装蹄師
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装蹄師(そうていし)とは、馬の蹄に蹄鉄を打つ技術者のことである。鉄屋は本来蔑称とされる。牛の蹄には一般に蹄鉄は装着せず削蹄のみを行いこの作業を行う技術者は牛削蹄師(ぎゅうさくていし)と呼ぶ。
資格もあり、日本で装蹄師になるには社団法人日本装蹄師会の「装蹄師認定講習会」を受講し、最後に認定試験に合格しなければならない。
作業としては大まかに分けると蹄鉄の作成、馬蹄の削蹄、蹄鉄の打付けである。
蹄を削ることによって四肢のバランスを整え、蹄鉄を履かせることで蹄の磨耗を抑えることができる。また馬場に合った特殊な蹄鉄を履くことで競走能力などを引き出すこともある。
ごく軽度の屈腱炎の治療等も行うこともある。もちろんその逆もあり、削蹄が悪いと脚元に負担がかかり屈腱炎その他の疾病が発症するということもある。
[編集] 逸話
前述の通り装蹄は競走馬にとって生命線ともなる重要な割合を占める仕事である。ここでは装蹄に関する逸話を紹介する。
- シンザン
- その柔軟性と強いバネによって前肢と後肢の蹄が接触してしまい、蹄を傷つけてしまうという特徴を持っていた。このため調教師の武田文吾と装蹄師の福田忠寛は前肢用の蹄鉄には梁を十字に渡し、後肢の蹄の先をスリッパのように覆うような形の蹄鉄を考案しこれを克服した。これが「シンザン鉄」と呼ばれるものである。
- ヒカルイマイ
- 伝説的な追い込みでダービーを勝った後、秋3戦目となる菊花賞に向けての調整の途上、削蹄ミスから屈腱炎を患い、2年間に及ぶ休養の後引退した。
- イクノディクタス
- デビュー前に浅い屈腱炎を発症。これを「現代の名工」としても後に知られることになる装蹄師の福永守に相談。その巧みな装蹄によって故障を克服。現役では51戦を戦い抜いて「鉄の女」の異名を取った。
- サクラローレル
- 凱旋門賞の前哨戦であるフォワ賞に出走。レースには惨敗し、屈腱不全断裂の発症も発覚。症状は引退どころか安楽死処分すら危ぶまれるほどの重症であった。何とかそれは回避することが出来たが、後に調教師の境勝太郎は故障の原因を「装蹄師を帯同させなかったため」だとする発言をしている。
- ディープインパクト
- 普通の馬に比べて蹄が極端に薄かったため、従来の釘を使った蹄鉄の固定では釘が神経にまで達してしまう恐れもあって、満足な装蹄がままならなかった。そのため、装蹄師西内荘が釘での固定を諦め、特殊な接着剤で固定する「エクイロックス」と呼ばれる最新の方法に切り替え、これを克服した。