藤原経輔
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藤原 経輔(ふじわら の つねすけ、寛弘3年(1006年) - 永保元年8月7日(1081年9月12日))は、平安時代後期の公卿・歌人。関白藤原道隆の孫で、中納言藤原隆家の子。正二位・権大納言。
[編集] 経歴
寛仁3年(1019年)叙爵。讃岐権介・左兵衛佐・右近中将を経て、治安3年(1023年)父隆家の中納言辞退によって右中弁になる。その後左中弁・造大安寺長官を歴任し、長元元年(1034年)蔵人頭になり、左京大夫・中宮(藤原嫄子)権亮を兼ねる。長暦3年(1039年)参議になり、寛徳2年(1045年)権中納言、治暦元年(1065年)権大納言になる。この間左大弁・近江権介・勘解由長官・中宮(章子内親王)大夫・大宰権帥などを兼帯した。延久2年(1070年)病のため出家し、永保元年(1081年)8月7日薨去。
歌人としては『後拾遺和歌集』『千載和歌集』に入集する他、永承6年(1051年)5月後冷泉院根合にも参加している。
[編集] 系譜
- 父:藤原隆家
- 母:源兼資の女
- 室:藤原資業の女
- 男子:藤原師家(1026-1058)
- 男子:藤原長房(1029-1099)
- 男子:藤原師基(1031-1077)
- 男子:藤原師信(?-1094)
- 妻:右中将頼雅の女(姓不明)
- 男子:藤原家平
- 妻:家女房藤原師家乳母
- 男子:増誉(1032-1116)
- 生母不明
- 男子:仁恵
- 男子:珎覚
- 男子:隆観
- 女子:藤原忠家室

