西尾忠需

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西尾 忠需
時代 江戸時代中期 - 後期
生誕 享保元年(1716年
死没 寛政元年6月30日1789年7月22日
改名 安三郎(幼名)→忠需
戒名 寿量院殿覚翁乗蓮大居士
墓所 静岡県掛川市西大渕の龍眠寺
官位 従五位下、主水正、従四位
幕府 江戸幕府
遠江横須賀藩
氏族 京極氏西尾氏
父母 父:京極高或、母:登満子
養父:西尾忠尚
兄弟 京極高矩忠需
忠雅忠移

西尾 忠需(にしお ただみつ)は、遠江横須賀藩の第3代藩主。横須賀藩西尾家6代。

生涯[編集]

享保元年(1716年)、讃岐丸亀藩京極高或の次男として生まれる。横須賀藩の第2代藩主西尾忠尚の正室の甥に当たることから、享保14年(1729年)5月25日に養子として迎えられた。享保16年(1731年)2月28日、将軍徳川吉宗にお目見えする。同年12月23日、従五位下主水正に叙任する。

宝暦10年(1760年)4月26日、養父忠尚が死去したため家督を継いだ。明和2年(1765年)10月28日に奏者番に任じられた。安永4年(1775年)閏12月11日、従四位下に叙任される。天明2年(1782年)9月29日に家督を次男の忠移に譲って隠居した。

寛政元年(1789年)6月30日、江戸築地にて死去した。享年74。