血の日曜日事件
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
血の日曜日または血の日曜日事件(ちのにちようびじけん 英語:Bloody Sunday)とは、
- 血の日曜日事件 (1887年) - 1887年11月13日にロンドンで発生した暴動。
- 血の日曜日事件 (1900年) - ボーア戦争中に一日あたり最悪の死傷者を数えた1900年2月18日の事件。
- 血の日曜日事件 (1905年) - 1905年1月9日(ロシア旧暦、1月22日(グレゴリオ暦))のサンクトペテルブルクにおけるデモの弾圧事件。
- 血の日曜日事件 (1913年) - ダブリン・ロックアウトの際1913年8月31日にダブリンで起きた事件。
- 血の日曜日事件 (1920年) - 1920年11月21日にダブリンで起きたイギリス軍とアイルランドによる一連の事件。
- ビドゴシチ住民殺害事件 - 1939年9月にドイツのポーランド侵攻に際してビドゴシチでワルシャワ包囲中に起きたといわれる虐殺事件(ブロンベルク血の日曜日事件)。
- 血の日曜日事件 (1965年) - 公民権運動に関連して1965年3月7日に起きた事件。
- 血の日曜日事件 (1972年) - 北アイルランド紛争に関連して1972年1月30日にロンドンデリーで起きた事件。
- 血の日曜日事件 (1976年) - タイ軍部の反動クーデターにより1976年10月6日に起きた事件。
- タノーム軍事政権に対して学生が早期の民主憲法制定を要求した運動に起因してバンコクで事件が起きた1973年10月14日も死傷者がでた「血の日曜日」であるが、一般的に1973年のことは学生革命や学生クーデターなどといい、「血の日曜日事件」といえば通常は1976年のことを意味する。
| このページは曖昧さ回避のためのページです。一つの言葉や名前が二つ以上の意味や物に用いられている場合の水先案内のために、異なる用法を一覧にしてあります。お探しの用語に一番近い記事を選んで下さい。このページへリンクしているページを見つけたら、リンクを適切な項目に張り替えて下さい。 |