藤森神社

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藤森神社
Fujinomori Shrine honden.jpg
本殿
所在地 京都府京都市伏見区深草鳥居崎町609
主祭神 素盞嗚命
社格 旧府社
創建 伝神功皇后摂政3年(203年?)
本殿の様式 切妻造檜皮葺
例祭 5月5日(藤森祭)
主な神事 駈馬神事(5月5日)
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西門
拝殿

藤森神社(ふじのもりじんじゃ)は、京都府京都市伏見区に鎮座する神社である。旧社格府社

5月5日に行われる駈馬神事や、菖蒲節句の発祥地として名高い。6月から7月にかけて紫陽花園が公開され、3,500株にもおよぶ紫陽花が見もの。

目次

[編集] 祭神

本殿(中座)に主祭神である素盞嗚命と、別雷命日本武命応神天皇神功皇后武内宿禰仁徳天皇を祀り、東殿(東座)に天武天皇と崇道尽敬皇帝(舎人親王)を、西殿(西座)に崇道天皇(早良親王)と伊予親王井上内親王を祀る。

[編集] 歴史

創建年代や祭神には諸説ある。社伝では、神功皇后摂政3年(203年)、三韓征伐から凱旋した神功皇后が、山城国・深草の里の藤森に纛旗(とうき、いくさ旗)を立て、兵具を納め、塚を作り、祭祀を行ったのが当社の発祥であるとしている。当初の祭神は、現在本殿に祀られる7座であった。藤森の地は現在の伏見稲荷大社の社地である。その地に稲荷神が祀られることになったため、当社は現在地に遷座した。そのため、伏見稲荷大社周辺の住民は現在でも当社の氏子である。なお、現在地は元は真幡寸神社(現 城南宮)の社地であり、この際に真幡寸神社も現在地に遷座した。

東殿は、天平宝字3年(759年)に藤尾の地に崇道尽敬皇帝(舎人親王)を祀る神社として創建されたもので、元は藤尾社と称していた。永享10年(1438年)に当社に合祀された。

西殿は、延暦19年(800年)に早良親王を祀る神社として塚本の地に創建され、文明2年(1470年)に当社に合祀された。早良親王は生前当社を崇敬していた。陸奥で反乱が起こったとき、早良親王は征討将軍となり当社に詣でて戦勝を祈願した。その出陣の日が5月5日で、これが現在の駆馬神事の元である。

[編集] 文化財

重要文化財
  • 境内社八幡宮本殿 - 室町時代。大将軍社とともに、室町幕府第6代将軍足利義教が造営したものという。
  • 境内社大将軍社社殿 - 室町時代
  • 木造狛犬 一対
  • 紫糸威鎧

[編集] 特色

駆馬や菖蒲→尚武・勝負の連想、武神が多く祀られていること、また明治時代から第二次世界大戦終了まで周辺が軍用地であったことから、馬と武運の神社として信仰を集めた。現在は馬と勝負事の神社として知られている。また舎人親王を祀ることから学問、特に受験での勝運をもたらす神社とされる。神社の森は東隣にある京都教育大学の豊かな樹木群に連なっており、一体化した森のようになっている。

[編集] 交通

[編集] 外部リンク

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