観心寺
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| 観心寺 | |
|---|---|
金堂(国宝) |
|
| 所在地 | 大阪府河内長野市寺元475 |
| 位置 | 北緯34度26分14.43秒 東経135度35分54.94秒 |
| 山号 | 檜尾山 |
| 宗派 | 高野山真言宗 |
| 本尊 | 如意輪観音(国宝) |
| 創建年 | 天長2年(825年)または天長4年(827年) |
| 開基 | 実恵 |
| 札所等 | 新西国三十三箇所客番 仏塔古寺十八尊 第13番 関西花の寺二十五霊場25番 役行者霊蹟札所 神仏霊場 巡拝の道 第56番 |
| 文化財 | 金堂、木造如意輪観音坐像、観心寺縁起資材帳(国宝) 書院、絹本著色大随求像、木造釈迦如来坐像ほか(重要文化財) |
観心寺(かんしんじ)は、大阪府河内長野市にある高野山真言宗の寺院である。山号を檜尾山と称し、遺跡本山(ゆいせきほんざん)である。本尊は如意輪観音、開基(創立者)は実恵である。 仏塔古寺十八尊第十三番。
目次 |
[編集] 歴史
伝承では、大宝元年(701)、役小角(えんのおづぬ、役行者)が開創し、当初、雲心寺と称したとされる。その後、大同3年(808)、空海がこの地を訪れ、北斗七星を勧請(かんじょう)したという。これにちなむ7つの「星塚」が現在も境内に残る(なお、北斗七星を祭る寺は日本では観心寺が唯一である)。
弘仁6年(815)、空海は再度この地を訪れ、自ら如意輪観音像を刻んで安置し、「観心寺」の寺号を与えたという。「空海が自ら刻んで」云々の話は伝承の域を出ないが、現在金堂本尊として安置される如意輪観音像は、様式的に9世紀の作品とされている。また、観心寺には奈良時代にさかのぼる金銅仏4体が伝来することから、奈良時代草創説もあながち否定はできない。
観心寺の実質的な開基とみられるのは、空海の一番弟子にあたる実恵(じちえ)である。『観心寺縁起資材帳』(国宝)などによると天長4年(827年)(または天長2年とも)、実恵の意を受け、弟子の真紹(しんじょう)が造営を始めている。 観心寺は楠木氏の菩提寺であり、楠木正成および南朝ゆかりの寺としても知られている。正平14年(1359)には当寺が後村上天皇の行在所となった。また、境内には後村上天皇桧尾陵がある。
境内にある建掛塔(たてかけとう)は、一見、普通の仏堂のように見えるが、三重塔の一重目だけが建てられた、未完成の建築である。伝承によれば、楠木正成は、建武の中興の成功を祈願して三重塔の建立を発願したが、造営なかばで湊川の戦で討ち死にしたため、建築が中断され、そのままになっているという。討ち死にした正成の首は当寺に届けられ、首塚に祀られている。
[編集] 伽藍
[編集] 文化財
当寺には多くの文化財があり、仏像などは寺内の霊宝館に多数展示されている。また境内が国の史跡に指定されている。
[編集] 国宝
- 金堂
- 木造如意輪観音坐像
- 平安時代前期・9世紀の作。像高108.8cm。六臂(手が6本)の密教彫像。右脚を立て膝とし、6本の手のち、右第一手は頬に当てて思惟相とし、第二手は数珠、第三手は胸前で如意宝珠をそれぞれ持つ。左は第一手に蓮茎、第三手に法輪をそれぞれ持ち、第二手は地に触れる。木造の上に乾漆を厚く盛り上げて、肌の柔らかい感触を表現しており、日本の仏像にはあまり類のない神秘性と官能性が感じられる。長らく秘仏であったため、保存がよく、表面の彩色や文様もよく残っている。金堂の本尊である。
- 観心寺縁起資材帳
[編集] 重要文化財
- 書院
- 建掛塔
- 訶梨帝母天堂
- 絹本著色大随求像
- 金銅観世音菩薩立像(像高33.3cm)
- 金銅観世音菩薩立像(像高18.3cm)
- 金銅釈迦如来半跏像
- 金銅如意輪観音半跏像
- 木造愛染明王坐像
- 木造不動明王坐像
- 厨子入木造愛染明王坐像(伝後村上天皇念持仏)(像高6.2cm)
- 木造如意輪観音坐像
- 木造四天王立像(注)
- 木造釈迦如来坐像
- 木造薬師如来坐像
- 木造宝生如来坐像
- 木造弥勒菩薩坐像
- 木造聖観音立像2躯(像高166.5cm、167.0cm)(前者は奈良国立博物館寄託)
- 木造聖観音立像(像高180.3cm)(東京国立博物館寄託)
- 木造聖観音立像(像高163.5cm)
- 木造聖観音立像(像高167.0cm)
- 木造聖観音立像(像高170.2cm)
- 木造十一面観音立像
- 木造地蔵菩薩立像
- 木造厨子入聖僧(しょうそう)坐像
- 金銅蓮華花瓶 一対 うち1口元徳二年銘
- 鉄燈籠 貞永二年銘
- 藍韋威肩赤腹巻(伝楠木正成所用)
- 観心寺縁起(後亀山天皇宸翰奥書本、後小松天皇宸翰本)2巻
- 中尊寺経(金銀字経166巻、金字経50)216巻
- 観心寺文書(六百八十八通)
(注)四天王像の正式の重要文化財指定名称は「木造持国天立像1躯」「木造増長天・広目天立像2躯」「木造多聞天立像1躯」
[編集] 所在地
〒586-0053 大阪府河内長野市寺元475
[編集] 交通アクセス
- 南海高野線および近鉄長野線 河内長野駅から南海バス小深線「金剛山ロープウェイ前行き(8、11系統)」「石見川行き(9系統)」、小吹台団地線「小吹台行き(10系統)」のいずれかに乗車し、「観心寺」バス停下車すぐ
[編集] 周辺情報
[編集] 参考文献
- 井上靖、佐和隆研監修、前登志夫、永島行善『古寺巡礼西国2 観心寺』、淡交社、1981
- 『週刊朝日百科 日本の国宝』36号(孝恩寺ほか)、朝日新聞社、1997
- 『日本歴史地名大系 大阪府の地名』、平凡社
- 『角川日本地名大辞典 大阪府』、角川書店
- 『国史大辞典』、吉川弘文館

