西河翔吾

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西河 翔吾
名前
愛称 ショーゴ
カタカナ ニシカワ ショウゴ
ラテン文字 NISHIKAWA Shogo
基本情報
国籍 日本
生年月日 1983年7月1日(26歳)
出身地 広島市中区舟入
身長 182cm
体重 74kg
血液型 O型
選手情報
在籍チーム モンテディオ山形
ポジション DF
背番号 34
利き足
クラブチーム1
クラブ App (G)
2004-2006
2006-2008
2009
2009-
サンフレッチェ広島
徳島ヴォルティス
サンフレッチェ広島
モンテディオ山形
020 (0)
085 (3)
00 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2008年12月19日現在。
Template(ノート 解説)サッカー選手pj

西河 翔吾(にしかわ しょうご、1983年7月1日 - )は、日本のサッカー選手ディフェンダー)。広島県広島市中区舟入出身。Jリーグモンテディオ山形所属。広島修道大学卒業

目次

[編集] プレースタイル

端正な容姿のイメージとは正反対の強いフィジカルが武器で、空中戦に定評があるディフェンダー。

[編集] 来歴

中学時代は広島大河フットボールクラブでサッカーをし、このころからDFとしてプレーしだした。市立沼田高から広島修道大学商学部に進学し、サッカー部に所属[1]

転機となったのは2003年、天皇杯広島県予選にあたる全広島サッカー選手権大会で、当時高校世代最強と言われたサンフレッチェ広島ユースと対戦した際に、足立修スカウトの目に留まりサンフレッチェ広島の練習に参加。監督の小野剛にも認められ、翌2004年2月に特別指定選手となる。同年12月には広島修道大学の主力として全日本大学サッカー選手権大会に出場し、予選リーグ初戦で筑波大学と対戦、当時筑波に所属していた平山相太を完璧に抑え勝利に貢献した[2]

その後シーズン終了後に現役大学生のままプロ契約を交わし晴れてJリーガーとなった[3]。 2005年終盤にはレギュラーとして活躍、2006年3月には広島修道大学を卒業し、更なる活躍を期待されるも、チームの不振や監督交代もあり、出場機会が激減した。

出場機会を求め同年9月、即戦力DFを求めていた徳島ヴォルティスへレンタル移籍。レギュラーを獲得し、一時はゲームキャプテンも務め、レンタル元のサンフレッチェ広島からゴールを奪うなど活躍した。

2009年から広島に復帰。しかし、ディフェンダーにパスワークへの参加、足元の技術を求めるミハイロ・ペトロヴィッチ監督のスタイルに対応することが出来ず、半年後の同年6月には、モンテディオ山形へ再びレンタル移籍した。

[編集] 所属クラブ

ユース経歴
プロ経歴

[編集] 個人成績

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
2004 広島 34 J1 5 0 1 0 0 0 6 0
2005 広島 22 J1 13 0 0 0 2 0 15 0
2006 広島 22 J1 2 0 3 0 - 5 0
徳島 33 J2 8 0 - 1 0 9 0
2007 徳島 6 J2 42 1 - 1 0 43 1
2008 徳島 6 J2 35 2 - 1 0 36 2
2009 広島 3 J1 0 0 0 0 - 0 0
山形 34 J1 -
通算 日本 J1 20 0 4 0 2 0 26 0
日本 J2 85 3 - 3 0 86 3
総通算 105 3 4 0 5 0 114 3
  • 2004年は特別指定選手として出場

[編集] 出場歴

[編集] 代表歴

[編集] 脚注

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  1. ^ 2002年頃広島ビッグアーチでボールボーイをしていた。(修道大とビッグアーチはすぐ近くにあるため、サッカー部が常にボールボーイを担当している。)
  2. ^ 同大会決勝トーナメント初戦も同じカードで敗戦
  3. ^ 同期入団は前田俊介佐藤昭大高柳一誠森脇良太桑田慎一朗中尾真那入船和真

[編集] 関連項目

[編集] 関連リンク

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