西陵古墳

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西陵古墳
Sairyo Kofun-20070108.jpg
位置 北緯34度19分38秒
東経135度10分9秒
所在地 大阪府泉南郡岬町淡輪
形状 前方後円墳
規模 墳丘長210m
築造年代 5世紀中頃
出土品 円筒埴輪、朝顔形埴輪、器材埴輪など
史跡指定 1922年国指定
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西陵古墳(さいりょうこふん、西二山在(にしにさんざい)古墳 とも)は、大阪府泉南郡岬町淡輪に存在する古墳

概要[編集]

西陵古墳のステレオ空中写真(1979年) 国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

墳丘長210メートル、後円部直径115メートル・高さ18メートル、前方部推定幅108メートル・長さ110メートル・高さ14メートルの前方後円墳である。全国26位の規模である。

墳丘は、三段築成であり、葺石で葺かれていた。西側(前方部から見て右側)に長方形の造り出しがある。

周囲には、幅15メートルから35メートルの周濠がめぐっている。

外部からは、円筒埴輪、朝顔形埴輪や、蓋形・盾形・短甲形・家形埴輪といった器材埴輪が見つかっている。

後円部には、主体施設として、かつて凝灰岩製の長持形石棺の蓋石が一部露出していたが、1922年(大正11年)、国の史跡に指定された際に埋め戻された。棺の蓋の長辺側には二個の円形突起(縄架突起)があったという。また、竪穴式石室の存在が推定されている。

被葬者としては、紀小弓宿禰とする説(『日本書紀雄略天皇9年(465年))、紀船守とする説(『和泉志』)、五十瓊敷入彦命とする説(『南游紀行』)がある。

墳丘内には遊歩道があり、自由に観察することができる。

1922年3月9日、国の史跡に指定されている。

本墳北側に2基の円墳(陪塚)が現存し、陪塚として国の史跡に指定されている。かつて、もう1基の古墳が存在し、線路の敷設時に破壊されたが、その際に提瓶2個、高杯1個、2個、平瓶1個、刀身断片、鉄鏃2本が出土した。

参考文献[編集]

  • 「大阪府史蹟名勝天然紀念物調査報告 第三輯」、1932年、大阪府
  • 「大阪府の地名Ⅱ」、1986年、平凡社

関連項目[編集]

外部リンク[編集]