藤田航空

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青木春男(1953年)

藤田航空(ふじたこうくう、欧文名:Fujita Airlines)とはかつて日本に存在した航空会社である。

歴史[編集]

戦前、日本の航空機メーカーであった立川飛行機のテストパイロットであった青木春男が不定期航空事業の認可を受け、青木航空として1952年4月に設立され、9月からセスナ 170で運航を開始した。

その後、資本金の増資に伴い日本遊覧航空(1956年6月)そして藤田航空1961年6月)と社名を変更された。おもに伊豆諸島を中心に運航していた。また全日空から羽田〜八丈島などの路線を移管され、定期航空路を運航していた。しかしながら、営業状態は芳しくなく1963年に航空事業から撤退することになった。そして11月1日付けで全日空へ吸収合併された。

事故[編集]

営業停止直前の1963年8月17日、ヘロン(機体記号:JA6155)が八丈島離陸直後、八丈富士山腹に墜落する事故が発生。この事故で乗員乗客19人が犠牲になった。当時、事故機のヘロンJA6155は東亜航空へ貸与中だが、フォッカーが定期点検中で、団体輸送のため藤田航空へ帰籍し臨時便として運航されていた。なお事故原因は確定されていないがエンジントラブル説が有力である。(詳細は藤田航空機八丈富士墜落事故参照)

使用機材(回転翼機除く)[編集]