西イリアン国際連合保安隊

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西イリアン国際連合保安隊
概要 平和維持活動
略称 UNSF
状況 活動終了
決議 総会決議1752
活動開始 1962年10月3日
活動終了 1963年5月1日
活動地域 イリアンジャヤ
公式サイト UNSF
ポータル Portal:国際連合
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西イリアン国際連合保安隊(にしイリアンこくさいれんごうほあんたい United Nations Security Force in West New Guinea,UNSF)はイリアンジャヤに展開した国際連合平和維持活動。国際連合暫定統治機構(UNTEA)と協力し、オランダ領ニューギニアにおけるオランダ軍インドネシア軍の停戦を監視し治安維持することにある。

概要[編集]

ニューギニア島の西半分は、19世紀以来オランダ領ニューギニアとしてオランダ植民地であった。1949年にインドネシア独立戦争が終結した後もオランダが統治を行なっていた。インドネシアは西部ニューギニアを自国領と主張し、オランダと対立を深めていた。オランダは当地を西パプアとして独立させようとしたが、1962年に入り、インドネシアは空挺部隊や魚雷艇を用いて西部ニューギニアへの武力介入を行なった。

アメリカ合衆国はこれの仲介に乗り出し、1962年8月15日に「ニューヨーク合意」と呼ばれる両者間の合意を取り付けた。これにより西部ニューギニアを一時、国連事務総長の監督の下、国際連合の統治下に移し、1963年5月1日にインドネシア統治に移管すること、1969年末までに帰属を自己決定させることが合意された。国際連合はこれを歓迎し1962年9月21日の国連総会決議1752において、事務総長へ適切な措置の実施を求めた。

国連事務総長は決議を待たずにニューヨーク合意後、直ちに行動を開始しており、8月18日には先遣隊を現地に派遣していた。コンゴ国連軍からの転用やアメリカ空軍第13空軍の支援もあり、総会決議の9月21日までに停戦監視およびインドネシア軍への非軍事物資補給体制を整えた。1962年10月3日に「ニューヨーク合意」第7条を根拠に、西部ニューギニアにおける治安維持部隊として西イリアン国際連合保安隊(UNSF)が設立された。パキスタン軍1,500名のほか、アメリカ合衆国およびカナダからの航空機要員76名ほかで構成されている。

1962年10月1日に国際連合暫定統治機構(UNTEA)がオランダより統治権を移譲されている。UNTEAは統治の暫定統治を行い、インドネシアへ行政機構を移管することを任務としている。

UNSFおよびUNTEAの作業は順調に進み、1963年5月1日に西部ニューギニアの統治はオランダからインドネシアへの移譲が行なわれた。

外部リンク[編集]