衣替え

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衣替えころもがえ衣更え更衣とも表記)は、季節の推移に応じて衣服を替えること。またそのために衣服の収納場所を変更することをもいう。

目次

[編集] 概要

狭義には、季節に応じて学生や企業の制服(夏服、冬服など)を変更することを指す。日本では、6月と10月(南西諸島では5月と11月)に衣替えが行われることが多い。多くの場合は、移行期間が設けられる。

衣替えはあくまで習慣であり、強制的に替えなければならない訳ではない。しかし学校においては、移行期間が終了すると強制的に替えなければならない場合が多い。

なお温暖な気候の南西諸島では、衣替えは毎年5月1日11月1日に行われている。夏服・合服を着用する期間が本土より1ヶ月前後ずつ長くなる。中学校高等学校の場合には、新入生は4月から合服・夏服を着用させるところもある。

[編集] 歴史

これらの経緯から、衣替えは、日本特有の習慣といえる。

[編集] 平安時代

衣替えの習慣は平安時代の宮中行事から始まった。

中国の風習に倣って旧暦4月1日および10月1日に夏服と冬服を着替えると定め[1]、これを「更衣(こうい)」と呼んだ。しかし、天皇の着替えの役目を持つ女官の職名も更衣と言い、後に天皇の寝所に奉仕する女官で女御(にょうご)に次ぐ者を指すようになったので、民間では更衣とは言わず衣替えと言うようになった。 季節による取り替えは衣服以外についても、女房(貴婦人)が手に持つ扇も冬は桧扇(ひおうぎ=ヒノキ製)、夏は蝙蝠(かわほり=紙と竹製の扇)と決められていた。

鎌倉時代になると、更衣は衣服だけでなく調度品までとり替えることを含むようになった。

[編集] 江戸時代

江戸時代になると着物の種類が増え、江戸幕府は公式に年4回の衣替えでの出仕を制度化した。

武家の制服は、旧暦の4月1日〜5月4日が(あわせ=裏地付きの着物)、5月5日〜8月末日が帷子(かたびら=裏地なしの単仕立ての着物)、9月1日〜9月8日が袷、9月9日〜3月末日が綿入れ(表布と裏布の間に綿を入れた着物)とされ[2]、一般庶民もこれに従った。

[編集] 明治時代

明治政府は洋服を役人・軍人・警察官の制服に定め、夏服と冬服の衣替えの時期も制定した。

明治6年(1873年)1月1日より新暦(太陽暦)が採用され、太陽暦6月1日〜9月30日が夏服、10月1日から5月31日が冬服と定められた。やがて、これが学生服に、次第に一般の人達にも定着し、官庁・企業・学校が6月1日10月1日に衣替えを行うようになった。

現在の着物(和服)の衣替えは、太陽暦10月1日〜5月31日が袷、6月1日〜30日が単衣、7月1日〜8月31日が薄物(うすもの)、9月1日〜30日が単衣とされる。

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ 「年中行事事典」p320 1958年(昭和33年)5月23日初版発行 西角井正慶編 東京堂出版
  2. ^ 「年中行事事典」p320 1958年(昭和33年)5月23日初版発行 西角井正慶編 東京堂出版
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