豊橋鉄道田口線

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豊橋鉄道田口線
路線総延長 22.6 km
軌間 1067 mm
電圧 1500 V 架空電車線方式 (直流)
最大勾配 33 パーミル
最小半径 160 m
HST
豊橋駅
STR
国鉄飯田線
BHF
0.0 本長篠駅
eABZlf exSTRlg
STRrf exSTR
←国鉄:飯田線
exBHF
2.6 三河大草駅
exBHF
4.8 鳳来寺駅
exBHF
7.5 玖老勢駅
exBHF
9.1 三河大石駅
exBHF
11.6 三河海老駅
exBHF
滝上駅
exTUNNEL1
稲目隧道 1511m
exBHF
15.4 田峯駅
exBHF
長原前駅
exBHF
2.7 清崎駅
exHST
(臨)鮎淵駅
exKBHFe
22.6 三河田口駅

田口線(たぐちせん)は、愛知県新城市(廃線当時は南設楽郡鳳来町)の本長篠駅(開業時は鳳来寺口駅)から北設楽郡設楽町の三河田口駅までを結んでいた豊橋鉄道鉄道路線である。敷設の経緯などから1067mmの森林鉄道とも呼ばれた[1]

木材輸送を目的として1929年(昭和4年)に一部区間が、1932年(昭和7年)に全線が開業し、1968年(昭和43年)に全線が廃止された。

目次

[編集] 路線データ

1965年8月時点

  • 路線距離:本長篠 - 三河田口間22.6km
  • 駅数:12駅(終点含む、起点の本長篠は国鉄管理のため除く)
  • 軌間:1067mm
  • 複線区間:なし(全区間単線
  • 電化区間:全線(直流1500V)
  • 閉塞方式:タブレット閉塞式

[編集] 歴史

段戸山系の御料林の木材を運搬する目的から、設立時は宮内省(今の宮内庁。戦後、御料林は国有林となり林野庁の所管)の出資も得ていた。豊川鉄道鳳来寺鉄道との3者で資本金の77%を占めていた。田峰駅と三河田口駅からは、集材用狭軌トロッコも設置された。

豊川・鳳来寺両鉄道と車両も共通運用されていたが、1943年(昭和18年)8月1日の2社の国有化に対して、田口鉄道は国有化されなかった。これは鉄道敷設法別表で計画された遠美線(大井 - 稲武 - 浦川 - 三河大野 - 遠江二俣)の経由地に田口の名前がなく、敷設法の先行建設路線とみなされなかったためと思われる。しかし、国有化以前から3鉄道の一体運営がなされていたとの歴史的経緯から1952年まで国鉄による運転管理が行われた。なお、同様な例に沙流鉄道がある。

終点の三河田口駅は田口の市街地から4kmも離れた寒狭川沿いに設置された。これは、清崎駅から市街地へは急勾配があることと、木材運搬の利便から株主の宮内省が寒狭川沿いの設置を主張した[要出典]からである。後年木材輸送が減少した後は、これが旅客集客へマイナス要因となった。

[編集] 年表

[編集] 運行状況

1934年12月当時
運行本数:鳳来寺口 - 三河田口間10往復
全区間所要:45-47分
1965年9月当時
運行本数:本長篠 - 三河田口間15往復
全区間所要:43-49分
1967年9月当時
運行本数:本長篠 - 清崎間15往復
全区間所要:36-43分

その他鳳来寺参拝客の便をはかり、国鉄飯田線との臨時直通列車も設定されたことがあった。中には、名鉄線・近鉄名古屋線から名鉄近鉄の車両が団体専用列車として、1954年(昭和29年)に廃止された小坂井支線を通って飯田線・田口鉄道線に乗り入れるといった運用も、昭和20年代後半に存在した。

また、愛知県立鳳来寺高等学校への通学者のための本長篠 - 鳳来寺間の区間便も存在した。

三河田口駅では、設楽森林鉄道が接続していた。

[編集] 駅一覧

駅名は廃止時点のもの

本長篠駅 - 三河大草駅 - 鳳来寺(ほうらいじ)駅 - 玖老勢(くろぜ)駅 - 三河大石駅 - 三河海老駅 - 滝上駅 - 田峯(だみね)駅 - 長原前(ながらまえ)駅 - 清崎(きよさき)駅 - 鮎淵(あゆぶち)駅(臨時駅) - 三河田口駅

[編集] 接続路線

廃止時点のもの

[編集] 車両

電車は豊川鉄道・鳳来寺鉄道・田口鉄道の電車を参照

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[編集] 廃線跡

  • 本長篠 - 三河大草間を除いて、廃線跡は比較的多く残り、国道や県道、通学路等地元住民の生活路となっている。
  • 県内最長の鉄道用トンネルであった稲目トンネルは、廃止後は代行バス専用トンネルとして使用された。その後県道として拡張工事を受け、2車線片側歩道付となり、一般交通にも開放された。現在も豊鉄バス田口線が通行している。
  • 旧鳳来寺駅舎は、「豊鉄ほうらいじ食堂」として廃止後も使用されたが、その後改築された。
  • 旧三河海老駅跡は、しばらく豊鉄バス海老管理所として使用された。現在駅舎は取り壊されたものの、バス旋回場として一日数回使用されている。
  • 旧三河田口駅舎(設楽町営バス宇連長江線田尻バス停下車)は残存しているものの、何の保全もなされておらず、朽ち果てて半壊の廃屋状態となっている。また、鮎渕(臨)停車場近傍で設楽ダムが計画されており、いつまで残存できるか予断を許さない。その先の森林軌道跡地も水没予定地である。
  • 設楽町田口の奥三河郷土館には田口線で使用された電車(モハ14)が静態保存されている。この電車は奥三河郷土館開館前は田峰駅跡地に保存されていた。奥三河郷土館では入場料を払えば当事の様子を撮影したアマチュア8ミリフィルムのビデオが見られる(ただし画質は良くない)。

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ 白井 (1962) p. 66

[編集] 参考文献

  • 小早川秀樹 『青春のアルバム豊橋鉄道田口線』 フルカラー、自費出版、2006年。
  • 白井良和 (1962). “豊橋鉄道”. 鉄道ピクトリアル (1962年3月号臨時増刊:私鉄車両めぐり2): pp. 54-62, 106-107.(再録:『私鉄車両めぐり特輯』1、鉄道ピクトリアル編集部、鉄道図書刊行会、東京、1977年。
  • 白井良和 (1963). “豊橋鉄道(私鉄車両めぐり第2分冊補遺)”. 鉄道ピクトリアル No. 145 (1963年5月号臨時増刊:私鉄車両めぐり4): p. 87.(再録:『私鉄車両めぐり特輯』1、鉄道ピクトリアル編集部、鉄道図書刊行会、東京、1977年。
  • 武田彰 (1968). “雨で分かれた豊鉄田口線”. 鉄道ピクトリアル No. 216 (1968年11月号): p. 75.(築堤流失箇所、最終日車内の写真あり)
  • 鉄道省 『昭和12年10月1日現在鉄道停車場一覧』 鉄道省(覆刻:鉄道史資料保存会)、東京(覆刻:大阪)、1937年(1986年覆刻)、p. 353。ISBN 4-88540-048-1
  • 和久田康雄 「昭和52年5月1日現在における補遺」『私鉄車両めぐり特輯』1、鉄道ピクトリアル編集部、鉄道図書刊行会、東京、1977年、補遺4頁。

[編集] 外部リンク