西村弘司

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西村 弘司
名前
カタカナ ニシムラ コウジ
ラテン文字 NISHIMURA Koji
基本情報
国籍 日本
生年月日 1984年7月7日(25歳)
出身地 三重県
身長 186cm
体重 78kg
選手情報
在籍チーム 名古屋グランパスエイト
ポジション GK
背番号 21
利き足 右足
Template(ノート 解説)サッカー選手pj

西村 弘司(にしむら こうじ、1984年7月7日 - )は三重県伊賀市(旧阿山郡阿山町)出身の名古屋グランパスエイトに所属するサッカー選手である。ポジションはGK

目次

[編集] プレースタイル

反射神経の良さは、京都の第1GKである平井直人にもひけを取らない。ディフェンスへの声による指示も積極的で、2006年シーズンは平井の怪我もあり、出場数も増加。将来が有望な選手なのは間違い無い。惜しむらくは、好不調の波が大きく、不調時はGKとしては致命的な「ポカ」をかなり高い頻度で犯してしまうところか。ファンブルなどのキャッチミス、中途半端な飛び出し等でピンチ・失点につながったケースが数多くあり、中でも 2004年シーズンの試合で彼のミスで佐藤寿人に奪われたゴール(後述)はあまりにも衝撃的であった。

[編集] 佐藤寿人(現在はサンフレッチェ広島所属)のゴール

2004年6月12日ベガルタ仙台戦。1対1の同点で迎えた後半13分、真後ろにいた佐藤に気付かず、自分が手にしたボールを前線へ大きく蹴りだそうとフィールドに転がした瞬間、ボールを奪われてそのままゴールに蹴り込まれてしまった。試合もこの失点が決勝点となり、1対2で敗れた。あまりにも軽率で致命的なミスによる失点であり、いまだに彼に対する悪い方のイメージとして纏わりついているのは否めない。

余談ではあるが、この年、開幕から不調の京都はこの試合後に西村昭宏監督が解任、木村文治総監督が辞任することとなり、柱谷幸一監督が誕生することとなった。この年の昇格は逃したが、翌年は柱谷体制で圧倒的な独走で優勝を飾ったことで、結果的に西村・木村体制にトドメを差した格好の西村を逆の意味で「救世主」と見るサポーターもいた。

本人曰くこの試合は今までで一番の思い出とのこと。(サンガ@LOVEにて)

ちなみに、2005年11月26日・J2第43節のベガルタ仙台戦で先発した西村は再三のピンチに好セーブを連発し、仙台を完封。1対0の勝利に大きく貢献した。仙台はその後の最終節の結果、勝ち点1届かずにJ1・J2入れ替え戦出場・J1昇格を逃した為、リベンジには成功したと言えるかもしれない。

[編集] 所属クラブ

[編集] 個人成績

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
2003 京都 26 J1 0 0 0 0 0 0 0 0
2004 京都 26 J2 19 0 - 1 0 20 0
2005 京都 26 J2 4 0 - 1 0 5 0
2006 京都 26 J1 16 0 2 0 1 0 19 0
2007 京都 26 J2 0 0 - 0 0 0 0
2008 名古屋 21 J1 4 0 8 0 2 0 14 0
2009 名古屋 21 J1
通算 日本 J1 20 0 10 0 3 0 33 0
日本 J2 23 0 - 2 0 25 0
総通算 43 0 10 0 5 0 58 0
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