豆腐小僧

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豆腐小僧 (北尾政美 『夭怪着到牒』)

豆腐小僧(とうふこぞう)は、盆に乗せた豆腐を手に持つ子供の姿の日本妖怪

目次

[編集] 概要

もともと江戸時代に数多く出版された怪談本や子供向けの講談本などに登場した妖怪であり、これらの本によって創作された妖怪という説が有力。この元となった伝承などが存在するのか、存在したとしても何処のものであるかは不明である。妖怪研究家・多田克己の調査では、民間信仰上に豆腐小僧は存在しないとされる[1]

妖怪研究家の山口敏太郎や日本文学研究者のアダム・カバットらによれば、豆腐小僧は古来から伝承上に存在していたものではなく、安永年間に書籍類に突然にして登場するものとされる[2][3]。中でも恋川春町による黄表紙『妖怪仕内評判記』が初出とされ、同書では豆腐小僧はイタチが化けたものと記述されている[3]。豆腐料理本『豆腐百珍』が刊行された天明2年(1782年)には、黄表紙や草双紙などの滑稽文学、漫画絵本に登場して有名な妖怪と化していた[1]。これらの作中では豆腐小僧は、父は妖怪の総大将・見越入道、母は轆轤首などとされている[1]

また多田克己は、一つ目小僧が豆腐を好むという俗信が豆腐小僧の伝承のもとになったとの説を述べている(一つ目小僧を参照)[4]。これに対してアダム・カバットはこの多田の説を強く否定し、豆腐小僧は一つ目小僧とは別に独立して誕生した存在だと主張しており[5]、豆腐商業関係者が販売促進のために考案したものであり、書籍類の挿絵の豆腐小僧の持つ豆腐に大抵紅葉が散らしてあることを、「こうよう」を「買うよう」に掛けた洒落としている[1]。また多田は、固いもののことを「こわい」ということから、柔らかい豆腐は「こわくない」となり、豆腐小僧は「恐くない妖怪」との意味で豆腐を持っているという別説も述べている[1]

[編集] 行動や特徴

豆腐小僧は雨の降る夕暮れに出没し、この妖怪の特徴である豆腐を持ち歩く。この後の行動派生に大別して以下の2種類がある。

  • 豆腐を持って歩み去るだけで、別に何をするわけでもない(無害型)
  • 通りかかった人に豆腐の賞味を勧めるが、食べると体中にカビが生えてしまう(有害型)

後者は能動的に人間を誑かす狐狸の伝承を併せ持ったような怪談であるが、子供向けの滑稽本などに登場する豆腐小僧は多くが前者で、公道を通行するだけの、特に出現目的もないような扱われ方をしていることが多い。後者の有害型の説は、妖怪研究家・京極夏彦や山口敏太郎によれば昭和以降の子供向けの書籍による創作とされる[6][7]

[編集] エピソード

妖怪画家・漫画家の水木しげるの故郷、鳥取県境港市に所在する、水木の妖怪イラストを立体化したブロンズ像が多数設置された「水木しげるロード」にも、水木のイラストを原画とした豆腐小僧の像があるが、像の直近に豆腐屋がある[8]

[編集] 脚注

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  1. ^ a b c d e 京極夏彦多田克己編 『妖怪画本 狂歌百物語』 国書刊行会、2008年、291頁。ISBN 978-4-3360-5055-7
  2. ^ アダム・カバット 『大江戸化物図譜』 小学館〈小学館文庫〉、2000年、32頁。ISBN 978-4-09-404691-5
  3. ^ a b 第15回 お化け大好き〜謎の豆腐小僧を追え!山口敏太郎公式サイト ホラーアリス妖怪王内) 2008年6月23日閲覧。
  4. ^ 多田克己編 『江戸妖怪かるた』 国書刊行会、1998年、49頁。ISBN 978-4-336-04112-8
  5. ^ 京極夏彦多田克己他 『妖怪馬鹿』 新潮社〈新潮OH!文庫〉、2001年、367-368頁。ISBN 978-4-10-290073-4
  6. ^ 『妖怪馬鹿』 309頁。
  7. ^ 食にまつわる怪 (山口敏太郎公式サイト ホラーアリス妖怪王内) 2008年6月23日閲覧。
  8. ^ 水木しげるロードの妖怪たち境港市公式サイト さかなと鬼太郎のまち 境港市ガイド内) 2008年6月23日閲覧。

[編集] 関連項目

  • 蛍原徹雨上がり決死隊)- 『妖怪大戦争』で豆腐小僧を演じた。ちなみに2日間スケジュールを拘束されたにも係わらず、他の妖怪役の出演者とは違ってメイクも殆どせず、たった1時間で撮影が終了し、出演時間もたった12秒だけだったという(本人談)。
  • 日本の妖怪一覧