藤嶺学園藤沢中学校・高等学校
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| 藤嶺学園藤沢中学校・高等学校 | |
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| 国公私立の別 | 私立学校 |
| 設置者 | 学校法人藤嶺学園 |
| 設立年月日 | 1915年 |
| 共学・別学 | 男女別学(男子校) |
| 中高一貫教育 | 併設型 |
| 課程 | 全日制課程 |
| 単位制・学年制 | 学年制 |
| 設置学科 | 普通科 |
| 学科内専門コース | 中高一貫コース 理数コース 進学コース |
| 高校コード | 14554J |
| 所在地 | 〒251-0001 |
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神奈川県藤沢市西富1-7-1
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| 外部リンク | 公式サイト |
藤嶺学園藤沢中学校・高等学校(とうれいがくえん ふじさわちゅうがっこう・こうとうがっこう)は神奈川県藤沢市西富にある私立の男子校。1915年(大正4年)に創立認可された。
目次 |
[編集] 概要
前身は、1894年(明治27年)3月に創設された、清浄光寺(遊行寺)の僧侶養成機関「時宗宗学林」、そのため授業の一環として「修身」が存在している。藤沢翔陵高等学校・鵠沼高等学校は兄弟校。
[編集] 沿革
- 1915年(大正4年)5月:財団法人私立藤嶺中學校創立を認可。
- 1916年(大正5年)4月:私立藤嶺中學校開校。
- 1918年(大正7年)6月:私立藤澤中學校と改称。
- 1921年(大正10年)3月:藤澤中學校と改称。
- 1931年(昭和6年)3月:藤澤商業學校(現:藤沢翔陵高等学校)併設。
- 1931年(昭和6年)10月:法人名称を財團法人藤嶺學園と改称。
- 1942年(昭和17年)3月:藤澤商業學校第2本科(のちの定時制)開設。
- 1945年(昭和20年)10月:英語學校開設。
- 1948年(昭和23年)3月:新制高等学校設置基準により、藤沢高等学校・藤沢中学校創立を認可される。
- 1983年(昭和58年)3月:定時制廃止。
- 1986年(昭和61年)4月:理数コースを1クラス設置。
- 1995年(平成7年)5月:藤嶺学園藤沢高等学校と改称。
- 1996年(平成8年)4月:第1回国際交流実施。
- 2000年(平成12年)3月:体育館兼講堂完成。
- 2001年(平成13年)4月:藤嶺学園藤沢中学校開校。
[編集] クラス編成
高等学校は普通科の中に中高一貫コース、理数コース、進学コースの3つが設けられている。中高一貫コースのクラスは、2004年度(平成16年度)に設置されたもので、このクラスに入れるのは、藤嶺学園藤沢中学校からの進学者に限られ、高校からの入学者は、理数コース、進学コースになる。 ※現在は理数コース、進学コースの区別はなくなり、普通コースのみとなった。
[編集] 部活動
[編集] 主な出身者
- 秦野章(法務大臣、警視総監、参議院議員)
- 長田明史(カレッジリーグ代表取締役社長)
- 竹内実(元バレーボール全日本男子選手)
- 石井雅史(北京パラリンピック自転車競技金メダリスト)
- 岡本富士太(俳優)
- 神田昇二郎(俳優)
- 鳥海青児(洋画家)
- 今井達夫(小説家)
- 浅野ケン(作曲家)
- 原精一(洋画家、遊行寺塔頭真浄院出身)
- 石井貴(埼玉西武ライオンズ二軍投手コーチ)
- 代田建紀(千葉ロッテマリーンズ二軍外野守備走塁コーチ)
- 深澤季生(石川ミリオンスターズ)
- 飯倉大樹(横浜F・マリノスGK)
- 阿部良則(元川崎フロンターレ→湘南ベルマーレFW)
- 稲若健志(ヴェルフェたかはら那須)
[編集] 著名な教職員
- 高瀬弥一(実業家)
- 高橋俊人(歌人)
- 大橋俊雄(のち大正大学仏教学部非常勤講師)
- 福井康順(のち早稲田大学文学部名誉教授)
- 服部清道(のち横浜商科大学商学部名誉教授、板碑研究の開拓者)
- 後藤恵照(のち印度サールナート法輪精舎日本寺住職)
[編集] 交通
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 藤嶺学園藤沢高等学校・中学校公式サイト
- 藤嶺学園藤沢中・高等学校校友会
- 昭和初期の様子 : 藤沢市教育委員会
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