西山清 (ハンドボール選手)

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西山 清(にしやま きよし、1959年4月8日 - )は、富山県出身のハンドボール選手である。日本ハンドボール史に残る名選手の一人。

[編集] 人物

小学校時代はソフトボール部の主将を務め、中学では体操部所属だったが、鉄棒の大回転競技で落下事故に遭い、ハンドボールへ転向。

氷見高校に進学後、元全日本の主将である金原至のスパルタ指導に耐えて2,3年でインターハイで連続準優勝。そして3年の青森国体で優勝を経験。

筑波大学に進学後も2年から3年連続で関東学生リーグ得点王、さらに世界学生選手権でも得点王に輝く。

卒業後は日新製鋼に入社。ルーキーシーズンより強豪大同特殊鋼の当時エースだった蒲生晴明と並び得点王に輝いた。翌年も得点王のタイトルを獲得。

全日本のメンバーとしても活躍し、98試合に出場した。五輪もロス・ソウルの2大会連続で出場。

ソウル五輪後の日本リーグで3度目の得点王を獲得。

1993年選手兼任監督に就任。初優勝に導いた。

1997年に現役引退。日本リーグ通算709得点を残した。

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