。右翼に狙われブラックリストに載る。勲の暗殺計画にも名前が上がり、刺殺する担当は勲であった。
新河男爵夫人・訽子
自分たちを野蛮な国(日本)に滞在している白い肌の文明人と思い、ロンドンに「帰り」たがっている。
松枝侯爵(61歳くらい)
清顕の父。実権がなくなり、新河男爵家の別荘に集まる客の中で、唯一右翼に狙われない。

映画化[編集]

おもな刊行本[編集]

  • 『奔馬(豊饒の海・第二巻)』(新潮社、1969年2月25日)
    装幀:村上芳正。布装(黒絹装)。貼函。銀色帯。帯(裏)に川端康成による作品評。
    ※ カバーの墨跡は、神風連加屋霽堅の書より。
    ※ 私家限定本(総革装。天金。見返しマーブル紙使用)4部あり。
  • 文庫版『奔馬(豊饒の海・第二巻)』(新潮文庫、1977年8月30日。改版2002年)
    カバー装幀:池田浩彰。付録・解説:村松剛
    ※ 改版2002年より、カバー改装:新潮社装幀室。
  • 新装版『奔馬(豊饒の海〈二〉)』(新潮社、1990年9月10日)
    装幀:菊地信義。紙装。筒函。函(裏)にフランツ・ブンダース野口武彦による作品評。
  • 英文版『Runaway Horses―The Sea of Fertility』(訳:Michael Gallagher)(タトル商会、1973年1月。他多数)

第三巻・暁の寺[編集]

あらすじ[編集]

第一部 - 時代は1941年(昭和16年)から終戦の1945年(昭和20年)まで。

47歳の本多は訴訟の仕事で、かつて清顕と親交のあったシャム(タイ)の王子と、そのいとこの故郷であるバンコクに来ていた。そこで彼は、日本人の生まれ変わりであると主張する7歳の王女・月光姫(ジン・ジャン)と出会う。月光姫は本多を見ると懐かしがり、黙って死んだお詫びがしたいと言う。彼女は勲が逮捕された日付も、清顕と松枝邸の庭園で門跡に会った日付も正確に答え、明らかに生まれ変わりを証明していたが、後日の姫とのピクニックでは、脇腹に黒子はなかった。それから本多はインドへ旅行し、そこで深遠な体験をする。そして、インドの土産を月光姫に献上し、本多にすがって泣く姫との別れを惜しみながら日本へ帰国する。帰国2、3日後、日本とアメリカとの戦争が始まる。
インドの体験と親友の生まれ変わりに触発され、仏教の輪廻転生唯識の世界にも足を踏み入れた本多は、戦争中、様々な研究書を読みあさり研究に没頭する。ある日、仕事の用件のついでに松枝邸跡に足をのばしてみると、そこは焼跡になっていたが、偶然にも老いさらばえた蓼科に会う。本多は聡子に会いたいと思ったが戦局のきびしさでままならなかった。

第二部 - 時代は終戦後の1952年(昭和27年)と、15年後の1967年(昭和42年)。

58歳の本多は戦後、土地所有権を巡る裁判の弁護の成功報酬で多額の金を得て、富士の見える御殿場に土地を買い別荘を建てた。隣人には久松慶子という50歳前の有閑婦人がいて、本多の友人となる。別荘の客には他に、かつて勲と恋仲であり、勲の計画を父・飯沼へ密告した歌人・鬼頭槙子や、その弟子・椿原夫人、ドイツ文学者・今西らがいた。しかし、本多が一番待ち望んでいた客は日本に留学して来た18歳のジン・ジャンであった。
5年前の1947年(昭和22年)に本多は、皇族の籍を失った洞院宮治典王が開業した骨董屋で、かつて学習院の寮でシャム(タイ)の王子・ジャオ・ピーが紛失した初代・月光姫の形見の指輪を発見し買いとって持っていた。これを日本に留学している二代目の月光姫(ジン・ジャン)に渡すため、本多は別荘に彼女を招くが、その日、姫は来ず、翌日会えることができた。幼い時、勲の生まれ変わりだと主張していたことを何も憶えていないとジン・ジャンは言う。美しく官能的に成長した姫に本多は魅了され、年齢不相応の恋心を抱く。そして、ジン・ジャンに執心し翻弄され、別荘に招いた彼女の部屋を覗き穴から覗くが、そこに見たものは、慶子と裸で抱き合い同性愛行為のさなかの光景だった。そして、その脇腹には3つの黒子があった。驚いていたのもつかの間、やがて別荘が火事になってしまう。帰国したジン・ジャンもその後、音信がとだえ消息を絶ってしまった。
15年後の1967年(昭和42年)、73歳の本多は米国大使館に招かれ、その晩餐会の席上でジン・ジャンにそっくりの夫人に会う。その夫人はジン・ジャンの双子の姉であり、妹は20歳の時に庭でコブラに腿を噛まれ死んだ、と本多に告げる。

登場人物[編集]

第一部

本多繁邦(47 - 51歳)
第三巻・第一部の主人公。弁護士の仕事でバンコックに行き、薔薇宮で勲の生まれ変わりと思える幼いタイの王女と対面する。
ジャントラバー姫(ジン・ジャン)(7歳)
タイの王女・月光姫。パッタナディド殿下(ジャオ・ピー)の末娘。殿下は娘に、かつて死に別れた恋人の名を付けた。ジン・ジャンは勲の過去世を憶えている。
菱川
タイでの通訳兼案内人。芸術家崩れ。依頼人の五井物産の経費で贅沢な朝食やワインを飲み食いする。本多に嫌われる。
蓼科(95歳)
元・綾倉家の聡子付きの女中。旧松枝邸の焼跡の敷地で、本多と偶然会い、生卵をもらう。

第二部

本多繁邦(58歳。73歳)
第三巻・第二部の主人公。弁護の仕事で成功し、御殿場に別荘を建てる。ジン・ジャンの肉体見たさにプールや覗き穴を作る。
ジャントラバー姫(ジン・ジャン)(18歳)
成長と共に過去世の記憶がなくなる。美しく官能的になり本多を魅了する。脇腹に3つの黒子がある。
久松慶子(49歳)
本多の別荘の隣人で本多の友人となる。離婚経験のある有閑婦人。包容力のある性格で日本人離れした体格。のちに同性愛者とわかる。
本多梨枝
本多の妻。腎臓の持病がある。ジン・ジャンと夫との仲を疑い嫉妬するが、慶子には嫉妬しない。
鬼頭槇子(52、3歳)
歌人。かつて勲の計画を飯沼に密告した勲の恋人。自分の目の前で、椿原夫人と今西が性行為をするのを観察する。
椿原夫人(52、3歳)
鬼頭槇子の弟子。戦争で亡くした息子・曉雄のことばかり口にする。
今西康(40歳くらい)
ドイツ文学者。今西証券の次男坊で裕福な独身生活を送っている。蒼白な長身で神経質な顔立ち。小ばかにしていた椿原夫人と深い仲となり心中する。
新河元男爵(73歳)
老いてもパーティー好きだが、その皮肉に毒がなくなる。
新河夫人・訽子
老いてますます自分のことしか語ろうとしない。
飯沼茂之(63歳)
勲の父。終戦直後に自刃を試み失敗した傷を本多に見せに来る。生活に困窮し、2年前にみねと離婚する。
克己
慶子の甥。慶応大学生。本多がジン・ジャンの裸体見たさに、慶子に依頼し呼んだ手の早い軽薄な青年。

おもな刊行本[編集]

  • 『暁の寺(豊饒の海・第三巻)』(新潮社、1970年7月10日)
    装幀:村上芳正。布装(赤絹装)。貼函。紫色帯。帯(裏)に三島の『小説とは何か』より抜粋された「読者へ」と題した文章。
    ※ 私家限定本(総革装。天金。見返しマーブル紙使用)4部あり。
  • 文庫版『暁の寺(豊饒の海・第三巻)』(新潮文庫、1977年10月30日。改版2002年)
    カバー装幀:池田浩彰。付録・解説:森川達也
    ※ 改版2002年より、カバー改装:新潮社装幀室。
  • 新装版『暁の寺(豊饒の海〈三〉)』(新潮社、1990年9月10日)
    装幀:菊地信義。紙装。筒函。函(裏)に島田雅彦田中美代子による作品評。
  • 英文版『Temple of Dawn―The Sea of Fertility』(訳:Cecilia Segawa Seigle、D.E. Saunders)(Knopf、1973年10月。他多数)

第四巻・天人五衰[編集]

あらすじ[編集]

時代は1970年(昭和45年)から1975年(昭和50年)夏まで。

76歳となった本多は妻を亡くし、67歳の久松慶子と気ままな旅をしたりして暮していた。天人伝説の伝わる三保の松原に行った折、ふと立ち寄った清水港の帝国信号通信所で本多は、そこで働く聡明な16歳の少年、安永透に出会う。彼の左の脇腹には3つの黒子があった。本多は透を清顕の生まれ変わりでないかと考え、養子にする。そして英才教育や世間一般の実務マナーを施し、清顕や勲のような夭折者にならないように教育する。しかし本多は、透の自意識の構造が自分をそっくりなのを感じ、本物の転生者ではない気もした。透は次第に悪魔的になっていき、婚約者の百子を陥れ婚約破棄にする。東大に入学してからは80歳の養父・本多にも危害を加えはじめるようになった。
透に虐待されるストレスから本多は、20年以上やっていなかった公園でのアベック覗き見を再びしてしまい、警察に取り押さえられ、その醜聞が週刊誌沙汰になる。これを機に透は、本多を準禁治産者にしようと追い込み、自分が本多家の新しい当主として君臨しようと企む。見かねた久松慶子が透を呼び出した。そして、本多が透を養子にした根拠の3つの黒子にまつわる転生の話をし、あなたは真っ赤な贋物だとなじる。慶子は、あなたがなれるのは陰気な相続人だけと透を喝破する。自尊心を激しく傷つけられた透は、本多から清顕の夢日記を借りて読んだ後、12月28日に服毒自殺を図る。そして未遂に終わったものの失明してしまう。21歳の誕生日の数ヶ月前のことだった。
翌年の3月20日の21歳の誕生日を過ぎたが、透は点字を学んで穏やかに暮らしていた。性格は一変し、狂女・絹江と結婚し彼女のなすがまま頭に花を飾り、天人五衰のようになっていた。一方、本多は自分の死期を悟り、60年ぶりに奈良の月修寺へ、尼僧門跡となった聡子を訪ねるのであった。だが、門跡になった聡子は、清顕という方は知らないと言う。夏の日ざかりのしんとした庭を前にし、本多は何もないところへ来てしまったと感じる。

登場人物[編集]

安永透(16 - 21歳)
第四巻の主人公。中学卒業後、清水港で通信員をしている。3つの黒子があるので、本多が、清顕、勲、ジン・ジャンの生まれ変わりだと信じて養子にする。 ポスト三島文学である、村上春樹山田詠美 の作品の登場人物の「先駆」となるような戦後的人格。ポスト団塊世代。20歳の時、自殺未遂し盲目となる。
本多繁邦(76 - 81歳)
妻に先立たれ、慶子と行った旅先で、転生者らしき透を見つけ養子にする。
久松慶子(67 - 72歳)
本多の友人。透に本多の秘密を教える。
古沢
透の家庭教師の東大生の一人。透に親切にしていたが、左翼思想を透に見抜かれ密告される。
浜中繁久(55歳)
東北の旧藩主出身。領地の地方銀行の頭取をしている。
浜中栲子
浜中繁久の妻。大名華族出で、太ってぞんざい。
浜中百子(18歳)
透と同じ歳の美しい娘。両親の勧めで透の許婚となるが、透に陥れられ婚約破棄にされる。
汀(25、6歳)
百子を傷つけるために透に利用された童貞喰いの女。
絹江
自分を美しいと思っている狂女。透が清水港で通信員をしている時からの知り合い。透が心を許している数少ない人物。のちに盲目となった透と結婚する。
月修寺門跡(綾倉聡子)(83歳)
本多が訪ねて来て昔話をしても、清顕を知らないと言う。

おもな刊行本[編集]

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『天人五衰』の透が贋者の転生者だと、作中では慶子が断定しているが、村松剛によると、作者の三島は、透が贋者か本物かは不明にしているとテレビで述べていたという[7]。また、村松剛は作中で透が過去世を2度見ていることと、透の手記で、ある雪の日に窓から外を眺めている中で、老人が落したの屍骸が「女ののやうにも思はれ出した」と書いてある描写に触れ[7]、この光景は『春の雪』で剃られた、聡子の髪の幻(前世の記憶)を見たということだと解読している[7]

また、鴉の屍骸のようなものを落すこの老人は、話の筋と無関係に唐突に出てくるが、この黒いベレー帽の老人が、本多が公園で覗きをする箇所でも出てくることが指摘されている[7]。作中において、この人物が誰で何を意味しているのかは不明であるが、柏倉浩造は、この人物は未来の三島本人であると憶測し、ヒッチコックのように登場させていると解釈しているが[12]、時代設定が1974年(昭和49年)時点であるので、60代の老人と、生きていればその時49歳の三島とは年齢的には全く符合していない。

作品解説・評価[編集]

三島は『豊饒の海』について、現世の人間がこれが極致だと思って考えたことが、三巻で空観、空のほうへ溶け込まされてしまうと解説し[13]、「その残念無念というのは、書いてる人間も残念無念。それを設定するにはどうしても戦前の日本ですね。そこに第一巻(『春の雪』)、第二巻(『奔馬』)を放り込んで、第三巻で、空が一度生じたら、それからあとはもう全部、現実世界というのはヒビが入ってしまう」[13]と述べ、「現実世界の崩壊と、戦後世界の空白」とが、次元は異なるが、それが一種のメタファアになるというふうに書いていきたかったとし[13]、三島にとっても、戦後世界というのは、「ほんとに信じられない、つまり、こんな空に近いものはない」と思っていることを告白している[13]。そして、「仏教の空の観念」と、戦後に三島自身がもっている「空の観念」とが、うまく適合すればいいという期待を述べ[13]、「小説としてはもう完全に下り坂になるわけです。そこからはもう『絶対』もなんにもない」[13]と第三巻以降への流れを解説している。

影響[編集]

映画『地獄の黙示録』を監督したフランシス・フォード・コッポラは、撮影の際、しばしば『豊饒の海』を手に取り、作品の構想を膨らませたという[14]

晩年の市川雷蔵は『春の雪』の舞台主演を強く希望していたが、病状悪化と逝去で実現しなかった[15]

エピソード[編集]

三島が取材のために京都奈良尼寺を歴訪し、ある尼寺で高齢の門跡に会ったときに、『春の雪』がどんな筋かと聞かれて、「宮様許婚になった恋人を犯して妊娠させ、そのため恋人は剃髪遁世し、自分は病歿する青年の話」だと答えると、その尼僧が三島をじろじろと疑わしげに見つめて、「どこでそれをおききになりました?」と言い、逆に三島の方がびっくりしたという[16]。三島は自分の純然たる創作だと尼僧に言ったが信じてもらえなかったという[16]

単行本の『奔馬』のカバーには神風連の副首領加屋霽堅の墨書が使われている。荒木精之でさえその所在を知らない加屋の遺墨「長刀」を三島がどうやって入手したかは今なお謎だという[17]

原文は漢詩で、その読み下し文は
力を中原に致し、自ら習労す
此生、何ぞ惜しまん、鴻毛に附するを
雲霧を破除する、豈、日無からんや
磨励、霜は深し、偃月刀

三島の辞世の二首のうちの一首「益荒男が たばさむ太刀の 鞘鳴りに 幾とせ耐へて 今日の初霜」は、加屋霽堅のこの漢詩の最終行をふまえていることが見てとれるという[17]荒木精之は三島から贈られた『奔馬』を受け取りそのカバーを見て、「おやとおどろ」き、「それにしてもこのような現代ばなれの、くすんだような、特殊な史家や漢詩人、骨董屋でもないかぎり何の魅力も関心もありそうにない、このような地味なカバーをえらんだところに三島氏の心がしのばれた。書店の店頭でみたら、これだけで若い人たちに敬遠されるような、そういう感じのこのカバーを用いたところに著者がこの書にうちこむあつい心にふれるような気がした」[17]と述べ、売れる、売れない、といったことはどうでもよいという、「真剣な態度」がこのカバーから窺われるとし、それだけに三島が神風連にいかに傾倒しているかが伝わってくるように感じられたと述べている[17]

『奔馬』連載当時、雑誌「新潮」の三島担当をしていた小島千加子は、加屋霽堅の墨書についての三島の発言を綴っている。「のちに『暁の寺』が本になってからのことだが、『君(小島)は三巻までの装幀のうちでどれが一番好きかい? どれもいいね。……だけど僕は二巻が好きだねえ』 その装幀も、自分で見出した、神風連加屋霽堅の書を基としたものである」[18]と小島は記している。三島は神風連の志士が数多のこした書のなかから加屋のものを選びその遺墨を捜し出した。これに非常に執着していたことがうかがえる。

脚注[編集]

  1. ^ a b c 松本徹『三島由紀夫を読み解く(NHKシリーズ NHKカルチャーラジオ・文学の世界)』(NHK出版、2010年)
  2. ^ a b 佐伯彰一「解説」(文庫版『春の雪(豊饒の海・第一巻)』)(新潮文庫、1977年)
  3. ^ 三島由紀夫「末尾 註」(『春の雪(豊饒の海・第一巻)』)(新潮社、1969年)
  4. ^ a b c d e 三島由紀夫『「豊饒の海」について』(毎日新聞 1969年2月26日に掲載)
  5. ^ 「創作ノート」(『決定版 三島由紀夫全集第14巻・長編14』)(新潮社、2002年)
  6. ^ 佐藤秀明『日本の作家100人 三島由紀夫』(勉誠出版、2006年)
  7. ^ a b c d e 村松剛『三島由紀夫の世界』(新潮社、1990年)
  8. ^ 「天人五衰 創作ノート」(『決定版 三島由紀夫全集第14巻・長編14』)(新潮社、2002年)
  9. ^ 古林尚との対談『三島由紀夫 最後の言葉』(図書新聞 1970年12月12日、1971年1月1日掲載)、音声は『三島由紀夫 最後の言葉 新潮CD 講演』(新潮社、2002年)に収録(初刊は新潮カセットで1989年4月)。
  10. ^ 『決定版 三島由紀夫全集第40巻・対談2』(新潮社、2004年)に収録。
  11. ^ a b 三島由紀夫「清水文雄宛て書簡 昭和45年11月17日付」(『決定版 三島由紀夫全集第38巻・書簡』(新潮社、2004年)
  12. ^ 柏倉浩造『かくも永き片恋の物語 三島由紀夫のフラクタル宇宙』(未知谷、2000年)
  13. ^ a b c d e f 三島由紀夫(武田泰淳との対談)『文学は空虚か』(文藝 1970年11月号に掲載)
  14. ^ エレノア・コッポラ『ノーツ コッポラの黙示録』(原田真人ほか訳、マガジンハウス、1992年 ISBN 4838703945)、新訳版『「地獄の黙示録」撮影全記録』(岡山徹訳、小学館文庫 2002年、ISBN 4094025669
  15. ^ 市川雷蔵『雷蔵、雷蔵を語る』(あとがき:藤井浩明)(飛鳥新社、1995年。朝日文庫、2003年)、
  16. ^ a b 三島由紀夫『「春の雪」について』(出版ニュース 1969年7月下旬号に掲載)
  17. ^ a b c d 荒木精之『初霜の記 三島由紀夫と神風連』(日本談義社、1971年)
  18. ^ 小島千加子三島由紀夫檀一雄』(構想社、1980年。 ちくま文庫で再刊、1996年)

参考文献[編集]

唯識』 を 精神医学 の立場から解き明かした著。
  • 『決定版 三島由紀夫全集第42巻・年譜・書誌』(新潮社、2005年)
  • 『決定版 三島由紀夫全集第13巻・長編13』(新潮社、2001年)
  • 『決定版 三島由紀夫全集第14巻・長編14』(新潮社、2002年)
  • 『決定版 三島由紀夫全集第38巻・書簡』(新潮社、2004年)
  • 西法太郎『蓮田善明三島由紀夫』(三島由紀夫の総合研究 2010年3月9日号)
  • 村松剛『三島由紀夫の世界』(新潮社、1990年)
  • 松本徹『三島由紀夫を読み解く(NHKシリーズ NHKカルチャーラジオ・文学の世界)』(NHK出版、2010年)
  • 佐藤秀明『日本の作家100人 三島由紀夫』(勉誠出版、2006年)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

現行本