親米保守

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親米保守(しんべいほしゅ)とは、アメリカ合衆国に好意的(親米)で、政治思想としては保守的な立場を指す。対義語は反米保守

目次

[編集] 概要

日本では一般に、日米同盟(日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約)の維持・堅持・深化・発展を是とする保守派のことを指す。本項では、日本における親米保守について述べる。アメリカによる占領期がすべて民主党トルーマン政権期だったこともあって、高度経済成長期ごろまではアメリカ民主党と親和的であったが、日米経済摩擦以降は、労働組合依存度の高いアメリカ民主党との関係が悪化し、共和党キリスト教右派と政策の合致点が多い。自由主義資本主義擁護の立場から強烈な反共主義を主張することも特徴の一つである。

自由民主党の大半の議員、及び中央省庁の高級官僚の多くは親米保守の立場を取る。戦後、親米保守思想を支えてきたのは、保守本流と呼ばれる吉田学校に代表される戦後派の保守政治家と、戦前派の緒方竹虎正力松太郎岸信介児玉誉士夫といった連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)や中央情報局(CIA)のエージェント達である。CIAの援助を受けた自民党は、戦前の巨大な官僚組織を温存しつつ地方へは公共事業を斡旋する政策[1]と高度経済成長の相乗効果により、一定の成功を収めてきた。しかし、バブル崩壊と共に次第に再分配の制度が機能しなくなり、取って代って新保守主義者といわれる清和政策研究会森喜朗派)の小泉純一郎が圧倒的な世論の支持を背景に自民党全体を一時的に極端に親米保守化して強化した。また、公明党との選挙協力関係により、より一層のグローバル化を推進する方向となっている。

また、政権交代し与党となった民主党の中にも党内右派の前原誠司凌雲会)らを中心とする勢力がこれに該当する。2010年6月8日菅直人を首班として発足した菅内閣では凌雲会が主流を成し、会長の仙谷由人を中心とする増税を基調とした財政再建路線を志向した。環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)への参加を推進していることも共通する政策合致点である。これは仙谷や前原に限った事例ではなく、主に松下政経塾出身者全般に見られる現象である。2011年9月2日に成立した野田内閣もこの方針を踏襲した。野田佳彦財務省の意向を受け、デフレの下での増税路線を志向した。これに対し、石原慎太郎は「大いに期待する」として歓迎する意向を示した[2]

言論人や学者では、総じて中国北朝鮮ロシアに対してタカ派の意見を持つ議員が多く(この反動で中華民国・親北朝鮮政権でないときの韓国には融和的)、盛田昭夫との共著『「NO」と言える日本』(光文社カッパ・ホームス、1989年)を出版するなど、思想的には反米保守である石原などのオポチュニストの発言を代表例として示すことが出来る。代表的な親米学者としては、田中美知太郎福田恆存らに連なる西洋古典学派、高坂正堯に連なる現実主義国際政治学者たちを挙げることが出来る。

英国の歴史家アーノルド・トインビーは、大著「歴史の研究」において、強大な外部文明の挑戦を受けた文明の対応として、二つの典型を示した。「ゼロット(狂信的国粋主義者)」と「ヘロデ(開明的改革主義者)」である。「ゼロット」とは、民族的誇りに燃えて、英雄的にして悲壮な徹底抗戦を追求する狂信的愛国主義者であり、日本の幕末で言えば攘夷主義者がこれにあたる。一方、「ヘロデ」とは、その愚を悟り、強大な外部文明を受容し、その力の秘密を学びつつ、それによって長期的に外部文明を克服し独立を維持していこうとする立場である。トインビー自身は、日本を「ヘロデ主義」の好例としているが、ここで言う親米保守こそ、トインビーが称揚する「日本のヘロデ主義」を体現した人々と言えるという説もある[3]

[編集] 一般的な思想傾向

親米保守は反米保守と対比した用語であり、以前は「保守本流」と呼ばれ日本の戦後保守の主流だった。現在の親米保守は石破茂など右派リベラル(自由党系、保守本流)と、小泉純一郎など(日本民主党系、保守傍流)を包摂しているが、そのことと、近年は親米保守全体に新保守主義色が強まったことのため、保守本流と保守傍流の区別が明確ではなくなってきている。基本的に「民族の誇り」より「日本の生存と繁栄」(国家安全保障)を重視する。日本を事実上単独占領したアメリカ合衆国の持つ世界最大の経済力・軍事力に対抗できないこと、冷戦終結後の今も中国とロシアは戦略核兵器戦術核兵器を保有する軍事大国であるため、日本の国防が日米同盟に大きく依存している現状のもと、当面は米国の戦略に協力するべきというのが親米保守の基本的な思想である。つまり、日本が他国に攻撃された場合、アメリカの援軍を期待する以上、起こす戦争に兵力を参加させるのは同盟関係維持のため当然だとの考えである。

米国との協調により国益の追求が達成されると主張する(岡崎久彦)。自民党政権はホワイトハウスからの年次改革要望書の内容(大規模小売店舗法改正など数々の規制緩和民営化裁判員制度の導入など)を実行した。自衛隊に関しては憲法改正・軍隊保持に合わせて、世界各地における米軍の後方支援や平和維持活動への参加を主張する。中国北朝鮮と渡り合うためには、日米同盟の強化が有効であるという見解を持ち、集団自衛権行使が可能になるよう日本国憲法第9条第1項の解釈改憲を急いでいる。国際連合については安全保障理事会における米国の行動を支援するため常任理事国入りを目指しているが、拒否権を持つ中国などが反対して頓挫している。

また、自民党清和政策研究会為公会、それに近い者の中には単独核武装論を提唱・容認する者(安倍晋三麻生太郎中川昭一石原慎太郎高市早苗など)、北朝鮮による日本人拉致問題の被害者救出・解決のために対北朝鮮開戦も視野に入れると主張する者(小池百合子など)などもいる。他にも、小泉政権の構造改革を全否定する反米保守も少なからず存在する(西田昌司など)。しかし、財政赤字削減のための緊縮財政のため、親米保守の小泉純一郎が政権を取った際には、陸上自衛隊の旧式戦車や火砲を中心に削減を行った。現に小泉政権の時には、小泉の意を受けた財務省主計局主計官時代の片山さつきが、「潜水艦は時代遅れ」と定数増を認めず、周辺国による着上陸侵攻は今後想定出来ないとして戦車・野砲を900から600へ大幅に削減するなどした。タカ派的な対外強硬発言と裏腹の行動は一部の親米保守と反米保守から「防衛予算の総額削減ではなく、削減した分の予算を優先順位の高い装備購入費に回すべき」との要望・批判もなされた。

また中国に関しても「政冷経熱」という言葉があるように、経済関係上密接ではあるが、政治・外交的に歴史認識反日政策・反共主義により対立することが多い。韓国に対しては、経済面ではもちろん政治面においても関係が深く、韓国の軍事政権が伝統的に親米反共政策を取っていたためその流れをくむ韓国保守派と歩調を合わせる傾向がある。左派の盧武鉉政権では親北・反米・反日傾向を強めるようになったため摩擦が生じていたが、保守派・対北強硬派の李明博政権発足後は日韓の親米保守層は再び接近を強めている。また、吉田茂の時代から大陸中国寄りだった保守本流[4]と違い、保守傍流に由来する親米保守は伝統的に「台湾ロビー」として中華民国との関係も深いが、台湾に同情しながらも中国との外交関係に配慮して台湾とは表向きは一定の距離を置いている。

親米保守の中には、アメリカとは自由と民主主義・法の支配という基本的な価値観を共有しており、アメリカとの同盟深化こそが日本の国益になるとして、今後もアメリカとの同盟を推進・強化すべきと主張しているものの、太平洋戦争に関する歴史認識の面では反米である勢力もいる。反米保守色が強い平沼赳夫[5]城内実[6]らと極めて近い歴史認識を持ち、GHQの民政局(GS)による左派色の強い改革からの脱却である「戦後レジーム(体制)から脱却」を掲げ、東京裁判そのものを戦勝国による報復裁判として否定する安倍晋三が、その典型である。

政界・官界内では、右派リベラルは戦前・戦中の政府内部の親英米派・不戦派の流れを汲む政治家官僚であり、吉田学校系、保守本流である。戦前・戦中はあくまで日米開戦には消極的であり対米講和を推進していたグループで、太平洋戦争の敗戦による連合軍の進駐により、名実共に日本の政界・経済界を支配するようになった。

一方、右翼団体玄洋社の幹部で、朝日新聞社主筆小磯内閣国務相情報局総裁を務め、戦後、A級戦犯容疑者に指定されたものの(病気のため巣鴨プリズンに収監されず)、転向してCIAと密接な協力関係を築くことで首相目前まで行った緒方竹虎[7](第1回自民党総裁公選直前に急死)や[8]、CIAが緒方の後釜に選んだ元満州国総務部次長、東條内閣商工相、国務相兼軍需次官岸信介の様に戦前・戦中には大陸進出に比較的積極的な立場をとり、やはりA級戦犯容疑者に指定されながらも親米派へ転向することによってGHQに罪を許され(逆コースを参照)、戦後の日本を指導した親米政治家も存在する。この系譜に属する保守傍流政治家は親米反共主義の立場から積極的に冷戦期のアメリカの外交政策に協力しながらも、自主的な国防体制を模索し、戦後のGHQによる日本占領についても否定的な認識が強く、特に憲法については改正論あるいは自主憲法制定論を唱えている。このスタンスは中曽根康弘清和政策研究会に引き継がれ、安倍政権、麻生政権の中枢となった。なお、反米保守(観念的国家主義者)からは親米保守と言う呼称で一括りにされる石破茂前原誠司等右派リベラル・保守本流派と小泉純一郎ら保守傍流派であるが、戦後自由民主主義社会を戦前国家主義社会に戻す復古的改憲論については戦後自由民主主義か戦前国家主義かで両者の意見は激しく対立している。

戦後長期間に渡り、政権の中枢を占めていた自民党の保守本流派は他の自由主義諸国と同様に累進課税福祉を通した所得再分配政策を順次整備し、「一億総中流」と表現される社会を築き上げてきた。保守本流派は特に、土建業をはじめとする業界組織を通した分配政策により、地方の組織票を支持基盤にしていた(このことが「政官財癒着」「利権の温床」としてしばしば批判された)。また、日米安全保障条約を維持し安全保障面はアメリカに一任することでできる限り経済成長にリソースを振り分ける政策を継承していた。しかし、最近は国防依存される側の米国では依存されることに不快感を表明する意見が台頭しており、日本安保ただ乗り批判なども燻っている。挙句、中国の台頭を見て「再生不能の消耗資産」である日本から中国に乗り換えようという意見も米民主党に出てくるに及んで、右派リベラル・保守本流グループも国防再生を訴える石破茂前原誠司などのような政治家が出てくるようになった。

さらに、安倍晋三ら右派保守傍流が日本の証券取引所に上場している外資系企業の政治献金を認める政治資金規正法改正案を成立させ、アメリカ人を中心とした外国資本系企業による日本経済、日本社会への進出にも賛成している者もいる。経済政策で共通するのは、与謝野馨などに代表される増税路線・財政再建路線を支持し、消費税増税等を推進する。一部上げ潮派との政策共通点も多い。

[編集] 米国との関係

親米保守は基本的に保守主義者を名乗り、現在の日本国憲法戦後民主主義体制をアメリカに押し付けられたものとして否定し改正や改変を主張するが、その一方でアメリカのネオコンが推し進める武力による世界の民主化グローバル化を容認・援助する傾向がある古典的自由主義者(オールド・リベラリスト)である。

米国は軍国主義的傾向にあった日本を降伏させたことにより日本に自由と繁栄をもたらしたと見なしており、そのため米国内では日本の政治家の靖国神社参拝を、日本の保守勢力では戦前の歴史認識が温存されていることを示すものと考え、警戒している政治家も少なくない。日本の保守政治家が、米国との間で歴史評価について対立を孕む危険性は常に存在しており、日米保守勢力の間の歴史問題への態度の相違が近年しだいに顕在化してきている。米下院国際関係委員会において日本の従軍慰安婦動員を非難する決議[9]が採択されたほか、靖国の遊就館の展示内容を問題視する演説が行われている[10]。遊就館の展示内容についてはワシントン・ポスト紙でもジョージ・ウィルによる批判記事(2006年8月20日)が掲載され、岡崎久彦がこれを受けて展示内容の修正を求めている(2006年8月24日産経新聞「正論」欄)。なお、靖国神社自身も遊就館の展示内容の修正に向け作業中であるとしている(同月25日産経新聞朝刊)が実現されたか否かは不明。

反米保守左派からは「アメリカのいいなりになっているのではないか」と批判されるケースもあるが、「あくまでアメリカと利害が一致しているから協力するのであり、アメリカに反論すべき事はしっかり反論している」と主張する。

[編集] 韓国・宗教との関係

岸信介安倍晋太郎安倍晋三(この三人は一族でもある)など保守傍流の親米派は韓国の旧軍事政権の親米派・親米保守政党のハンナラ党とも交流を持っていて、発言にもみられるように基本的に韓国には好意的である。また、韓国発祥の反共団体国際勝共連合と深い関係を持ち、冷戦構造崩壊で、勝共連合の母体である統一協会が北朝鮮と親密になってからも協調関係にある。

岡崎久彦は、韓国は日本にとって親類の国であり仲良くするべきであるとし、韓国の反日感情については日本人の韓国人への蔑視が反日感情を煽り立てているとしている[11]

また櫻井よしこ田久保忠衛が主催するシンクタンク国家基本問題研究所ハンナラ党と交流がある[12]

[編集] 歴史認識

歴史認識においては、第二次世界大戦における日本の膨張政策に「やむを得なかった」とする見解から全否定的な見解まであり、南京大虐殺に対する認識でも大虐殺があったとする見解から小規模な虐殺があったとする見解、正当な戦闘行為の範囲内だったとする否定論まであるなど、見解は一致していない。ただし、中国共産党などが公表する日中戦争の被害については、「科学的根拠がなく、時代が下るにつれて死者数が膨張している」などとしていずれも否定的である(日本では中国侵略を激しく批判する左派勢力も含めて、中国共産党の主張する南京大虐殺などの被害規模については過大であるとする見解で一致している)。

[編集] 現状

親米保守派は保守系雑誌・メディアへの出演も多く、政界財界において最も強い力を持っている。また、官僚外務省)の外交方針の基調も、戦後一貫して親米保守である。かつては朝日毎日を中心に左派系の影響が強かった新聞社などのマスコミでも、左派のシンボルだった朝日で親米保守の船橋洋一が30年間空席だった主筆に起用されるなど、親米保守派の勢力が強まっている。アメリカに依存した国家主義を基調とし、民族の自立を前提としていない親米保守派は、民族主義を優先させる反米保守派との対立構造があるが、自民党内の親米姿勢が極端になる小泉内閣の成立までは、革新・左翼陣営に対して共闘することも多かった。

しかしイラク戦争以降は親米保守と反米保守の対立が前面化した。小林よしのり東谷暁などの反米保守は、親米保守が日本や他のアジア諸国の独立を蔑ろにしているとして親米保守を似非保守などと非難し、親米保守派は反米保守を「極右の皮をかぶった反日左翼」(「反米は反日・親中・親朝につながりうる」という持論から)として非難する者もいる。「新しい歴史教科書をつくる会」も、湾岸戦争で反米保守に目覚めた共産党教育学者、藤岡信勝が興したものである。[13]

[編集] 脚注

  1. ^ 主に戦後から90年代までに隆盛を誇っていた自民党内部のハト派保守・保守左派勢力、具体的には経世会(現・平成研究会)や宏池会が採った
  2. ^ 「大いに期待する」石原知事 産経新聞2011年8月29日
  3. ^ 五百旗頭眞「日米戦争と戦後日本」大阪書籍
  4. ^ 吉田茂は大陸中国との平和条約締結を希望していたが、アメリカの圧力で中華民国と平和条約を結ばされた。衞藤瀋吉日華平和条約外務省外交史料館日本外交史辞典編纂委員会編『新版 日本外交史辞典』山川出版社、1992年。
  5. ^ 平沼は浜田和幸著『「国力」会議 』にて、「あくまで日米で協力すること。その上で自由主義陣営のために頑張っていく。こういう基本姿勢は崩してはいけないと思っています。」と答えており、太平洋戦争に関する歴史認識以外では反米保守的ではない。
  6. ^ 月刊「現代」の鼎談 « 城内実のとことん信念ブログ
  7. ^ 玄洋社の最高実力者・頭山満は緒方竹虎の結婚の仲人を務めた。一方、緒方は頭山の葬儀副委員長を務めた。葬儀委員長は、A級戦犯として文官でただ一人絞首刑となった広田弘毅である。
  8. ^ 20世紀メディア研究所・特別研究会―CIA と緒方竹虎
  9. ^ H. Res. 759, Expressing the sense of the House of Representatives that the Government of Japan should formally acknowledge and accept responsibility for its sexual enslavement of young women, known to the world as "comfort women", during its colonial occupation of Asia and the Pacific Islands from the 1930s through the duration of World War II, and for other purposes, Sep. 13, 2006.
  10. ^ Japan’s Relations with Her Neighbors: Back to the Future?Henry J. Hyde
  11. ^ 岡崎「なぜ、日本人は韓国人が嫌いなのか―隣の国で考えたこと」
  12. ^ 国基研代表団ソウルを訪問
  13. ^ 藤岡信勝「『近現代史』の授業をどう改造するか 第1回」『社会科教育』1994年4月号、藤岡信勝編『「近現代史」の授業改革 1 ■「戦争の授業」のパラダイム転換――東京裁判史観を超えて――』明治図書、1995年9月、藤岡信勝「自由主義史観とはなにか」『諸君』1996年4月号など。

[編集] 親米保守の著名人

[編集] 言論人

[編集] 学者

[編集] 政界

政党

首長

[編集] 財界人

[編集] 活動家

[編集] 親米保守系メディア

[編集] 親米保守系政治結社

[編集] 親米保守系シンクタンク・政治家養成機関

[編集] 親米保守系経済団体

[編集] 注釈

  1. ^ 石原慎太郎自身は、『「NO」と言える日本』を出版するなど、80年代から90年代にかけては反米保守色が強かったが、 安倍晋三を囲む親米保守系財界人懇談会である「四季の会」メンバーから都知事選を様々な面で支援されたほか、都政に財界系シンクタンクである野村総研や三菱総研を政策立案に多様し、東京の大規模再開発事業や外環道整備、減税で外資の参入を促進するなどしている。また、大規模災害対応訓練に都知事として初めて在日米軍を正式参加させた。小泉政権の閣僚として構造改革を推進した慶大教授竹中平蔵とは家族ぐるみの親密な付き合いであり、自身の息子である石原伸晃石原宏高の家庭教師役や選挙応援を頼んでいた。
  2. ^ 関西財界の二大勢力である関西経済連合会と関西経済同友会の双方と親しい関係にあり、大阪の大規模再開発事業や競争原理重視の教育改革などは財界団体からの要望書などが多く反映されている。また、日本教育再生機構とは教育改革で協力関係にある。
  3. ^ 県政に野村総研や三菱総研を多用し、県の震災復興計画や水産業への民間企業参入を可能にする特区計画を野村総研に一任させている。また、アメリカの保守系シンクタンクである戦略国際問題研究所と震災後に県庁にまで招いて会談し、東北全体を外資参入推進特区としてアメリカ企業が大々的に震災復興・再開発に参入出来るようにすべきとの認識で一致したほか、沖縄に駐留する米海兵隊のグアム移転に関わるグアム再開発で行われるはずであったスマートグリッド構想をグアムより先に日米同盟の象徴として東北で行う事でも一致した。この他、アメリカのカジノ運営会社がビジネスジェット受け入れ空港に改造した仙台空港と直結した形で大規模カジノとホテル街を建設する計画を持ちかけており、仙台空港周辺の地権者に対して日本の有名コンサル会社が説明会を繰り返し行っている。

[編集] 関連項目

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