西谷尚徳

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西谷 尚徳
RE-Hisanori-Nishitani.jpg
2009年8月26日 ロッテ浦和球場
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 埼玉県久喜市
生年月日 1982年5月6日(29歳)
身長
体重
177cm
76kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 二塁手三塁手一塁手
プロ入り 2004年 ドラフト4巡目
初出場 2006年9月10日
最終出場 2009年6月18日
経歴(括弧内は在籍年)

西谷 尚徳(にしたに ひさのり、1982年5月6日 - )は、埼玉県久喜市出身の元プロ野球選手内野手)。

目次

[編集] 経歴

明治大学時代は2001年、1年次春に打率.417を記録して打撃成績リーグ2位に輝きベストナイン受賞。大学野球界に鮮烈なデビューを飾るも、1年夏に顔面骨折、2年秋には左前腕を骨折と2度の大怪我に見舞われる。そのため2年、3年時の成績は精彩を欠いたものだった。しかし2004年主将を務めた4年次春に再び打率を4割に乗せる活躍で春・秋と続けてベストナインを受賞し、第33回日米大学野球のメンバーにも選出された。大学通算で74試合に出場し260打数79安打、打率.304, 3本塁打、27打点

2004年のドラフト4巡目で東北楽天ゴールデンイーグルスに指名を受け入団。2006年シーズン終盤、初めて一軍合流。主に三塁手として出場し、少ないチャンスながら結果を出した。同年11月10日、公式ブログを開設。「野球人としての『西谷』ではなく日常の『にしたに』のブログにしたい」とコメントした。

2007年3月、前年のフェニックスリーグ出場中に傷めた右手術をした。リハビリに丸1年を要し、一・二軍を通じて公式戦には全く出場できなかった。2008年には復調し、イースタン・リーグで打率.342の好成績を残したが、一軍出場はなかった。

2009年、6月10日に約3年ぶりに一軍登録され、6月15日の横浜戦では先制のセーフティースクイズを決めるなど3打点の活躍でプロ入り初のヒーローインタビューを受けたが、その後は結果を残すことができず、11月2日に球団から戦力外通告を受ける。12球団合同トライアウトを受験し、その結果、阪神タイガース育成選手として入団[1]

2010年10月1日に再び戦力外通告を受け、10月29日に自由契約選手公示がなされた。

今後は、教師やホテルマン、大学教員などへの転身を視野に入れている[2]

[編集] 人物・プレースタイル

俊足の内野手。小技もそつなくこなす。捕球、送球に難があるが守備範囲は広い。性格は練習熱心で真面目である。

大学在学中に高校国語教員免許を取得している。2006年オフに仙台市内の小学校を訪問。これは西谷の提案により授業に近い形で行われ、プロ野球選手が行うものとしては一風変わったものになった。3日がかりで作ったイラストボードを使用し、「気付くということの大切さ」「夢と目標」について子供たちの前で話した[3]。その後も精力的に学校訪問活動を行っている。

[編集] 詳細情報

[編集] 年度別打撃成績

















































O
P
S
2006 楽天 10 32 28 2 10 2 0 0 12 4 0 0 3 0 1 0 0 2 0 .357 .379 .429 .808
2009 6 25 22 0 2 1 0 0 3 3 1 0 3 0 0 0 0 4 0 .091 .091 .136 .227
通算:2年 16 57 50 2 12 3 0 0 15 7 1 0 6 0 1 0 0 6 0 .240 .255 .300 .555

[編集] 記録

[編集] 背番号

  • 6 (2005年 - 2009年)
  • 127 (2010年)

[編集] 脚注

  1. ^ 育成選手契約について”. 阪神タイガース (2009年12月10日). 2011年11月18日閲覧。
  2. ^ 元東北楽天ゴールデンイーグルス・西谷尚徳氏ゲスト講義”. 立正法学部NOW (2010年11月26日). 2011年11月18日閲覧。
  3. ^ 西谷尚徳公式ブログ~ひとりでできるもん!~ 2006年11月21日付記事

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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