西武101系電車
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西武101系電車(せいぶ101けいでんしゃ)は、1969年(昭和44年)に登場した西武鉄道の通勤形電車。
また、本項では同一機器を搭載している西武301系電車(せいぶ301けいでんしゃ)についても述べる。
本系列は、旧101系(低運転台車、101F - 225F)と新101系・301系(高運転台車・227F - 261F・269F - 295F・301F - 313F)の2種類が存在する。このうち前者は2004年(平成16年)12月19日をもって新宿線と池袋線での運用を終了し、さらに2008年(平成20年)2月3日には多摩湖線からも運用を終了しているが、現在でもワンマン運転対応車が多摩川線で4本が継続使用されている。
目次 |
[編集] (旧)101系
| 西武101系電車 | |
|---|---|
旧101系 クハ1197 2004年10月 横瀬車両基地 |
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| 編成 | 4・6両編成 |
| 起動加速度 | 2.3(2M2T)(高加速度設定時2.5)、3.0(4M2T)km/h/s |
| 営業最高速度 | 105km/h |
| 設計最高速度 | 120km/h |
| 減速度 | 3.5km/h/s(常用最大) 4.5km/h/s(非常) |
| 車両定員 | 168人(座席64人)[モハ101] |
| 全長 | 20,000mm |
| 全幅 | 2,813mm |
| 全高 | 4,231mm |
| 車両質量 | 40.0t(モハ101) |
| 軌間 | 1,067(狭軌)mm |
| 電気方式 | 直流1,500V (架空電車線方式) |
| モーター出力 | 150kW |
| 主電動機 | 直巻整流子電動機 |
| 歯車比 | 15:86=1:5.73 |
| 制御装置 | 抵抗制御 (MMC-HTB-20E) |
| 駆動装置 | 中空軸平行カルダン |
| 台車 | FS372・FS072 |
| ブレーキ方式 | 抑速ブレーキ装備発電ブレーキ付き電磁直通空気制動(HSC-D) |
| 保安装置 | 西武形ATS |
| 製造メーカー | 西武所沢車両工場 |
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この表について
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[編集] 概要
1969年(昭和44年)の西武秩父線開業に合わせて山岳路線を走行するための高出力高ブレーキ性能の車両として登場し、同年3月5日に営業運転を開始した。登場時は「ASカー(All round Service Car)」とも称された。1976年(昭和51年)までに4両編成50本(200両)と6両編成13本(78両)の計278両が新製された。このうち6両固定編成の電動車2ユニット中1ユニットには当時の大手民鉄では大変珍しいハイフン付ナンバー(モハ101-21 - 30・201 - 216)が登場している。
[編集] 車両の特徴
車体は先に登場した801系に準じているが、ワイパー、塗装、車内見付けの変更、床下機器が変更されている。台車は同系列のクハ1801形が装着していたFS-067の空気バネ・インダイレクトマウントタイプからダイレクトマウントに変更されたものでクハ1101形がFS-072、モハ101形がFS-372を装着する。内装は、当初黄色と茶色をベースにした暖色系を採り入れていた。
旧101系の大きな特徴は、主電動機は701系用のものから大幅に出力アップした日立製作所製のHS-836-Nrb・Prb(出力150kW)又は東洋電機製造製TDK-8010-A(出力150kW)を搭載し、西武初の発電制動付き電磁直通空気制動(HSC-D)を採用、勾配抑速発電制動を装備したことである。これは急勾配が続く山岳線区を走行するための装備であり、同時期に登場した5000系もこれと同様の装備を有する。これにより在来系列との通常の併結運転が不可能になった[1]。主制御器は日立製のMMC-HTB-20E(弱め界磁起動1段、直列12段、並列13段、弱め界磁5段、発電制動25段)で、一般的な抵抗制御としては多めに取り高加速性能を得ている。定格回転数を1,850rpm(80%界磁)[2]と高く設定したほか、最弱め界磁率は40%から35%に拡大され、高速性も向上している。
電動空気圧縮機(CP)はAK-3型[3]を電動車の偶数車に2台搭載した。後の冷房化改造や特別修繕工事に併せてHB-2000に交換した車両も多く存在した。
[編集] 冷房化
旧101系は当初非冷房で登場したが、1972年(昭和47年)に試作冷房編成として171F - 181Fの4両編成6本(24両)が新製された。これらの編成にはパンタグラフのあるM1車にCU-72形集中式冷房装置を1基、他の3両にはCU-16形集約分散式冷房装置を5基搭載した。冷房化による大容量交流低圧電源確保のために、150kVAの電動発電機(MG)MG117-Sを搭載した。車内には補助送風機として扇風機が設置され、特にM1車は天井から張り出したダクトが目立っていた。
比較試験の結果、量産車では集中式冷房装置を採用することとなり、1973年(昭和48年)には121F - 129Fが冷房改造された。従来4両編成のみが存在していた旧101系だが、この5編成は同時に新製冷房車のMM'ユニット2両を組み込むことで6両編成[4]とした。量産冷房車ではダクト埋め込みの平天井となり、補助送風機もラインデリアとなった。同時にMGを容量12kVAのHG-534-Mrbから120kVAのMG114A-Sへ交換している。1974年(昭和49年)からは新製冷房車となる191Fが登場し、4両編成のためMGは150kVAのMG117A-Sを搭載した。冷房改造は新製車導入と並行して行われたが、池袋・新宿線間での冷房車比率を均等にする目的で旧101系の冷房改造は一時中断となった。
701系・801系・401系の冷房改造完了後に旧101系の冷房改造を再開し、1987年(昭和62年)の161Fを最後に改造を完了した。1983年(昭和58年)以降の改造では室内化粧板の取り替えも同時に施工された。その後、試作冷房車のうち175F・177Fが他編成と同一の集中式冷房装置へ改造されたが、残りの4編成は4000系に機器を提供するため未改造のまま廃車となった。また後期に冷房化改造した101F - 119F・131F - 139F・149F - 161F・175F・177Fの43編成は、側灯の電球[5]が2灯化されている。
[編集] 冷房化以外の改造
冷房化以外の改造点としては、列車無線装置の設置、ブレーキ制御装置の変更(カバー付き)、前面密着連結器の胴受形状変更、ドアエンジンのTK-4D形からSTK-4D形への改造(戸開き時に排気音→戸閉め時に排気音)などが全車に、空気圧縮機への除湿装置の取り付け、屋根と床下機器のグレー色への変更、電動発電機のSIV(静止形インバータ)化を一部車両に施工している。また、詳細の時期は不明であるが、1990年代中頃から乗務員室の客室仕切り扉に客室側より忍び錠にてラッチ施錠ができるように改造がなされた。これはドアシリンダーの引っかかりが甘く営業走行中に車掌の車内改札中に急に開いてしまうことが多々あったこと、また折り返し駅などで悪質な者に勝手に車掌スイッチを扱われる事件があったことに加え、備品盗難防止や保安上の観点から追加改造された。また、時期を同じくして他系列でも旧101系と同様に忍び錠がないと操作できない新タイプの車掌スイッチに交換された。
[編集] リフレッシュ工事(特修)
1988年(昭和63年)の新2000系の登場とほぼ同時期に車内・外のリフレッシュ(特別修繕工事)を開始し、129F・183F・191F - 201F・209F - 225Fの30編成に施工した。このうち129Fと183Fは室内の化粧板について黄色系統のものを維持したため目立たなかったが、残りの28編成は当時新製中だった新2000系に準じた内装としている。3本目の191F以降の編成では座席モケットを赤系のオレンジに変更したほか、化粧板が新2000系に準じた明るい白色系となった。また193F以降の編成では座面と背もたれの間にFRP成形物を入れたタイプの座席となっている。
外観で目立つ点は、空気圧縮機の交換(195F - 201F・209F - 225F)、前面の乗務員室通風口の室外側撤去(183Fを除く)、客室ドアの窓支持方式の変更(黒色Hゴム→金具押さえ、129F・211F - 225Fは701系発生品への交換、183Fと191Fは特修工事終了後単独で701系発生品への交換を施工)などがある。客室ドアについてはこのほかに203Fが窓支持方式の変更を、123F・205F・207Fが701系発生品への交換を行っている。結果として、最も原型に近い車内を最後まで維持して運用していたのは2003年(平成15年)廃車の183Fということになる。また、ドア窓支持方式が最後まで黒色Hゴムだったのは2004年廃車の175Fである。
[編集] ワンマン対応工事
1997年(平成9年)4月より多摩川線でワンマン運転を開始することになり、1996年(平成8年)に同線所属の701系と401系を旧101系に置き換えることとなった。その際にはワンマン運転対応装備と甲種輸送関連の対策が必要となるため、当時池袋線に所属していた特別修繕施工車の217F - 225Fの5編成に同線のワンマン運転に対応する簡単な改造が施された。車内には非常通報器の設置がされ他系列のワンマン運転対応車と同じようにドアが閉まる時には注意発起放送が流れる。また新たに自動放送装置や運転台にマイクが設置されている。一方で、同線に配置しない編成は当該車の改造後に新宿線の支線(主に西武園線)で運行されていた。
[編集] 塗装
旧101系の登場当初の外部塗装は西武イエローに窓周りベージュの塗り分けであった。後に登場した西武イエロー1色塗装である701系(1975年の登場直後はローズピンクとベージュの塗装だったが、1977年から1978年にかけて変更された。)・801系・401系の冷房改造車が1997年の営業運転離脱後に保守作業の簡略化の意味も含めて1996年から183Fを皮切りに101系初の西武イエロー1色への塗色変更が実施され、1999年(平成11年)の201Fを最後に完了した。変更期間中でも1998年(平成10年)10月に横瀬車両基地で開催された「西武トレインフェスティバル」の際に未変更車の1編成が臨時列車として西武新宿 - 西武秩父間を運転していた。
[編集] その他
2001年(平成13年)秋には、「西武トレインフェスティバル・赤電スペシャルウィーク」において159Fをかつての101系以外の形式(501系〈2代目〉- 801系)の標準塗装であるローズピンクとベージュの塗り分け(通称・赤電塗装)に変更し、臨時列車として西武新宿 - 西武園間と池袋 - 西武秩父間で運転された。旧101系に赤電塗装を施工したのは現在のところ、この時だけである。
[編集] 配置と運用
旧101系の登場当初は西武秩父線開通対応ということもあって池袋線に配置されていたが、間もなく新宿線にも配置された。
前記したように、池袋線と新宿線の冷房車配置を均等にする目的で旧101系の冷房改造を中断し、701系などの冷房化改造に移行した時期があったが、実際には旧101系冷房車が新宿線に配置、701系冷房車と401系が池袋線に配置されるケースもあった。その後、1979年(昭和54年)の新101系の登場直後に伴う配置転換で、101系を池袋線、701系列の冷房車を新宿線にそれぞれ集約することになり、以降しばらくの間旧101系は全車が池袋線に配置された。
平成に入ると、池袋線に新2000系が配置され、また新宿線の冷房改造車である701系・801系・401系・501系 (3代)の老朽置き換えにより、旧101系が新宿線系統に再配置されるようになった。
1988年(昭和63年)には、4000系への機器流用のため171Fと173Fを廃車し、この2編成を含めて8編成30両が廃車された。このうち2両はVVVFインバータ制御試験車に抜擢された。この後、6000系、20000系と後継系列の登場、および9000系や10000系への機器流用のため、廃車が進行した。この中には新製から16年足らずで廃車となった車両も含まれていた。 2008年(平成20年)5月現在は、旧101系の最終グループである4両編成4本がワンマン化改造を受け、多摩川線で運用されている。同線には217F - 223Fが配置され、3本使用で運用されている。これらは以前JR中央本線と武蔵野線を介して本線の車両と編成入れ替えを行っていたが、現在中央本線の三鷹 - 立川間で行われている高架化事業で武蔵境駅でのJR線との接続が断たれているため、この4編成の配置で固定している。また、MGの代替としてSIVを搭載している。検査時には主要機器をトラックで武蔵丘車両検修場まで陸送する。また、2008年2月3日までは多摩湖線用に225Fのみが配置されていた。以前は多摩川線のワンマン車が編成入れ替えで本線に戻っている期間に運用されていたが、2006年4月から約1年間かけて新101系ワンマン車の更新工事が行われたため、この間225Fを予備車として運用していた。なお、運転終了直前の1月27日から先頭車の中央下部に「さようなら101系225/226号車」と写真が記載された特製ヘッドマークが掲出された。最終日の2月3日には225Fを使用したイベント列車(ミステリートレイン)が運転される予定だったが、降雪のため中止となり、新宿線内を回送列車として走行した。なお、代替編成は新101系263Fとなっている。
[編集] 事故廃車
旧101系には1両のみ事故廃車が存在する。1992年(平成4年)12月に213Fが新宿線東村山0号踏切で自動車との衝突事故を起こした際にモハ101-214から火災が発生し廃車になり、その代替として経年廃車予定だった125Fのモハ101-26を2代目モハ101-214に改番の上ユニット組み換えを行い復帰している。なお、213Fは2003年(平成15年)に廃車になっている。
[編集] 2004年の車両の動き
2004年夏時点では、旧101系は新宿線と池袋線にそれぞれ4両編成2本(16両)と多摩川線用ワンマン車4両編成5本(20両)の計9本36両が在籍していた。ワンマン車以外の16両は同年度中に廃車し、同年の「西武トレインフェスティバル2004 in 横瀬車両基地」の開催に合わせて193Fと197Fを5年ぶりに登場時のツートンカラーに塗色変更して運用をすることが決まっていた。このイベントは当初10月に開催する予定だったが、12月に延期した。193Fと197Fのツートンカラー塗装は、妻面のみ塗装はしていない。
イベント終了後、193Fと197Fは西武鉄道のウェブページで公開したダイヤ通りに運行し、平日は秩父夜祭輸送、土曜・休日は西武秩父線直通快速急行の運用が主となった。この快速急行運用の中の特定の3日間は「秩父線開業35周年」のヘッドマークを装着して運行された。
新宿線に残存していた175Fと191Fは12月6日付けで廃車になり、193Fと197Fも同月19日に「さよなら旧101系運転」として西武園→東村山→本川越→西武球場前→所沢→飯能→西武秩父という特別ダイヤで運行された[6]。西武球場前駅では展示会が行われ、終着地の西武秩父駅到着後は横瀬車両基地に回送の上解体された。なお、特別ダイヤでは前面方向幕が「さよなら 101系」(行先表示幕の上にテープを貼付して対応)に、またサボもかつての小型の種別板イメージした「最終」「惜別」のものが、ヘッドマークも昔の「急行 奥武蔵/奥秩父」をあしらった「さよなら 101系」のものがそれぞれ装着されていた。
[編集] 機器の流用
- 最初に機器流用して登場した西武秩父線、秩父鉄道直通及び土曜・休日の行楽列車に運用されるセミクロスシート装備の系列である。1988年に171F→173F→141F→143F→145F→147F→179F→181Fの順に廃車し、4両編成8本(32両)を製造した。さらに秩父鉄道への乗り入れ列車を増発するため1992年に163F~169Fを廃車して4両編成4本(16両)を追加新製した。その後、ワンマン化改造している。
- 通勤電車の4扉化を推進するために旧101系の機器を流用して製造した系列である。車体は新2000系に準じる。詳細は上記の項目を参照。現在は全編成の主回路制御がVVVFインバータ制御に変更されている。
- 新宿線の定期特急運転開始と5000系の老朽置き換えのために製造した特急形車両で、旧101系と501系(3代目)・5000系の機器を流用している。他の2系列との相違は台車を改造している点である。7両編成を11編成製造し所要が揃った。2003年には199Fと201Fの一部機器・台車を流用して第12編成を製造した。この編成は主回路制御にVVVFインバータ制御を採用した。
[編集] VVVFインバータ制御試験車
145Fの中間車モハ145+146を改造した。機器は4000系に流用したため、台車は事故廃車となった2000系の発生品であるFS372Aを使用した。故障時を考慮して301系のサハ1301形(付随車)の代替に組み込むこととし貫通路を狭幅化した(145と146の間は広幅のまま)。この2両は1307+307+308+145+146+301-7+301-8+1308と307Fに組成した。モハ301-7+301-8は主電動機回路をカットした上でMT比4M4Tで営業運転を行った。試験終了に伴い307Fは編成から抜かれたサハ1301-7+サハ1301-8を復帰させ、1991年(平成3年)に2両とも廃車された。
[編集] 新101系・301系
| 西武新101系・301系電車 | |
|---|---|
新101系 中村橋~富士見台 |
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| 編成 | 2・4・8両編成 |
| 起動加速度 | 2.5(2M2T及び4M4T)、3.3(2M)km/h/s |
| 営業最高速度 | 105km/h |
| 設計最高速度 | 120km/h |
| 減速度 | 3.5km/h/s(常用最大) 4.5km/h/s(非常) |
| 車両定員 | 160人(座席64人)[クモハ101形およびクハ1101形] 168人(座席72人) [モハ101形] |
| 全長 | 20,000mm |
| 全幅 | 2,850mm |
| 全高 | 4,246mm |
| 車両質量 | 40.0t(クモハ101形およびモハ101形) 29.0t(クハ1101形) |
| 軌間 | 1,067(狭軌)mm |
| 電気方式 | 直流1,500V (架空電車線方式) |
| モーター出力 | 150kW |
| 主電動機 | 直巻整流子電動機 |
| 歯車比 | 15:86=1:5.73 |
| 制御装置 | 抵抗制御 (MMC-HTB-20E) |
| 駆動装置 | 中空軸平行カルダン |
| 台車 | FS372・FS072 |
| ブレーキ方式 | 抑速ブレーキ装備発電ブレーキ付き電磁直通空気制動(HSC-D) |
| 保安装置 | 西武形ATS |
| 製造メーカー | 西武所沢車両工場 東急車輛製造 |
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この表について
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[編集] 概要
2000系の増備が一段落した1979年(昭和54年)に2両編成から登場し、その後4両編成も登場した。
最大の特徴は製造の外部発注で、自社の西武所沢工場だけでなく東急車輛製造でも多数製造され、設計も東急車輛に委託した。戦後発足の現・西武鉄道の通勤電車としては初の外部発注であった上に、箱根山戦争で対立関係であった東急系列の会社への発注ということで、経済系の新聞などでは大きな話題となった。
4両編成が227F - 261F、2両編成が269F - 295Fで構成されている。製造メーカーは227F - 233F・255F - 261F・269F - 279Fが西武所沢車両工場、235F - 253F・281F - 295Fが東急車輛である。1979年製の編成はすべて東急車輛での製造で、自社製車両は翌1980年(昭和55年)から登場している。
増備の途中で車両番号が300番台に飛んだが、まもなくこのグループの系列が301系に変更となり、301系として4両5本(20両)が製造された後、この5編成にはサハ1301形を含む4両が組み込まれて8両固定編成に組み替えられた。よって301系は便宜上付与した系列で、実際は新101系と同一である。
1983年(昭和58年)度の最終増備車は8両固定編成で登場したが、311Fと313Fの2編成は所沢工場で最初で最後の8両同時出場となっている。当初新101系と301系は1982年(昭和57年)度で製造を終了する予定だったが、この2編成は後継の3000系の予定を変更して製造したものである。この年に東急車輛では同系列3編成が製造されている。その関係で側灯が2灯であるなど一部同系列に準じた変更点がある。
[編集] 車両
新101系・301系はデザイン面で旧101系を大幅にマイナーチェンジさせたが、台車やブレーキシステム・電装品は変わらない。前面窓周りは当初ベージュ系、後に黒色塗装に鼻筋の通ったデザインであり、前照灯の間隔を旧101系より拡大した。種別表示器を追加し同時に高運転台構造となり、乗務員の前方視界を良くした。
側窓は旧101系の2段上昇式から上段下降・下段上昇式に変更した。貫通路は2000系と同じ狭幅となった。ベンチレーターは旧101系のグローブ型から箱型に変更した。運転室スペース拡大に伴い運転席直後の座席は旧101系の3人掛けから2人掛けに変更したので、先頭車の定員は若干減少した。
主電動機は旧101系の日立製HS-836-Nrb・Prb、東洋製TDK-8010-Aと互換性のある日立製HS-22436-03RB(出力150kW)を搭載している。これは4000系と9000系でも使用している。その他の電装品関係では空気圧縮機を旧101系のAK-3形2台から大容量のHB-2000形1台搭載へ変更している。2両編成も当初はHB-2000形を搭載していたが、後に空気圧縮機の除湿装置取り付けの際に床下スペースに余裕がなくAK-3形1台搭載へ変更したが、近年、AK-3形の老朽化に伴い283Fを除き低騒音形のHS-10形へ再度交換している。
外部塗装の変遷は旧101系と同様であるが、現行塗装へは279Fを最後に2000年(平成12年)に変更を完了した。同時期に種別・行先表示器の字幕も白地黒文字から黒地白文字に変更した。2008年(平成20年)6月頃からは2000系・3000系・4000系と同様に種別・行先にローマ字表記を追加し、各駅停車の種別表示は「普通」から「各停」に順次変更がなされている。
1981年以降、4両編成の一部が抑速ブレーキを無効化させ電気連結器カバーを黄色に塗装し新宿線に転属、551系などを置き換えた。そのため、同線系統で急行を中心に701系・801系と新101系・301系などの混結が頻繁に見られた。この時主制御器名称はMMC-HTB-20E3とされた。また4両編成単独で国分寺線や西武園線での運用も見られたが、1988年以降新2000系が新宿線に配属されると一部の車両は抑速ブレーキを復活の上池袋線に出戻り、1997年の701系グループの淘汰後は新宿線所属車の抑速ブレーキが復活された。
[編集] 秩父鉄道乗り入れ対策
秩父鉄道への乗り入れ対応車としてパンタグラフを従来のKP-62Aから折り畳み高さの低いPT-4320Sに変更し、横瀬駅での自動解結作業を行うために電気連結器を交換した先頭車を組み込んだ編成も登場した(227F+229F・231F+233F・235F+237F・239F+241Fの4両編成8本4組)。改造された先頭車の電気連結器カバーは白色に塗装され、つり革も茶色になった。その他の車両とは連結できないので、通常は改造車同士で編成の中間に入っている。この乗り入れ対応の改造を施した編成には車外と車内に号車番号札を設置している。
当初、101系の休日ダイヤの乗り入れ運用は三峰口+西武秩父行と西武秩父+野上行であり、休日には編成の組み合わせが入れ替わっていた。後に平日1本のみの乗り入れとなったため、組み合わせは固定されている。このうち239F+241Fは秩父鉄道のATS導入で乗り入れ仕様を解除した。現在101系列は秩父鉄道への乗り入れ運用はなくなり、電気連結器は元に戻されたが、号車札や茶色のつり革はそのまま残り、通常はかつての改造編成同士での組成と同一で、8両固定編成と同様に運用されている。なお、普段先頭に出ないクハ1228・1229・1232・1233・1236・1237は電気連結器が白色のままであった。現在茶色つり革になっているのは241Fのみである。元対応車は2008年の235F+237Fを最後に全車廃車された。
[編集] 改造
[編集] ワンマン対応改造
1998年8月より多摩湖線の国分寺~萩山間でワンマン運転を実施することとなり、257F・259F・261Fの3編成をワンマン運転対応改造した。改造内容は旧101系のワンマン車に準拠するが、多摩川線で運用することがないため甲種輸送対策はしていない。当初の改造内容は
- ワイパーの交換(動力が空気圧式から電動式に変更[7])
- 電気連結器の撤去(4両固定で使用するため)
- 戸閉予告放送装置の設置
- 自動放送装置の設置
- マスコンをデットマン装置付に変更
- 種別幕の表示に「ワンマン」を追加
などである。 多摩湖線の予備車は多摩川線用ワンマン車で編成入れ替え時に新宿線配置となる編成が担当することとなった。前述したように多摩川線車両の入れ替えは中止しているため、予備は225Fに固定していたが、この編成は前述の通り2008年に廃車された。
玉川上水車両基地所属で多摩湖線用ワンマン改造を受けた261Fが2005年3月に、259Fが同年9月に、257Fが2006年3月に以下に示す更新工事を施行した。
- 前面スカートの設置
- 座席モケットのバケットシート化(座席色の変更[8])
- 優先席付近吊革の低位置化
- スタンションポールの設置
- 化粧板の交換(白色系に変更)
- 上記に伴い乗務員室仕切りの窓に設置されている遮光幕を同模様のものに交換
- 新型の車内非常通報装置の設置
- 冷房吹き出し口の交換
- ロールカーテンの交換
- 床材の交換[9]
- ドア上にLED式案内表示器の千鳥配置に設置
- ドアチャイムの設置
- ドア開閉予告ランプの取り付け
- 車体番号表記のプレート化
- 冷房装置を冷媒が代替フロンのものに交換
- パンタグラフをシングルアーム式へ変更
- 前面種別表示窓の廃止
- 前面行先表示器の小型化
- 側面行先表示器の設置
- 自動放送装置の更新
- 両先頭車に車いすスペースの設置
- 上記車いすスペースに手すりと非常通話装置の設置、また付近窓の固定化
などである。 また、263FについてはE31形の置き換えとして使用することを考慮して、両先頭車の台車に増粘着剤噴射装置が設置され、運転台には増粘着剤噴射ボタンが設置されている。
これらの改造を受けた更新車は2007年度に登場した263Fと合わせて4編成が同線で運用されている。運用区間は国分寺~西武遊園地間と拝島線の小平 - 萩山間である。なお、これらの更新車は視覚障害者にドア位置を知らせるために「ポーン」というチャイムが約3秒ごとに鳴るようになっている。また、同様のものが10000系、2000系の更新車の一部とリニューアル車などに設置されている。[10]
[編集] 4M編成化
2007年度に2両編成だった279Fと255FのM車であるモハ255とモハ256を組み込み、4M化改造と更新工事(後述)を行った。編成番号は261Fの続番として263Fとなった。編成はクモハ263(クモハ279)-モハ264(モハ256)-モハ265(モハ255)-クモハ266(クモハ280)。
[編集] 運用
西武有楽町線・多摩川線と新交通システムの山口線を除く各線で各駅停車から快速急行までフルに運用している。西武ドームでの埼玉西武ライオンズ主催試合やイベント開催のない日の狭山線では新101系2両編成2本(2+2両)を連結した4両を運用する事例が多かった。この場合は全電動車編成となり、起動加速度も3.3km/h/sとなる。2両編成は他編成に比べて弱め界磁率やモータに流す電流の量(限流値)などを若干低目に設定している。但し、2008年6月14日ダイヤ改正で、豊島線の区間運用に使用されなくなった4両編成を狭山線区間運用へ再び戻し、2両編成2本連結は基本的に見られなくなった。
[編集] 飯能~吾野間及び西武秩父線
2003年(平成15年)3月に池袋線飯能 - 吾野間と西武秩父線の一部列車をワンマン運転化するのに伴い、新101系・301系・4000系の計3系列で運転されていた同区間は4000系4両編成のワンマン運転対応車両に統一した。このため、飯能 - 西武秩父間の区間列車として101系列が使用されるのは基本的には春の羊山公園での芝桜と秋の巾着田での曼珠沙華の両シーズン時及び秩父夜祭の際の不定期運転のみとなっている。なお、土曜・休日の朝に運転する池袋線直通(池袋 - 西武秩父間)の快速急行の一部には新101系・301系が使用され、また4000系の検査などによる武蔵丘車両検修場への入場時などには代走として飯能 - 西武秩父間で使用されることもあるが、車内設備の違いから旅客サービス面で大幅な格差が生じてしまうことから、基本的には4000系の予備編成を使用するためその機会は少ない。
1991年に4000系が登場する以前は完全に新101系・101系の天下であった。更には秩父鉄道への乗り入れ運用(前述)や2両編成(閑散期の平日昼間のみ)での運用も存在していた。
[編集] ラッピング電車
2006年9月に247Fが「恐竜電車」として恐竜のラッピングを施して運転していた。また、2007年には245Fが西武ライオンズ(現・埼玉西武ライオンズ)の広告電車にもなった。
[編集] 旧塗装の復活
西武秩父線の開通40周年記念企画の一環として2009年3月に多摩湖線の261Fが、同年6月中旬からは271Fがそれぞれ同系列の登場当時の塗装となった。側面の西武イエローと西武ベージュのツートンカラーの消滅から約10年の復活だが、正面窓周りを西武ベージュで塗装されていたのは第一陣登場からたった5年間で、その後すぐに現在のブラックフェイスとなったことからこの塗装は実に約30年ぶりの復活となる。
[編集] 廃車
新101系・301系は、2004年度の2両編成1本を皮切りに廃車が開始されている。
2004年度
- 289F - 2004年9月に廃車後、同年12月に上信電鉄に譲渡された。
2005年度
- 293F - 2005年9月に廃車後、同年12月に上信電鉄に譲渡された。
- 229F - 2005年9月に廃車後、直ちに秩父鉄道に譲渡して同社の広瀬川原車両基地に自力回送され、改装されている。
- 227F - 2005年10月の「西武トレインフェスティバル」に伴う臨時列車として横瀬まで運行された後、譲渡されることなく横瀬車両基地で廃車・解体となった。
- 231F・233F - 共に2005年12月に廃車後、直ちに秩父鉄道に譲渡して同社の広瀬川原車両基地に自力回送された。その後、一旦西武の武蔵丘車両検修場に回送して秩父鉄道向けの改造を行った後、再度広瀬川原車両基地へ回送されている。
2007年度
- 255F - 2007年11月14日に武蔵丘車両検修場へ回送された後、先頭車2両は翌15日に279F+クハ1255+クハ1256+281Fという形で横瀬車両基地へ廃車回送された。2008年5月中旬までの時点ではクハ2両は方向幕を取り外し、クハ1256の片方のライトを隠した状態で横瀬車両基地の解体線に留置されていたが、5月下旬に2両ともに2つに輪切りにされて搬出された。また、電動車ユニット2両(モハ255・256)は武蔵丘に留置された後、新編成の中間車となった(4M編成化の項を参照)。この編成が離脱した関係で2007年12月上~中旬まで243F、同月19日~下旬と2008年1月中旬~23日に245Fが池袋線より貸し出されていた。
2008年度
- 283F - 2008年7月14日に武蔵丘車両検修場へ235Fと共に廃車回送された後に同年10月にクモハ283は三岐鉄道、クモハ284は11月に伊豆箱根鉄道に譲渡された。
- 235F - 2008年7月14日に武蔵丘車両検修場へ283Fと共に廃車回送された後にクハ1235-モハ235は11月に伊豆箱根鉄道、モハ236-クハ1236は9月に三岐鉄道に譲渡された。
- 237F - 2008年8月27日に武蔵丘車両検修場へ廃車回送された後にモハ238-クハ1238は部品確保用として2008年9月に三岐鉄道に譲渡された。
- 307F・305F・313F - 307Fは2008年12月上旬、305Fは同月25日、313Fは同月26日に横瀬へ廃車回送された。その後は全車が搬出された。
- 269F・273F・291F - 2008年12月29日に武蔵丘車両検修場へ3編成同時に廃車回送された。
[編集] 今後
- 西武鉄道では2007年4月17日に101系・301系に代わる次世代通勤形車両30000系の導入を発表したため、30000系と入れ替えに今後も順次廃車となるが、多摩湖線と多摩川線で使用されているワンマン対応編成はしばらく残存する予定である。
- 261F(4両編成、ワンマン仕様)は西武秩父線開業40周年記念として2009年3月に落成当時のツートンカラー塗装に戻り[11]、同年3月30日から営業運転に就いている。また、同年6月には池袋線所属の271Fもこの塗装になることが発表され、同月7日の「西武・電車フェスタ2009 in 武蔵丘車両検修場」で初公開された[12]。
- また、E31形電気機関車の置き換え用として2両編成を「牽引車」に改造する計画がある(交友社刊『鉄道ファン』2007年10月号「全国の電気機関車をめぐって」より)が、実際には4両全電動車編成の263Fが牽引車となった。
[編集] 101系を置き換えた・置き換える予定の車両・時期
- 4000系(池袋線・西武秩父線、1988年 - 1989年)
- 6000系(池袋線、1992年 - 1997年)
- 9000系(新宿線・池袋線、1993年 - 1999年)
- 20000系(新宿線・池袋線、2000年 - 2004年)
- 30000系(新宿線・池袋線、2008年 - 2011年〈予定〉)
[編集] 譲渡車両・機器
流鉄(旧・総武流山電鉄)
- 3000系として旧101系が3両固定編成に改造された上で2本(6両)がそれぞれ2代目の「流星」「若葉」の愛称で運用されている。なお、「流星」は135F、「若葉」は131Fを種車としている。更に後期車の譲渡も2009年度に予定されている。こちらは2両編成で5000系と形式を改めている[13]。
- 急行「秩父路」用の3000系を置き換えるため、229F・231F・233Fが3両編成化、に2扉クロスシート化改造をされ、同社6000系となった。同社に譲渡された新101系はいずれも秩父鉄道直通運転に使用していた編成である。これらの車両は2006年3月15日より営業運転を開始している。なお、急行列車は同年11月25日に3000系が運行を終了したため、原則としてすべて6000系で運行されている。
- 老朽化した1100系(元西武701系)を置き換える目的で1300系として新101系の283F・235Fから1235-235-284の3両固定編成に組み替え、改造の上譲渡された。その後、2009年には291F・237Fから1237-237-292の3両固定編成に組み替え、改造の上譲渡された。
- 751系として上記伊豆箱根譲渡編成の残り3両(283-236-1236)が3両固定編成に組み替え、改造の上譲渡されたほか、部品取り用に237Fのモハ238-クハ1238が譲渡された。
[編集] 保存車両
2008年現在、2000年に20000系導入で廃車となった旧101系のクハ1150号が東京都東村山市美住町にあるくめがわ電車図書館に静態保存されている。定期的に塗装されているので状態は良好である。以前は311系のクハ1311の車体を使用していた。
[編集] 脚注
- ^ 1980年代以降に新宿線で運用された編成は冷房改造後の401・701・801系との併結運転対応の改造工事が行われた。改造内容は抑速ブレーキのカットをはじめとするもので、該当編成には電気連結器部分を黄色塗装にし識別された。なお、新宿線運用車の池袋線復旧時と701系グループが引退した1998年に復元工事が行われている。
- ^ 交友社「鉄道ファン」1969年3月号による
- ^ 増備中に廃車となった311系などからの再利用品と思われるが、一部に新品もあった。
- ^ その後の量産冷房車では201F~215Fが6両編成で出場している。
- ^ 175F・177FはLEDを採用。
- ^ この列車は団体専用であり、参加費用は大人1人1,101円(クハ1101形にあやかって)だった。途中、元加治~飯能間では非常ブレーキの実演を、正丸トンネル信号所(正丸 - 芦ヶ久保間)では列車を停車させ、「夜間の停電」を想定し、車内灯を一瞬消灯させるといった通常の営業列車では稀にしか体験できない様々なイベントが盛り込まれた。
- ^ 無塗装から黒塗装に変わった。
- ^ 一般席は青系、優先席は紫系。
- ^ 257Fまではグレー系の色を二色配したデザイン、263Fから30000系に準じた配色になっている。
- ^ 2000系の簡易修繕工事編成とは違う音色である。
- ^ 「西武 新101系261編成が登場時の塗装に」交友社『鉄道ファン』railf.jp 鉄道ニュース、2009年3月28日
- ^ 「40年前の西武電車の車体色で運行します。~西武101系車両、団塊世代とともに時をかさねて今も現役で運行中~」PDF西武鉄道公式サイト、2009年4月20日
- ^ 流鉄5000系が甲種輸送される2009年6月23日掲載 鉄道ファン・railf.jp
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