讃岐山脈

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索
讃岐山脈
Mt.Ryuosan.jpg
最高峰「竜王山
所在地 香川県徳島県
位置
上位山系 四国山地
最高峰 竜王山(1,059.77m
延長 100km
10~15km
種類 地塁状山地
テンプレートを表示

讃岐山脈(さぬきさんみゃく)は、香川県徳島県の境界に位置する地塁山脈阿波国讃岐国を南北に隔てたことから徳島県では阿讃山脈(あさんさんみゃく)と呼ばれることが多い。

目次

[編集] 概要

高さ800mほどの山が連なり、東西方向に長く、南北方向には狭いため、急峻な山脈である。香川県側の斜面に比べて徳島県側の方が直下に吉野川が流れているため急である。主に和泉層群と呼ばれる地層からできている。アンモナイトなどの化石が観察できることから、古くはであったと考えられる。

徳島平野を挟んで、四国山地に対するが、讃岐山脈をも四国山地に含めることがある。

[編集] 主な山

山を東側より記す。小数点以下が記載された座標は最高点に位置する三角点の座標[1]。三角点の等級は本来漢数字であるが、再配列可能な表のためアラビア数字で表記している。

名称 標高 三角点 位置
大麻山 538m なし 北緯34度11分10秒東経134度29分57秒
鉢伏山 439.4m 3等 北緯34度10分04.8271秒東経134度25分53.8924秒
龍王山 475m なし 北緯34度11分18秒東経134度25分44秒
ビク山 456.3m 3等 北緯34度11分28.7377秒東経134度25分16.4729秒
大山 691.3m 1等 北緯34度09分49.2199秒東経134度23分40.73秒
鳴嶽 306m なし 北緯34度12分10秒東経134度23分20秒
虎丸山 417m なし 北緯34度12分58秒東経134度18分51秒
那智山 271m なし 北緯34度13分55秒東経134度17分47秒
本宮山 346m なし 北緯34度13分13秒東経134度16分55秒
城王山 652.4m なし 北緯34度08分57秒東経134度16分10秒
笠ヶ峰 559.7m 3等 北緯34度13分11.8823秒東経134度15分55.0546秒
檀特山 630.6m 3等 北緯34度12分42.621秒東経134度14分02.241秒
東女体山 673.6m 3等 北緯34度11分58.2241秒東経134度13分20.7138秒
妙体山 785m なし 北緯34度08分01秒東経134度12分40秒
女体山 774m なし 北緯34度11分51秒東経134度12分05秒
矢筈山 789m 1等 北緯34度11分39秒東経134度11分48秒
台ヶ丸山 694.6m 4等 北緯34度07分47.1844秒東経134度10分43.2484秒
高仙山 627.1m 4等 北緯34度11分37.7307秒東経134度09分03.7437秒
奥山 607.2m 4等 北緯34度11分02.558秒東経134度08分53.7982秒
大滝山 946m なし 北緯34度07分23秒東経134度07分34秒
八丁山 532.9m 3等 北緯34度10分54.991秒東経134度05分57.239秒
竜王山 1,059.8m 4等 北緯34度06分55.6368秒東経134度02分53.5394秒
三頭山 734.2m 4等 北緯34度04分40.3061秒東経134度02分27.1388秒
前山 643.1m 3等 北緯34度09分57.4125秒東経134度01分12.1281秒
大川山 1,042.9m 2等 北緯34度06分54.5164秒東経133度56分22.736秒
若狭峰 786.8m 3等 北緯34度04分40.2506秒東経133度47分31.4152秒
中蓮寺峰 755.9m 4等 北緯34度04分46.356秒東経133度46分43.3874秒
龍王山 794m なし 北緯34度01分57秒東経133度45分09秒
雲辺寺山 930m なし 北緯34度02分06秒東経133度43分22秒
菩提山 312.0m 3等 北緯34度05分18.0652秒東経133度43分06.6434秒
高尾山 495.5m 3等 北緯34度03分13.839秒東経133度40分04.5856秒
金見山 590.0m 2等 北緯34度01分40.0507秒東経133度38分39.9688秒
大谷山 507m なし 北緯34度02分09秒東経133度37分46秒

[編集] 歴史

[編集] 借耕牛

借耕牛(かりこうし)とは、讃岐の小農家が農繁期に阿波の山間農家から借りていた農耕牛のことである。讃岐の農繁期が終わると、米などの穀類をお礼につけて返していた。そのため阿波では米取り牛と呼ばれた。水田が多い讃岐では耕作は欠かせないが、讃岐には草地が少なく牛の飼育は不適であった。一方、阿波の山間部(北西部の美馬郡三好郡と北東部の麻植郡など)には水田が少なく、米は貴重な食糧であった。讃岐の小農家の大半にとっては牛を飼わずに済み、阿波の山間農家にとっては少ない食糧を農繁期後の牛の労働で補えた。借耕牛は江戸初期には始まっており、江戸後期から昭和初期に盛んになり、農機具が普及し始めた昭和30年代まで続いた。牛の受け渡しの時期には峠の集合場付近が両方の農家で賑わい、飲食店も栄えた。 借耕牛で両国の交流が盛んになるにつれて、阿波から讃岐への嫁入りも増加した。

[編集] 明治以降の人とのかかわり

  • 明治時代になり廃藩置県が行われる中、1873年香川県(1次)が廃止され淡路、阿波と讃岐は名東県となる。しかし間にそびえる山々などの要因のため、結局その2年後に讃岐に香川県が再置された。
  • 昭和時代に山を貫く香川用水が完成し、長い間水不足で苦しんでいた讃岐平野の水事情が緩和された。

[編集] 交通

古くは11の峠が両国を結んだ。

[編集] 阿讃山脈

阿讃山脈(あさんさんみゃく)は、讃岐山脈の徳島県における呼称である。

阿波国讃岐国の境に続く山脈である事からこの名称で呼ばれており、讃岐山脈という名称よりもむしろこちらの名称の方が体を表しているといえる。徳島県では「讃岐山脈」がまるで香川県だけに山脈が位置しているかの様な名称である事から、あえて観光客向けのガイドなどでもマイナーな「阿讃山脈」の名称を使用している例が目立つ。徳島県民からしてみれば「こちら(徳島)側では“阿讃”と香川の名称も使用しているのに、あちら(香川)側では徳島を無視して“讃岐”と名乗るとはどういう事なのか」という思いが強いのであろう。

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

[編集] 外部リンク

個人用ツール
名前空間

変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス
他の言語