訓練隊

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訓練隊(くんれんたい)とは日本の指導下で設立された朝鮮の軍隊。文字通り「軍事教育事業部」のこと[1]。2度目の甲午更張が起こった1895年、高宗統治期に設立された。

1895年1月17日、日本の公使である井上馨が高宗に新しい宮廷警備隊を設立するよう提案した。 訓練隊は日本の指導員によって訓練された。訓練隊は同年10月8日閔妃暗殺に参加しているが、それは日本の浪人たちに利用されたとする見解や[2][3][4]、『日本と韓国』の著者であり、終戦時には全羅南道の知事であった八木信雄は、閔氏政権が訓練隊を解散させようとし、事件の前日に解散通告をしてきたため、訓練隊の幹部は閔妃勢力との決闘を決意したとしており、また訓練隊の幹部であった李周會禹範善などは、閔氏一族の横暴や怨嗟の声が国中に満ちていることを憂慮していたため、自ら積極的に参加したとする見解[5][6]などがある。

出典[編集]

関連項目[編集]