西部戦線異状なし

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西部戦線異状なし』(せいぶせんせんいじょうなし、原題:Im Westen nichts Neues [1])は、ドイツエーリッヒ・マリア・レマルクの長編小説1929年発表。

概要[編集]

第一次世界大戦西部戦線に投入されたドイツ軍志願兵のパウル・ボイメルが戦争の恐怖、苦悩、虚しさを味わい、戦死するまでの物語。題名は、パウル・ボイメルが戦死した1918年10月のある日の司令部報告「西部戦線異状なし、報告すべき件なし」に由来している。

作品では、激しい戦闘、戦友の死、帰郷、負傷といった様々なエピソードを時系列が明確でない形で述べられている。その中で写実的な部分とパウルの内省の部分との対比が、パウルの苦しみの深さ、ひいては作者をはじめとするドイツの若者が負った苦しみの深さを際立たせている。一兵士の死が記録に残らず、大した問題にならないという結末は、同じ一兵士でも兄弟すべての戦死により8名の命を賭けて救出された(実際に戦死した斥候チームメンバーは6名)『プライベート・ライアン』とは対照的である。

1930年アメリカリュー・エアーズ主演、ルイス・マイルストン監督で映画化された。1930年第3回アカデミー賞作品賞、監督賞受賞。詳細は西部戦線異状なし (映画)を参照。また1979年にもアメリカのテレビ局、CBS放送によりテレビ映画としてカラー映像でリメイクされ、1980年ゴールデングローブ賞を受賞し、プライムタイム・エミー賞 作品賞 (テレビ映画部門)にノミネートされた。詳細は西部戦線異状なし (テレビ映画)を参照。

反戦的と解釈できる内容のため、ナチス・ドイツでは所有が制限された。

登場人物[編集]

人名の表記は秦豊吉訳(中央公論社から1929年、新潮社から1955年)に準拠する[1]

ボイメル,パウル (Paul Bäumer)
物語の主人公。年齢は19歳ほど[2]。第一次世界大戦の最中に、担任教師カントレックに言いくるめられ、級友のクロップやミユツレルらとともに、半強制的に軍への入隊を志願させられた。本来は優しい性格だったが、今では人の死を何とも思わなくなっている。カントレック、ヒムメルストオスと立て続けに冷酷な小男に出会ったため、短身の男性は性格が悪いという偏見を抱いている。とはいえ、彼らと同様に背の低いクロップやケムメリヒとは親しい。詩や戯曲を作るのが趣味で、自宅には古本の山やピアノもあったが、戦地で過ごす間に芸術への情熱を完全に失った。終戦後に何をして暮らすかという希望が全くない。
クロップ,アルベルト (Albert Kropp)
パウルのギムナジウムでの級友の一人で、特に仲がよい。同期の中では最も早く一等兵に昇格した。小柄な優等生。ミユツレルと異なり、気も利けば融通も利く。
ミユツレル (Müller)
パウルのギムナジウムでの級友の一人。自信家にして勉強家。将校になろうと、戦闘の合間に試験勉強に励んでいる。感情論を嫌い合理性を重視する性格。しばしば場の空気を無視した発言をする。優しさ自体が欠如しているわけではなく、人並みには好かれている。級友のケムメリヒが死ぬ際に、あらかじめせがんだ甲斐もあり、立派な革靴を譲り受ける。
チャアデン (Tjaden)
西部戦線でのパウルの戦友の一人。パウルたちとは同年代。本職は錠前屋。好戦的かつ楽観的、そして陽気な性格。痩せ型ながら大食漢。戦場では我慢しているものの、料理にはうるさい。病気のため、眠ると必ずお漏らしをする。そのことは、ヒムメルストオスが体罰を加える恰好の口実の一つとなった。そうでなくとも、反抗的な態度のためヒムメルストオスには特に憎まれている。
カチンスキイ,スタニスラウス (Stanislaus Katczinsky)
西部戦線の古参兵。40歳ほど。妻と息子一人がいる。本職は靴屋。荒れた戦場の中に隠れている食べ物や物資を見つけ出したり、不穏な気配を察知したりする能力に長ける。パウルとクロップは、カチンスキイがいると何かと得なので、恩を売って仲良くなっている。
レエル (Leer)
パウルのギムナジウムでの級友の一人。顎鬚を生やしている。好色家で、従軍する前はたびたび公認の売春宿に通っていた。原作では、やや存在感に欠ける。
デテリング (Detering)
西部戦線でのパウルの戦友の一人。本職は農民。軍馬が傷つく様を見るのが耐えられないらしい。愛妻家で、故郷の村が飢餓に襲われていないか常に案じている。無口な性格で、あまり他人とは関わらない。終盤、桜の花が咲いたのを見て望郷の念を起し、脱走を図るが、憲兵に発見され軍法会議にかけられる。
ウェストフウス,ハイエ (Haie Westhus)
西部戦線でのパウルの戦友の一人。本職は泥炭掘り。顔にそばかすがある。仕事で鍛えられたためか、手が大きい。泥にまみれて労働者として酷使されるよりも、軍隊で暮らす方が楽だと考えている。中盤で背に傷を負い、それが原因で死亡する。
ベルチンク (Bertink)
主人公たちが所属する第二中隊の中隊長。階級は少尉二等兵からの叩き上げで、しばしば配下への気遣いを見せる。そのため、兵士からの人望は厚い。一部の書籍では中尉と紹介されることがあるが、これはドイツ語のLeutnantが少尉と中尉の双方を意味することに由来する誤り。ただし、映画版では設定の変更により、公式の紹介で中尉とされている。
ヒムメルストオス (Himmelstoss)
パウルたちの新兵教育に当たった第九班の班長。軍歴12年の下士官。本職は郵便屋で、応召して軍に復帰。小柄で、狐色の頬髯を生やしている。どの兵士からも激しく憎まれている陰湿な軍人。暴漢というよりは冷血漢である。パウルたちを苛めた翌年の新兵訓練で、州知事の令息をそれと知らず痛めつけたため、左遷として戦火の飛び交う西部戦線へ送られてくる。戦線で先輩風を吹かすクロップやチャアデンのために、上官ながら肩身の狭い思いを強いられる。また、意外と臆病であることが判明。ウェストフウスが戦死した際に、重傷を負った彼を連れ帰って来た。その後パウル達に仲直りを申し出て、ようやく過去の横暴を赦免された。映画版ではウェストフウスを助けた場面はなく、最後まで憎まれ役である。また、頬髯ではなく顎鬚を生やす男と、容姿の設定が変更されている。
カントレック (Kantorek)
ギムナジウムの教師で、パウルの担任だった人物。パウル曰くドブネズミのような男。いつも灰色のフロックコートを着ており、眼鏡を掛けている。ヒムメルストオスと同じく小柄な体格。「なっちょらんぞ、あーん」という独特の口調で生徒を意地悪く叱り飛ばす。軍国主義帝国主義の思想の持ち主であり、自分が受け持つ生徒全員を、彼らの意思とは無関係に軍隊へ送り込んだ。中盤でドイツの兵員が不足してくると、他の大人とともに新たに国民兵として徴兵されてしまう。その後は、かつての教え子ミッテルステットのもとで、過去の報復として徹底的に苛められている。映画版では徴兵されたという描写はなく、相変わらず学校で、「いかにドイツ帝国が素晴らしいか、いかに参戦が栄誉あることか」という、うさんくさい長談義を垂れ流しているらしい。
ケムメリヒ,フランツ (Franz Kemmerich)
パウルのギムナジウムでの級友の一人。小柄で童顔。白く綺麗な肌を持っており、女の子のような雰囲気を漂わせている。冒頭の時点で既に片足を切断するほどの重傷を負っており、間もなく野戦病院で息絶える。死に際して、英国製の高級な革靴をミユツレルに譲り渡す。山林を保護する技師を目指していた。ケムメリヒの母は息子思いの人物で、出征の時にも、ケムメリヒの戦死の報を聞いた時にも大いに泣き崩れた。出征の時には、彼女はパウルに心から同情されるが、戦地で暮らして生死の感覚が麻痺した後年のパウルには、「息子一人が死んだくらいで何をめそめそと」と、軽蔑すべき対象として見られる。
ベエム,ヨオゼフ (Josef Behm)
パウルのギムナジウムでの級友の一人。カントレックが教え子たちに出征を促した際、戦死への恐怖から生徒の中で最も強く異を唱えた。結局、世間からの卑怯者呼ばわりを避けるために軍への入隊を余儀なくされる。皮肉にも、西部戦線で初めて戦死した人物の一人となる。銃で眼を潰されて地に倒れ、仲間からは死んだと思われたが、実はその時点ではまだ息が残っていた。それから長時間悶え苦しんだ末に、敵兵から銃でとどめの一撃を食らった。冒頭の時点で既に戦死しており、回想のみで登場する。ただし、映画版では現実にパウルとともに奮戦する様子が映される。
ミッテルステット (Mittelstaedt)
パウルのギムナジウムでの級友の一人。軍の同期ではあるが、負傷のため西部戦線からは退いている。その後は故郷の兵営で新兵の教育を任される。ベエムやケムメリヒの怨みを晴らすべく、新たに徴兵されてきたカントレックを特別に厳しくしごき抜いている。中隊長の娘と仲良くなったため、本来の身分以上に威張ることができる[3]。そのうち戦線へ戻れとの命令が来るらしいが、現在は自分の地位を大いに楽しんでいる。
新兵
主人公の後輩に該たる新兵の一人。明らかに子供。金髪。戦場で砲撃を受け、腰が液状に解けるほどの重傷を負って激痛に苦しむ。カチンスキイは密かに銃で安楽死させてやろうと考えたが、友軍が駆けつけて来たため叶わず、彼は苦悶の中で死ぬこととなった。
デュヴァル,ジェラアル (Gérard Duval)
戦場でパウルに刺し殺された、敵国フランスの青年兵士。本職は植字工。傷を負ってからも数時間ほど塹壕の中で余喘を保っていた。パウルは突如自責の念に駆られて塹壕に身を隠しつつ介抱するも、それも空しく結局は死亡。故郷に妻と娘を残している。
ハマッヘル,ヨオゼフ (Josef Hamacher)
パウルとクロップが後方の病舎で出会った負傷兵。髭がある。狂人を装っており、軍医を騙し込んで実際に証明書も取得している。頭部を撃たれて精神に異常を来したという筋書き。狂人を刺戟することは軍規で禁じられているため、誰も彼を懲罰することができず、好き勝手に暴れる自由を得ている。パウルが怒りから修道女に瓶を投げつけ処罰されそうになった時、自分が犯人だと名乗り出て、人気が高まった。久しく病舎で過ごしているため、医療の裏事情について知悉している。
レワンドウスキイ,ヨハン (Johann Lewandowski)
パウルとクロップが後方の病舎で出会った負傷兵。腹に銃創を負い、数カ月かかって回復してきた。病室の最年長で、およそ40歳。故郷のオランダに妊娠した妻マリアMaria)を残している。その妻は、必死で貯めたお金を使い、無事に産まれた赤子とともに病舎へ見舞いにやってきた。同室の傷病兵たちが見張りと子守りとを引き受け、レワンドウスキイは彼女と性交を果たす。
カイゼル (Kaiser)
皇帝ヴィルヘルム2世。配下のヒンデンブルグとともに実在の人物。中盤で西部戦線へ兵士の激励に訪れ、鉄十字章を親授した。実物は、かつてパウルが想像していたよりも威厳に乏しい存在だった。史実では病気で左腕の自由を失っているが、原作にそのような記述はない。映画版では再現されている。パウルの臆測によれば、カイゼル自身は今回の戦争に消極的で、側近の圧力によって仕方なく開戦を迫られたらしい。この見解は現代の学界の通説とは異なる[4]
パウルの家族 (Familie Bäumer)
父母の他に、姉のエルナErna)がいる。父は自宅で製本の仕事をしているが、収入は芳しくなく残業の毎日。他の大人と同じく歪んだ愛国心に毒されており、パウルが戦争に行ったことを悲歎するどころか喜んでいる。母は対照的に穏やかで、常に戦線の息子を気遣い、パウルが休暇で帰還した際には温かくもてなした。もとより病弱な人物で、心痛のために久しくベッドで寝込んでいたが、にも襲われたため、高額な医療費を払ってルイゼ病院へ入院することになった。

脚注[編集]

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  1. ^ そのため、現代のドイツ語の一般的な表記とは異なる。また、1930年の映画版では人名は英語風の発音であり、1979年のリメイクではドイツ語の音韻に忠実ながら現代風の表記が採用されているため、一見すると違和感を覚える。特にミユツレルミュラーウェストフウスベスタスが顕著な例。また、映画版のリメイクではミユツレルにはフリードリッヒ、レエルにはピーターというファーストネームが与えられている。
  2. ^ 入隊したのは18歳。冒頭では19歳。没年齢は20歳。
  3. ^ この中隊長はベルチンクとは別人。
  4. ^ 史実では、ドイツが第一次世界大戦に参戦したのはヴィルヘルム2世自身の意向である。君主よりも側近の方が開戦に積極的だったのは、ロシア(君主はニコライ2世)とオーストリア(君主はフランツ・ヨーゼフ1世)である。

日本語訳[編集]