蛍光共鳴エネルギー移動

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蛍光共鳴エネルギー移動(けいこうきょうめいエネルギーいどう、: Fluorescence resonance energy transfer:略称: FRET[1]、またはフェルスター共鳴エネルギー移動)とは、近接した2個の色素分子(または発色団)の間で励起エネルギーが、電磁波にならず電子共鳴により直接移動する現象。このため、一方の分子(供与体)で吸収されたのエネルギーによって他方の分子(受容体)にエネルギーが移動し、受容体が蛍光分子の場合は受容体から蛍光が放射される。

供与体の発光スペクトルと受容体の吸収スペクトルの重なり積分が大きいほどフェルスター距離が大きくなり、エネルギー移動が起こりやすくなる。FRETの観察手段の1つとして、供与体の吸収スペクトルに相当する光で供与体を励起し、受容体から放射される蛍光強度の増加を検出する方法がある。これ以外にも、供与体の蛍光強度や蛍光寿命の変化を測定したりする方法もある。

FRET効率は、両分子間の距離の6乗の関数として距離とともに急速に減少する。これを応用して、両分子間の距離をFRET効率から計算することができる。しかしFRET効率は、両分子の電気双極子の配向にも影響されるため、蛍光タンパク質のように蛍光寿命時間オーダーで等方的な蛍光の放射が起こらない場合には、正確な距離の計算が困難な場合もある。

理論[編集]

FRET効率 (E) とは、エネルギー移動遷移の量子収率、すなわちドナー励起数あたりのエネルギー移動数の割合である。 つまり速度論的に表すと、

E = \frac{k_{ET}}{k_f+k_{ET}+\sum{k_i}}

ここで、k_{ET} \ はエネルギー移動速度、k_{f} \ は輻射減衰速度、k_{i} \ は他の脱励起経路の速度定数である。


一方、FRET効率は以下に依存する。

  • ドナーとアクセプターの間の距離r \
  • ドナーの発光双極子モーメントとアクセプターの吸収双極子モーメントとの相対配向κ


FRET効率E \ は、双極子-双極子カップリングによりドナーとアクセプターの距離r \ の6乗に反比例する

E=\frac{1}{1+(r/R_0)^6}\!

ここでR_0 \ は「フェルスター距離」と呼ばれ、エネルギー移動効率が50%でのドナーとアクセプターの距離である。

フェルスター距離は、ドナーの発光スペクトルとアクセプターの吸収スペクトルの重なり積分J \ と相互分子配向κに依存する。 [2]

 {R_0}^6 = \frac{9\,Q_0 \,(\ln 10) \kappa^2 \, J}{128 \, \pi^5 \,n^4 \, N_A}
 J = \int f_{\rm D}(\lambda) \, \epsilon_{\rm A}(\lambda) \, \lambda^4 \, d\lambda

ここで、Q_0 \ はアクセプターが無い場合の蛍光量子収率κ2は双極子配向因子、n \ は媒体の屈折率N_A \ アボガドロ数f_{\rm D} \ は規格化されたドナー発光スペクトル、 \epsilon_{\rm A} \ はアクセプターのモル吸光係数である。

双極子配向因子κはしばしば、κ2 =2/3 と仮定される。 この値は、両方の色素が自由に回転しており、励起状態寿命の間は等方的に配向していると考えられる場合に得られる。 色素が固定されていたり自由に回転することができないような場合、κ2 =2/3 は正当な仮定ではない。 しかし多くの場合、色素の再配向は配向性を充分に平均化すること、κ2R0 の6乗に依存することから、算出されたエネルギー移動距離の大きな誤差にならない。 κ2が2/3とは大きく異なる場合でも、誤差はR0のシフトに関連するので、相対距離の変化の決定には充分に有効である。 一方、蛍光タンパク質は蛍光寿命より速い時間スケールでは再配向しない。 この場合、0 ≤ κ2 ≤ 4となる。

FRET効率は以下のようにドナー分子の蛍光寿命に関係している。

 E = 1 - {\tau'_{\rm D}}/{\tau_{\rm D}} \!

ここで\tau'_{\rm D} \ \tau_{\rm D} \ はそれぞれ、アクセプターが存在する場合と存在しない場合でのドナー蛍光寿命である。 また以下のようにも表せる。

 E = 1 - {F\,'_{\rm D}}/{F_{\rm D}} \!

ここでF\,'_{\rm D} \ F_{\rm D} \ はそれぞれ、アクセプターがある場合と無い場合でのドナー蛍光強度である。

応用[編集]

CFPとYFPの相互作用により、CFPに吸収されたエネルギーがYFPに移動し、蛍光として放射される。

化学的には、両分子が共有結合によって1分子になったり、超分子複合体を形成したりすることでFRETが観測される。これを利用したものに、ホスゲン感知試薬などがある。

また特に分子生物学生物物理学で、蛋白質間相互作用の検出に応用される。例えば、注目する2種類の蛋白質にそれぞれ異なる蛍光蛋白質(GFPを改良したCFP、YFP等)でタグを付けておくと、それらが相互作用する(結合する)ことによりFRETが観測される。またリアルタイムPCRにも応用される。

このような生物学的応用では、褪色や他の蛍光物質の妨害(自家蛍光)によりFRETが観測しにくい場合もある。これを回避する方法として、蛍光でなく化学発光に同じ原理を応用した、生物発光共鳴エネルギー移動(Bioluminescence resonance energy transfer:BRET)もある。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

脚注[編集]

  1. ^ IUPAC によれば、この現象ではエネルギーの移動時に蛍光放射が起こらないため、FRET の F は Fluorescence (蛍光)ではなく、発見者のフェルスター (Förster) の頭字とするのが正しいとされている[1][2]
  2. ^ Förster, Th. (1965). “Delocalized Excitation and Excitation Transfer”. In Oktay Sinanoglu. Modern Quantum Chemistry. Istanbul Lectures. Part III: Action of Light and Organic Crystals. 3. New York and London: Academic Press. pp. 93–137. http://www.quantum-chemistry-history.com/Sina_Dat/BOOKIstaLec/IstaLec1.htm 2011年6月22日閲覧。.