藤原仲文

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藤原仲文(狩野安信『三十六歌仙額』)

藤原 仲文(ふじわら の なかふみ、延長元年(923年) - 正暦3年(992年))は、平安時代中期の歌人藤原式家信濃藤原公葛の子。子に聡亮がいる。官位正五位下上野介。三十六歌仙の一人。

当時東宮であった憲平親王(のちの冷泉天皇)の蔵人となり、加賀守・伊賀守・上野介などを歴任し、貞元2年(977年)正五位下に叙せられた。冷泉天皇に側近として仕える一方、藤原頼忠道兼にも出仕、清原元輔大中臣能宣らの歌人と交流があった。

拾遺和歌集』以下の勅撰和歌集に8首が入集し[1]、家集に『仲文集』がある。

脚注[編集]

  1. ^ 『勅撰作者部類』