藤沢御殿
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藤沢御殿(ふじさわごてん)は、相模国藤沢(現在の神奈川県藤沢市藤沢二丁目)にあった徳川将軍家の御殿(別荘)である。
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[編集] 概要
御殿は、現在の藤沢公民館と藤沢市民病院の間にあった。慶長元年(1596年)に将軍の上洛の折の宿泊施設として徳川家康が築かれ、徳川家康、秀忠、家光と30回近く利用されている。
絵図によると四方は水堀で囲まれ、内土塁と外土塁がめぐらされている。資料[要出典]によると東南の堀は幅6間、深さ2間半、南北の堀は幅5間、深さ2間半で、東西106間、南北62間の広さの御殿が建てられた。表御門は東海道に面した南側にあり、裏御門は東側にあった。表御門の西側には御殿番所、東側には代官陣屋が立ち並んでいた。総面積は6千坪に及び、これは城郭構えである事は明らかである。
相模国内には13ヶ所の御殿、御茶屋が資料に記載され、うち純然たる城郭構の将軍の恒常的な宿泊施設は4ヶ所を数える。藤沢御殿のように水堀と土塁または石垣が巡る方形の城郭に準じて造営された(なお、同国内の御殿は元禄時代に全て消滅している)。
藤沢御殿は明暦の大火(1657年)のあと江戸城再築のため取り払われ、建築物は江戸に運ばれ廃された。現在では御殿橋、陣屋小路、陣屋橋、また藤沢市民病院付近には御殿辺などの地名が残る。
[編集] 関連項目
[編集] 交通
[編集] 参考文献
- 日本城郭史学会・西ヶ谷恭弘編『国別城郭・陣屋・要害・台場事典』東京堂出版、2002年、ISBN 9784490106053。