蘭嶼郷
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| 別称: 紅頭嶼 | |
| 地理 | |
|---|---|
| 位置 | 北緯22°00' 東経121°05' |
| 面積: | 48.3892 km² |
| 各種表記 | |
| 繁体字: | 蘭嶼郷 |
| 日本語読み: | らんしょ |
| 漢語拼音: | Lányŭ |
| 通用拼音: | - |
| 注音符号: | ㄌㄢˊ ㄩˇ |
| 片仮名転写: | ランユー |
| 行政 | |
| 行政区分: | 郷 |
| 上位行政区画: | 台東県 |
| 下位行政区画: | 4村38鄰 |
| 政府所在地: | - |
| 蘭嶼郷長: | 江多利 |
| 公式サイト: | 蘭嶼郷公所 |
| 情報 | |
| 総人口: | 3,761 人(2006年6月) |
| 戸数: | 1,105 戸(2006年6月) |
| 郵便番号: | 952 |
| 市外局番: | 089 |
| 蘭嶼郷の木: | - |
| 蘭嶼郷の花: | - |
| 蘭嶼郷の鳥: | - |
目次 |
[編集] 地理
蘭嶼郷は台湾南東の太平洋に浮かぶ島嶼であり、最大の蘭嶼にのみ住民が居住している。その他に小蘭嶼などの無人島がある。
[編集] 歴史
蘭嶼島を表した最も古い記録としては明末の1618年に張巒が表した『東西洋考』のなかに記載されたものであり「紅頭嶼」との名称で登場している。1877年、恒春県に帰属することとなり、正式に清の統治を受けることになった。
1896年、下関条約により台湾が日本に割譲されると、蘭嶼島も台灣の附屬島嶼として日本の領土なった。1897年3月、菊池少佐率いる探險隊が總督府として初めて上陸して調查を行い、さらに10月、人類學者の鳥居龍藏が初めて本格的な人類學的調查を行った。1903年、シンガポールより上海へ航行していたアメリカ帆船ベンジャミンセオール号(Benjamin-Sewall)の遭難者を原住民が襲擊し貨物を掠奪するという事件が発生し、翌年、アメリカ政府の抗議により總督府は警察隊を派遣したが、住民は山上へ逃亡したため、討伐隊は家屋を燒きはらい、事件とは無關係の原住民十名を拉致し、台東に拘禁した(後に脫走し、四名は卑南主山より墜落死)。この事件により行政機能強化の必要性を認識した台湾総督府はイマウルツル社(現紅頭村)に駐在所を設置、警官3名を駐在させ行政統治を本格的に開始した。
戦後、国民政府により紅頭嶼郷が設置されたが、1947年に胡蝶蘭が特産品であることから「蘭嶼郷」と改称し現在に至っている。
[編集] 経済
[編集] 行政区
[編集] 歴代郷長
| 代 | 氏名 | 任期 |
|---|
[編集] 教育
[編集] 国民中学
[編集] 国民小学
[編集] 交通
| 種別 | 路線名称 | 名称 |
|---|---|---|
| 港湾 | 旅客 | 蘭嶼港 |
| 空港 | 国内線 | 蘭嶼空港 |
[編集] 観光
- 大天池
- 小天池
- 野銀旧部落
- 八代湾
- 東清湾
- 紅頭岩
- 軍艦岩
- 鱷魚岩
[編集] 外部リンク
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