装蹄師

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
蹄鉄を打付ける様子

装蹄師(そうていし)とは、蹄鉄を打つ技術者のことである。鉄屋は本来蔑称とされる。の蹄には一般に蹄鉄は装着せず削蹄のみを行い、この作業を行う技術者は牛削蹄師(ぎゅうさくていし)と呼ぶ。

資格もあり、日本で装蹄師になるには公益社団法人日本装削蹄協会の「装蹄師認定講習会」を受講し、最後に認定試験に合格しなければならない。

作業としては大まかに分けると蹄鉄の作成、馬蹄の削蹄、蹄鉄の打付けである。

蹄を削ることによって四肢のバランスを整え、蹄鉄を履かせることで蹄の磨耗を抑えることができる。また馬場に合った特殊な蹄鉄を履くことで競走能力などを引き出すこともある。

ごく軽度の屈腱炎の治療なども行うこともある。もちろんその逆もあり、削蹄が悪いと脚元に負担がかかり屈腱炎その他の疾病が発症するということもある。

逸話[編集]

前述の通り装蹄は競走馬にとって生命線ともなる重要な割合を占める仕事である。ここでは装蹄に関する逸話を紹介する。

シンザン
その柔軟性と強いバネによって前肢と後肢のが接触してしまい、蹄を傷つけてしまうという特徴を持っていた。このため調教師武田文吾と装蹄師の福田忠寛は前肢用の蹄鉄には梁を十字に渡し、後肢の蹄の先をスリッパのように覆うような形の蹄鉄を考案しこれを克服した。これが「シンザン鉄」と呼ばれるものである。
ヒカルイマイ
伝説的な追い込みでダービーを勝ったあと、秋3戦目となる菊花賞に向けての調整の途上、削蹄ミスから屈腱炎を患い、2年間におよぶ休養のあと引退した。
イクノディクタス
デビュー前に浅い屈腱炎を発症。これを「現代の名工」としてものちに知られることとなる装蹄師の福永守に相談。その巧みな装蹄によって故障を克服。現役では51戦を戦い抜いて「鉄の女」の異名を取った。
サクラローレル
凱旋門賞の前哨戦であるフォワ賞に出走したが惨敗し、屈腱不全断裂の発症も発覚。症状は引退どころか安楽死処分すら危ぶまれるほどの重症であった。何とかそれは回避することができたが、のちに調教師の境勝太郎は故障の原因を「装蹄師を帯同させなかったため」だとする発言をしている。
タイキシャトル
先天的に蹄が脆かったタイキシャトルは、装蹄師の志賀勝雄[1]により「フォーポイント」と呼ばれる特殊な技法で装蹄を施された。本馬の実績は志賀の装蹄でなければ達成できなかったと評する者もいたという[1]
ディープインパクト
普通の馬に比べて蹄が極端に薄かったため、従来のを使った蹄鉄の固定では釘が神経にまで達してしまうおそれもあって、満足な装蹄がままならなかった。そのため、装蹄師の西内荘が釘での固定を諦め、特殊な接着剤で固定する「エクイロックス」と呼ばれる最新の方法に切り替え、これを克服した。

脚注[編集]

  1. ^ a b 「この世にふたつとない蹄」『競馬業界就職読本2』 流星社、2005年5月、第1刷、65頁。ISBN 978-4947770370

外部リンク[編集]